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 夕食後、すず達は『夏』の部屋に集まることになった。

 男性陣が泊まる『夏』の部屋は、女性陣の『春』の部屋と大差ない。座布団が二枚しかなかったので、涼と瀬里はそれぞれ座布団やお菓子を持参して『夏』の部屋にお邪魔した。

 いらっしゃい、とにこやかにドアを開けた天利の顔を見た途端、涼は引き返したくなったが、今は瀬里も那岐もいる。それでも天利から距離を取りたくて、ちゃぶ台を挟んだ向かいに座った。


「なーんか変な感じでしたね」


 ばりっ、とスナック菓子の袋を開けながら那岐が言う。


「女将さん、急によそよそしくなったって言うか」


 食事中は料理の説明をし、他愛無いおしゃべりにも交じってきたのに、グミ酒を注いだ後はカウンターの奥に引っ込んでしまった。


「忙しかったのかもしれないじゃない。ほら、女将さん一人で給仕していたし」


 瀬里は窘めつつ、お湯の入ったポットと急須のセットでお茶を入れた。


 小さな民宿兼食堂は女将夫婦の二人で営んでいるようで、食事中は女将一人で対応していた。旦那さんは調理担当で表には出てこないらしい。

 民話の話が出た時の態度は確かに少し変だったが、涼達が部屋に戻るときには「それではごゆっくり」と普通に笑顔で見送っていた。お湯のポットも用意してくれていたものだ。


 那岐は器用に袋を容器のような形にして、皆が取りやすいようにちゃぶ台に置く。


「でもさー、いかにも何かありそうじゃないですか。閉鎖された村に伝わる伝説とか、よそ者に話したらいけない掟とか、村の秘密を知った者は消されるとか……!」

「漫画の読みすぎよ。ねえ、涼ちゃん」


 瀬里は呆れたように言うが、隣に座って湯飲みを並べる涼もまた、那岐と同じようなことを考えていたのでどきりとする。


「えっ。ええと、その……」

「ほらー、団子ちゃんも俺と同じこと考えてるじゃん」

「何言ってるの。ていうか団子ちゃんって何なの? 涼ちゃんでしょ」

「お団子頭だから団子ちゃん。可愛いでしょ」

「女の子に団子って。やめなさい」

「あの、瀬里先輩、私大丈夫ですから」


 わいわいと騒ぐ学生達を天利がにこやかに眺めている。ちゃぶ台に並べられた菓子や飲み物と言い、まるで研究室にいる時のようだ。

 やがて、天利が「さて」と話を切り出した。


「一応調べてきたんだ、檜枝岐村に伝わる民話について。その中で気になったのが……」


 天利は持参したらしいプリントをちゃぶ台に広げる。


「『四方四季の庭』だ」

「あ……その話、知っています。『見るなの座敷』の類話の一つですよね」


 すかさず瀬里が反応し、天利は頷く。


「そう、そして『浦島太郎』のヴァリアントでもある。ヴァリアントは異本の意味で、元は同じ形だったであろう話が、文字・語句や順序が変化して、別の全く違う話として語られるようになったものだ。『四方四季の庭』は、『浦島太郎』の舞台が内陸や山間部に映ったらどうなるかを示す話とも言える」

「あのー、俺『浦島太郎』くらいは知ってるけど、民話はあまり得意じゃないんで説明してもらえると……」


 首を傾げる那岐に、天利が説明を始めた。


「まず、『見るなの座敷』というのは日本の民話の類型の一種だよ。見てはいけないという戒めを破り、座敷を見たことで幸せを失うという昔話の典型的な形だ。他にも『見るなの宿』『鶯の内裏』『ウグイス長者』といった別称がある。話の筋を聞けば、なんとなく聞いたことがあると思うはずだよ。簡単にまとめるとこんな話だ。

 昔、山奥で迷った男が一軒の立派な館を見つけて一晩泊めてもらうよう頼む。出てきたのは綺麗な女で、酒やご馳走を男に振舞ってくれる。その後に女は言う。『ここには十三の座敷があります。十三番目の座敷には決して入ってはいけませんよ』と」

「え、それ絶対入るやつじゃん。完全な前振りじゃん」

「那岐先輩、それ言ったらおしまいです」

「話の腰を折るんじゃないわよ」


 那岐の言葉に、涼は苦笑いし、瀬里は彼の頭をすぱんと叩いた。


「はは、まあその通りなんだけどね。してはいけないと言われたことをしたくなるのが人間だから。西洋では童話の『青髭』なんかがいい例だ。入ってはいけないと言われた部屋に妻が入ってしまって、夫にばれて殺されかけるのだからね。

 ……話が逸れてしまったけれど、男は次々に障子を開けてそれぞれの座敷に入ってみた。どの座敷にも美しい景色が広がっていて、男は那岐君の予想通り十三番目の座敷をどうしても見たくなり、障子を開けた。そこにはウグイスがいて、一鳴きするとどこかに飛び去ってしまった。途端、家は消えて、男は何もない森で一人立ち尽くしていましたとさ」


 おしまい、と天利が話し終えると、那岐はやっぱりといった顔をする。


「結末、何となく予想ついたわ……。うーん、何かどっかで聞いたような感じの話です」

「それにしても、見たらいけないって『鶴の恩返し』みたいですね。鳥のウグイスも出てくるし」


 涼が言うと、天利はにこりと笑う。


「いい指摘だ。実は『見るなの座敷』の原型はさっき話したものが一般的と言われているけれど、地域によって様々なバリエーションで語られている。見るなと言われたものが座敷じゃなくて蔵だったり、座敷の数が違っていたりね。

 その中の『ウグイス女房』という話では、男は一晩どころか幾晩も女の家に泊まり、いつしか二人は夫婦になった。ある日、女が町へ出てくると言って先ほどの忠告を男にするんだ。男が座敷を見てしまった後、戻ってきた女は『あれほど見ないで下さいと言ったのに』とさめざめ泣いた後、ウグイスになって消えてしまう。女の正体はウグイスだったというわけだ。

 別のあらすじには、実は男がかつてウグイスを助けたともある。このストーリーで行くと『鶴女房』や『狐女房』といった、異類婚姻譚の部類に入る話でもあるね」

「それにしても、なんでウグイスなんですか?」

「ああ、それはウグイスの鳴き声が『法華経ほけきょう』と聞こえることから、ウグイスの化身である女性は法華経を唱えて長い年月をかけて行を積んでいたと言う話もある。積んだ行で人間になり、男と夫婦になって幸せになるはずだったのに、男のせいですべてが水の泡に――」

「あの、天利先生。話がずれてきてますよ。このままだと異類婚姻譚か報恩話になりそうです」


 瀬里が指摘すると、天利は「そうだった」と苦笑した。


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