第1話 夢
今回は翼が夢で過去を見る話です。
夢と現実の境界線に立ちながら、翼は夢を見ていた。
もちろん夢を見ているという自覚はあるし、現実はもう夜の1時位になっているというのもわかる。
だから翼にとって、達海との再会はもう昨日のことだ。
その境界線では、夢側は2年前のことを、現実側はつい昨日のことを映し出していた。そのせいで翼は頭がこんがらがりそうになっている。
達海との再会は翼にとって良いものではなかった。見えない境界線がまるで二人を遠ざけているようだった。
それに加えて昨日の達海はヤンキーのような印象の悪さに、「自分の名前も定かじゃない」とか「記憶がない」とか、顔に似合わないことばかり言っていた。
だが反対に2年前の達海は、頭を丸刈りにして、真っ直ぐな目と情熱をもった少年という印象だった。
過去と現在の二人があまりにも違い過ぎたから違和感を覚えたのか、それとも名前を急に知ったからか。
でもそうじゃない、違うと翼はわかっていた。
違和感を感じたのは、モヤモヤが抜けないのは、達海の記憶が曖昧だったからだろう。そして、急に帰ってしまったことでもあるだろう。
だが、それがわかった所でなにも変わらない、モヤモヤも違和感も消えない。
現実側のスクリーンに興味を示さなくなった翼は、意識の中でがっくりうなだれながら夢側に倒れ込む。
それと同時に夢側が境界線を覆い尽くし、
あっという間に翼を飲み込んだ。
……2年前へと遡る。
あの頃の翼はなぜあんな行動をとったのだろうか
――
「なんでお前はオレに話しかけたんだ?」
丸刈りの少年は目を腫らしながら翼に問いかけた。当然の疑問だろう。
だって翼は、道端で泣いていた少年に急に話しかけたたのだから。
翼は初めはごまかそうとした。だが、すぐに
「君が泣いていたから。ただ理由が知りたかった。それだけだ」
とそっけなく答えた。
「なぜ君は泣いている?」と翼が続けると、少年は目をこすり、吹き出したあと、話し始めた。
「お前みたいなやつは中々気味が悪い。だけど、面白いな」
それを見て翼の頬が緩んだ。緊張感が飛んだ。少年も少し笑いながら、真っ直ぐ翼を、見つめる。
翼も見つめ返して口を再び開いた
「もう一回聞くけど、何で泣いてた? 大丈夫か?」
「すぐそれ聞くか?」
少年は笑っていた。でも、どこか悲しそうだった。
「やっぱりお前なんか面白いんだよな。そんなに泣いてる理由知りたいなら、話すよ」
更に少年は続ける。
「お前、神様って信じる?」
翼はそれを聞いてきょとんとした。返ってきて欲しい答が返ってこなかったからだろう。思わず翼は「えっ?」と言った後、すぐさま少年にまたまた話かける。
「どういうことだ? 理由じゃないぞ、それ」
「……」
少年は一つ間を置いて、理由を語りはじめた。
「大切な人が危機なんだ。 助からないかもしれない。 そんなとき神様を信じたいだろ?」
翼は急な話の展開に戸惑ってしまった。急過ぎた。だが、翼は、少年の身内か友人が危機なんだろうとすぐにわかった。
それを踏まえた上で、翼はゆっくりと少年に向かって答を言った。
「神様、か……。 信じたい時は信じるし、信じたくない時は信じない。 でも……」
「……でも?」
「君の大切な人が危機なら、神様じゃなくてその人自身を信じろよ」
少年ははっとしたように目を大きく見開いた。蟠りが消え、決意を固めたようなそんな顔で。
「なんか、ありがとな!」
情熱が蘇った少年は翼に対してお礼を言った。
「ああ。」
「大切な人の所に行ってみるよ! そして信じる! じゃあな!」
少年の顔にはもう涙が無かった。
それを見て、翼は変な出会いになったけど、声をかけて良かったと思った。すぐに帰ってしまった事は、非常に悲しかったが。
少年は翼を背に走りだした。大切な人に向けて。だが、すぐに足を止めて翼の方を向いて叫んだ。
「お前名前は?」
「俺は大陽翼!」
「翼……な! 改めてありがとう翼!」
翼は名前を聞こうと思ったが、もう少年は駆けだしていた。
そして、少年の姿は徐々に小さくなり、やがて見えなくなった。
――
夢が終わると同時に翼は目を覚ました。
だが、翼の目に人影が飛び込んできた。誰だかは認識出来ない。
人影が翼に手をかざすと、目の前は写真のフラッシュのような閃光に包まれ、翼は意識を失った。