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 もっとも、いくら神隠しに関係している話とはいえ、四木山地区に伝わるという話が『四方四季の庭』の話かどうかはわからない。福本教授が採集していた民話の内容は、四木山地区に長く住む者に聞かないと確認できないことだ。

 はたして村の者から聞き出すことができるか。女将の様子からすると簡単にはいかなさそうな感じもする。

 それに福本自身の足取りも気になる。村の青年団や狩猟組合の人達に福本の失踪時や捜索時の話を実際に聞ければよいのだが……。



 ひとまず今夜は解散ということになり、涼と瀬里は『春』の部屋へと戻った。

 時間はまだ夜の十時を少し回ったくらいだ。だが、長時間の移動による疲れのせいか、はたまた天利と長時間顔を突き合わせた緊張のせいか、涼は眠気を感じていた。夕食後に出されたグミ酒の度数が高く、若干酔いが回っているせいもあるかもしれない。

 見かねた瀬里が「明日に備えてもう寝ましょうか」と寝る準備を始める。

 寝間着代わりのスウェットに着替えて、涼は布団に入った。電灯を消していざ寝ようとしたが、ふわふわとした頭の中では思考が止まらない。


 本当に、福本を見つけることはできるのだろうか。

 たったの三日間――いや、もうすでに一日目は終わろうとしており、帰りの移動時間を考えれば実質残り一日半しかない。そんな短い間に福本を探し出すことなんて、今さらながら無理難題に思えた。

 だいたい福本の失踪に民話が関係しているという前提も正しいかどうか。そもそも涼達は、彼の生死すら知りえない。


 なのに天利は何故、あんなに自信ありげに「僕なら探し出せる」と言うのだろう。

 福本が見つかるのなら願ったり叶ったりだ。見つかってほしいとも思う。

 しかし最良の希望よりも、見つからないという悪い予測の方がずっと大きい。結局無駄なことをしているのじゃないかと不安は募った。


 不安が募れば、眠気はどんどん遠ざかっていく。

 耳を澄ますと隣の部屋の二人はまだ起きているようで、壁越しにテレビの音や話し声がかすかに聞こえてきた。

 ふと、涼は「瀬里先輩」と横で寝る瀬里に囁いた。すると瀬里も起きていたらしく、すぐに返事が返ってくる。


「何?」

「その……先輩は、福本教授が本当に神隠しに遭ったと思いますか?」


 少し迷ったが、涼は瀬里に尋ねた。

 笑われるか呆れられるかと思っていたが、意外にも瀬里は真面目な声で返してくる。


「神隠しって、人間が『隠し神』――神や妖怪によって異界にさらわれることって講義で習ったでしょ。いつも一緒にいた人が何の理由もなく急に姿を消したのは、その人の意思によっての行為じゃない。隠し神の仕業だって。でも……もしも、その人の意思で姿を消したのなら? それはもう、神隠しじゃないわ」

「……福本教授が、自分でいなくなったってことですか?」


 涼は驚く。まさか瀬里がそんなことを考えていたとは思っていなかった。

 オレンジ色の常夜灯の下、淡い影のような輪郭が動く。ぱちりと瞬く目が薄暗い中でも見えて、瀬里がこちらを向いたのが分かった。


「わからないわ。福本教授が何を考えていたかなんて、きっと誰にもわからない。妖怪のサトリみたいに、人の心の奥底が読めるわけじゃないもの。……私達には、先生がいなくなる理由がわからないから、神隠しに遭ったんだって思いたいのかも。人間の力の及ばない『隠し神』のせいだと思うことで、諦めをつけたいだけなのかもしれないわ」

「先輩……」

「でもね、涼ちゃん。私まだ諦めたくないの。一応、先生とは研究室で二年以上の付き合いがあるのよ? 少しは先生がどんな人なのか知ってるつもり。福本教授は、こんな風にみんなに心配をかけてまで失踪するような人じゃないって、そう思う」


 思いたいだけなのかもしれないけど、と瀬里は苦笑した。


「事故か家出か、もしかしたら誘拐かも。那岐君が言ったみたいに、この村の何かの陰謀に巻き込まれているのかもね。……正直言うと、先生を見つけることは難しいと思うわ。いくらこの辺りで行方不明になったって言っても、もう三か月も経つんだし。しかも警察も村の人も探した後なんだから。でも、ここまで来たならやれることはやっておきたいの。いくら代理の天利先生がいるっていっても、私の研究の先生はやっぱり福本教授だし。修論のためにも、絶対に帰ってきてもらわなくちゃ!」


 言い切った後、瀬里は照れたように笑った。

 誤魔化すように、涼を見つめて尋ねてくる。


「そういう涼ちゃんは『神隠し』を信じる? 本当に隠し神がいるって思う?」

「それは……」


 言葉を濁らせて黙った涼に、瀬里は悪戯っぽく「冗談よ」と笑う。


「もう寝ましょうか。明日、一緒に頑張りましょうね」

「はい」


 おやすみなさい、と言葉を交わして会話を終わらせ、瀬里が目を閉じた。


 傍らの寝息を聞きながら、涼は仄暗い天井を見上げた。

 隠し神――人間ではない、人間以上の力を持つ不思議な存在がいることを、涼は知っている。けれど、それを口に出してはいけない気がした。


『内緒だよ』


 あの約束をまだ守っている自分に困惑しながら、涼もやがて眠りについたのだった。



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