第0話 太陽と丑寅
前回、内容がわかりづらいとよく言われたので内容を変えました!少しは読みやすくなったかな?
顔が良くも悪くもなく身長も高くも低くもない人物の事を、一般的に普通な人と読んでいる。
中には普通から抜け出したいと思い行動するが、途中で投げ出してしまう中途半端な人の方が多い。
そしてその人数が減ることはない。なぜなら普通で中途半端な人は、殆どがそこから抜け出そうと本気で思っていないからだ。
しかし、そんな彼らの中に一人だけ普通の人より少し柔軟な想像力を持つ男、高校1年生の「大陽翼」がいた。
他の人よりかは物をすぐ理解する、非常に柔軟で対応できる頭。
だが、その頭を持っていても、黒髪で想像力以外は全て普通。つまり見た目だけでは普通そのもの。
そして翼は普通な見た目から抜け出そうともしていない、なぜなら面倒くさい事は避け普通に生きることを決めていたからである。
もちろん、翼でも気にしている事はある。それは、何事も中途半端で終わらせてしまう自身の性格だ。勉強もスポーツも、全てがやりかけのまま終わってしまっている。
それを変えようと思って行動しても、それ自体が中途半端で終わり再び自身を苦しめる事になってしまうので行動すらしていない。
…………
そんな翼はほぼ一日を終え、刺さるような風に黒髪をたなびかせながら、家に向かった。
すぐそこの二階建て一軒家には、翼とその家族が住んでいる。一階には翼の父母、二階には本人の部屋があり、つい一年ほど前まで夜は駅の騒音に悩まされていた。しかし今はもうその音に慣れている、脳にすら入ってこない。
翼は家に入ると、そのまますぐ部屋へ入って、ひとまず床で横になることにした。
すぐに目に飛び込んで来るのは、床に捨てるように落ちている500ページほどある本。
7歳の時の誕生日プレゼントだが、当時の翼には内容が難しく、以来今までずっと手をつけていない。いつしか埃を溜めて山を創って楽しむという、本来とは違う扱いを無意識のうちに行っていた。
しばらくそれを眺めた後ためらいはあったものの本に手を伸ばし、約9年間積み上げてきた山を一気に払い、表紙を見た。
それと同時にボンドの強烈な臭いと、古い書斎の臭いが漂ってきて思わず咳き込んだ。
翼は咳を続けながらすぐに立ち上がり、棚の上にある除菌シートを手に取って本の表紙を拭くと、文字が浮かび上がってきた。
「ダイダロスとイーカロス」
どう考えても7歳の子供にするプレゼントじゃないだろうと改めて思いながら、恐る恐るページをめくると一番始めには、勇敢そうな見た目で、常に上を目指そうとする瞳と羽を持った青年が描かれていた。その下には「イーカロス」と名前が書かれている。更にページをめくると、「ダイダロス」も描かれていた。
小学生の時のような探究心が戻り、ワクワクしながら更に更にとページをめくっている内に、あっという間に読み終わってしまった。
羽を手に入れて空を飛ぶ能力を手に入れた少年が、父の忠告を無視して太陽に向かって飛び出し、羽が溶けて墜落死するという、人間の傲慢さや愚かさ、無謀さを間接的に批判する話であった。
だが、翼が本当に感じた事は、そんな作り物のような立派な物ではない。
この話は自分に合わない。そう思った。
なぜなら、イーカロスは太陽に勇敢に向かって羽を落とした愚か者であり、中途半端で挑戦なんてしない大陽翼とは全く反対だからだ。
さらに、太陽でもイーカロスの羽のような存在でもないのに、名前は大陽と翼で「大陽翼」だ。
そんなことを考えていたら、丁度23:00になっていた。
翼は寝る準備をしながら、今日出会ったあの男の事を思い返していた。
――
肌を切るような寒さの中、授業と部活を終えた翼は家に向かった。学校から家まで徒歩で5分間くらいなので、いつも一人で帰ることにしている。
家に近づくにつれて駅に面した街は賑やかさを増し、風は少しずつ弱まってきた。
人々の群れは活気をみせ、話声が飛び交い、電車の走行音が街に響き渡る。
いつも通りの景色、それなのにいつもとは違う感じがする。何かが乱れている、寒さのせいなのか?
そう思いながら翼は大きなビルの前で、寒さに目を細めながら空をみたが、何一つ変わらず風が吹いている。
だが、しばらくそのままの体勢を保っていた翼だったたが、一人の男によって顔をすぐに下げることになってしまった。
「……お前、もしかして翼か?」
はっとしたように翼の表情は驚きに満ちた。風がふいに止んだ。魔法のようだ。
目の前には男がいて、その顔がかつて出会った少年の顔と重なる。2年前に出会った、印象深い顔だった。
「君は2年前の……!」
「2年ぶりだな翼」
男の見た目はかなり変わっていたが、それでもすぐに翼は理解できた。しかし、名前は知らない。
あの頃の男は頭を坊主にしていて、きらきらとして熱い目だった。
だが、今では金髪で目つきは悪く、左頬には緑色で三角形のマークが入っていて、見た目からは良い印象を受けない。
それでも翼は嬉しかった。そして、何から話したら良いかわからなかった。
翼はそんな中で、まずは名前を聞こうと口を開いた。
「懐かしいなぁ……! そういえば名前聞いてなかったけどなんて言うの?」
「オレは……」
男は左頬を掻きながら、ゆっくり話はじめる。
「オレは……。オレの名前は丑寅達海だ。」
「達海っていうんだな! 改めてよろしく! 達海」
「もちろんだ。翼」
なぜか達海は少し悲しそうだった。だが、翼にはその理由がすぐにわかった。
「なぁ翼……」
「どうした?」
「オレ、全然記憶ねぇんだ」
止まっていた風が再び吹き荒れる。
「どういうこと?」
「翼……。お前と弟と丑寅さんのことしか頭に残ってねぇんだよ」
さらに風は冷たく、空気をピンとはる。
翼の心臓はドクンドクンと脈打っていた。状況に頭が追いつかない。
「記憶が無いって……。達海、自分のことは記憶に無いのか? それに丑寅さんって……?」
「オレ自身の記憶はない。 そして、丑寅さんは大切な人だ。」
きっぱり言い切った達海をみて、翼にはもうかける言葉が無くなってしまった。
「いつから記憶が消えたかわからねぇ、オレの名前が丑寅達海かどうかも定かじゃねぇんだ」
「しかも気付いたら、弟も丑寅さんも死んでる。弟に関しては名前が出てこないぜ。後は……」
翼は息を飲んで耳をたてる。
「翼……。お前しかオレの中にはいない」
そう言って男は歩いて消えてしまった。
――
翼はその夜夢を見た。達海と出会ったあの日を。
大陽翼
年齢:16歳
丑寅達海『?』
年齢:16歳