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「うわぁ……」


 屋敷の内部は、外観と同様に豪華としか言いようのないものだった。

 何畳あるのか数えるのも大変そうな広い座敷。金箔の背景に大きな緑の一本松や可憐な草花が描かれた障壁しょうへき絵。巨体をうねらせる竜が彫りこまれた、きらびやかな彫刻欄間。格子の中に緻密に描かれた鳥や花が美しい天井板絵、今にも飛び出てきそうな獅子と虎の襖絵……。

 次々に現れる豪華絢爛な部屋に、涼は呆気に取られるばかりだ。大学近くのワンルームアパートに住む涼からすれば、ここは人が暮らす家というよりも、観光名所のお城の見学通路だ。

 それぞれの部屋には美しく着飾った女性がいて、絵巻物を眺めたり、カルタをして遊んだり、琴を弾いたり、踊りを舞ったり……楽しげにしている様子もまた、どこか芝居めいており現実離れしていた。

 彼女達は、板張りの広い廊下を進む天利と涼にくすくすと笑い、手招きしてくる。白く長い腕がこちらに伸びてきて、涼は思わず、前を歩く天利の上着を掴む。


「そんなに怯えなくても、取って食われやしないよ。歓迎しているだけさ」

「で、でも、さっき生き血を吸うとか殺して食べるとか言ったじゃないですか」


 天利への苦手意識より、この異様に豪華な屋敷と山女達への恐怖が勝った。しっかと上着の裾を離さない涼の手を、天利は振り払う様子も無く、案内する山女の後をついていく。

 やがて、山女がひときわ大きな襖の前で立ち止まった。平安貴族のような衣装を着た人々が描かれた襖を、山女が開ける。

 襖の向こうは大きな広間となっていた。たくさんの膳が並べられ、豪勢な料理の数々がかぐわしい匂いを漂わせている。


「いらっしゃい」

「いらっしゃい、お客人」


 これまた着飾った女性達がわっと天利と涼を囲み、腕を引いて肩を押し、それぞれ膳の前へと座らせる。

 脂の艶がてらりと美しい角煮や、尾頭付きの鯛の塩焼き。伊勢海老の活き作りや刺身の舟盛りを、飾り切りされた野菜が花畑のように彩る。味噌の香りと湯気を上げる鍋は猪鍋だろうか。からりと揚げられた山菜の天ぷらや和え物もある。


「どうぞ召し上がれ」

「さあさあ、遠慮せずに」


 周りの女性達が、にこにこと笑いながら膳を勧めてくる。

 見るからに美味しそうな料理の数々だが、涼の頭をよぎるのは、あの有名な神隠しアニメ映画の一場面だ。屋台の料理をむさぼり食う両親が、徐々に豚の姿に……。思い出すと、恐ろしくて食べられない。


「御手洗さん、言わなくても分かっているだろうけれど、食べない方がいいよ。これはあちらの世界の食べ物だからね」

「はい……」


 天利の忠告もあり、涼は箸にすら手をつけなかった。


「どうされましたか、お客人」

「先ほど食べたばかりで、あまり腹が空いていないのですよ」

「ならば御酒を」

下戸げこなもので」


 嘘か本当か、天利がさらりと答えると、女性達は「まあ」と顔を見合わせる。無理に飲んで食べろと勧めるわけではなかった。


「ならばせめて、楽しんで下さいませ」


 パン、と一人の女性が手で合図すると、座敷に別の女性達が入ってきて、楽器を奏で、舞を踊り始める。美しい女性達が、極彩色の着物の袖をはためかせながら舞う。彼女らの背後にある障壁に描かれた花々とも相まって、絢爛豪華、夢のような光景だ。

 いっそ夢だと思えば、ご馳走を食べ、飲んで踊って楽しめるのだろう。だが、膳の影で抓った手の甲はちゃんと痛みを伝えてきて、これが現実であることを示していた。

 山女達の歓待を受けながら、涼は隣の天利にこそこそと話しかける。


「天利先生、これからどうするんですか」

「そうだね……あ、失礼、かわやはどちらにありますか」


 天利は傍にいた女性に尋ねる。女性が案内する素振りを見せると、天利は涼を置いて立ち上がった。


「じゃあ、行ってくるよ」

「え?」

「御手洗さんはここで頑張って」

「はい!?」


 天利はにこりと笑い、涼が立ち上がる隙を与えずに広間から出て行ってしまった。涼は一人、女性達に囲まれた状態で残される。


「お嬢さん、お菓子はいかが」

「甘茶もありますよ」


 天利がいなくなった途端、女性達がぐいぐいと迫ってくる。

 涼は「いえ」「あの」と言葉を濁してやり過ごそうとするが、女性達は先ほどよりも親し気に触れてきた。

 くすくす、くすくす、とさざめく笑いが広間に広まっていく。


「みたらい」

「みたらい、すず」


 名を呼ばれて、涼は「ひっ」と身を縮めた。

 そんな涼の腕を摑んで、女性達が広間の奥へと誘う。


「こちらへ」

「こっちよ」


 強い力で引っ張られて広間を横切り、奥にある襖の前まで来る。そして襖を開き、涼の背を押した。


「さあ――」

「次はあなたよ」


 とん、と押されて中に踏み入れる。

 そこは、広間に比べて随分と簡素で小さな部屋だった。

 その部屋の一角に、誰かが座っている。白髪頭に、マウンテンパーカーにトレッキングパンツという現代的な恰好をした人は、こちらを驚いたように見ている。


「……御手洗、くん?」

「ふ……福本先生?」


 眼鏡の奥の目を丸くして涼の名を呼ぶのは、紛れもなく福本だった。


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