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「じゃあ本題に戻ろう。檜枝岐昔話集にのっている『四方四季の庭』は、『見るなの座敷』と同じく山中での話だ。


 山奥に大欅を伐りに行った山師の男達の前に、毎日毎日美しい女が現れては、にこりと笑いかけて通り過ぎる。不思議に思った山師の一人が女の跡をついて行くと、女が立ち止まって『いい所に連れて行ってあげましょう。私の腰につかまり目をつぶりなさい』と言った。

 その通りにすると、やがて『目を開けていい』と言う。目を開くと、美しい野原が広がっていて立派な家があった。家の中には男の姿はなく、たくさんの美女がご馳走を食べ、歌ったり踊ったりしていた。


 次の日、女は『四季の庭をお見せしましょう』と言って戸を開ける。そこには桜が咲き、鶯が鳴き、蝶が飛んでいた。これは春の庭であるという。そして、『次は夏の庭を見せましょう』と別の戸を開けると、そこには夏の景色が広がっていた。また別の戸を開けると、次は秋の景色が広がる庭、最後に冬の景色の庭があった。

 女は『見たらすぐに閉めなさい』と言うのに、山師は三日間も四季の庭の景色に見惚れていた。そのうち、山師は友達や家のことを思い出して帰りたくなる。皆が引き止めたが、山師は最初に出会った女に頼んで連れ戻してもらった。


 見覚えのある道まできたところで、女は『けっして開けてはならない』と言って、箱をお土産にくれた。山師は仲間たちがいるところに引き返したが、姿はない。大欅の切り株も無い。村に戻ってみると、自分の家は無く、村人は知らない者達ばかりであった。

 山師が村の庄屋に事情を説明したところ、庄屋は言う。『大昔に大欅を伐りに行った山師の一人が行方不明になったと言う話を聞いたことがある。それはちょうど今から三百年のことだ』と。

 孤独に耐え切れずに山師が箱を開けると、山師の姿はその場から消えてしまった……と言う話さ」


 天利が朗々と話し終えると、那岐は呆れた顔をする。


「最後のとこ、まんま浦島太郎じゃないっすか」

「その通り。だから『浦島太郎』のヴァリアントだと言っただろう? 浦島太郎が行ったのは竜宮のある水中の異界、山師が行ったのは山中の異界。異界で彼らが過ごした三日間が人間界では三百年という時間の流れ方の違いや、土産に箱をくれるという点は同じだね。それに『浦島太郎』の話でも四季の庭が登場するんだよ」

「えー、そんな話ありましたっけ? 乙姫と一緒にタイやヒラメの舞い踊りを見て楽しくどんちゃん騒ぎしていたような」

「まあ、一般的に普及されている内容ではそうだね。でもそれは、明治時代辺りに子供向けに書き換えられたり短縮されたりしたものなんだ。

 室町時代に書かれたお伽草子の『浦島太郎』では、四季の庭のことがはっきりと書かれている。東には春の庭、南には夏の庭……という具合にね。こうした『四方四季の庭』は、浦島太郎以外にも『酒呑童子』の鬼が城や『七夕』の天上世界でも登場している」


 へえ、と那岐は感心したように頷いた。

 その隣で、涼は別のことを考えていた。天利が話していた、山中で出会った女が山師の男を連れていくシーンが気に掛かっていたのだ。


 かつて、自分も似たような経験をしたことがある。

 小さい頃、山の中で出会った少年に手を引いてもらった時のことだ。たった数歩進んだはずが、山頂の神社から麓まで戻っていた。


 濡れたような黒い髪に真っ白い肌をした、綺麗な少年。


『内緒だよ』


 そう言って笑う赤い唇。白くて細い指。


 最後に会った時、彼は何と言っていただろうか。


『君は僕の――』


「っ……」


 左目の奥がつきりと痛んで、涼は目を押さえた。

 瀬里も那岐も天利の方を向いて話しているから、涼の挙動には気づいていないようだ。だが、天利は目ざとく気づいた。


「みたらしさん。目、どうしたの?」

「あ……その、コンタクトがずれて」


 咄嗟に言い訳をすると、瀬里に心配そうに顔を覗き込まれた。


「そういえば左目だけ視力が弱いって言ったわね。大丈夫?」

「はい、大丈夫です」


 痛んだのは気のせいだ、と涼はぱちぱちと瞬きして誤魔化した。


「それより、どうして『四方四季の庭』なんですか? その……福本教授の失踪に何か関係あるんでしょうか。たしか教授は、この辺りの神隠しの民話について調べていたんですよね?」


 涼が尋ねると、天利は目を細めて笑った。


「何を言っているんだい? この話は立派な神隠しの話じゃないか」

「え?」


 首を傾げる涼に、瀬里が説明する。


「そうよ、涼ちゃん。四方四季の庭も浦島太郎も、主人公以外の人物の目線から見たら全然違う話になるわ。山師も浦島太郎も、急に行方知れずになったんだから」


 山奥に仲間と共に欅を伐りに行った山師。女の後を追いかけた彼はそのまま行方知れずになる。

 仲間たちは大騒ぎしたことだろう。山の中を駆け回って山師を探したことだろう。それでも見つからず、仲間たちは山師が女――山に棲むと言う美しい女の妖怪、山女や山姫に連れ去られたと思ったに違いない。


 そう、山師は神隠しに遭ったのだと――。



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