青春の観察者
笠木雪という存在は可愛い。
その一言に尽きる。これは俺だけなく、この学校内での共通認識だ。もうそろそろ学校を飛び出して市全体に広まり、いつの日か笠木が俺の知らない芸名を掲げてアイドルや女優として売り出される日が近いのではないかと思う。そんな事になったら俺は親の貯金を食いつぶしてでも笠木を生涯賭けて追いかける事になるだろう。
そして、いつの日か【笠木雪! 電撃結婚!】との記事やニュースが目に入り俺は涙を流しながら祝福したくない気持ち半分で祝福をファンレターに綴るのだろう。
俺の親に申し訳ないし、そんな涙を流したくないので、笠木の人気はこの学校内だけにしておいてもらいたい、うん。
そんな笠木だが、本日は昼食後、円卓へ赴くのでは無く自席にてスヤスヤと寝顔を俺に向けて披露している。
俺に向けてと言う言葉に語弊がありそうに聞こえるがそんな事はない。腕を枕にして俺の方へ顔を向けて寝ているのだ、何もおかしい表現ではない。
確かに寝ている、あの時の放課後のように笠木は寝息を立てているし、俺の方を見ながら寝ているという事は俺を教室という背景の一部であると認識しているのかもしれない。自分で考えて少し悲しくなるが、笠木のこんな表情を見られるのならば俺はもう背景で構わない。
「木立氏、今日はやけに静かですな!」
「黙れ」
「なぬ!? 辛酸ですな……またアニメの展開が気に入らなかったのですかな?」
俺がアニメの展開が気に入らないくらいで翌日に持ち越すくらい沸点が低そうに見えるのか? いや確かに根に持つタイプだし、何かに理由に付けて文句を言うのが俺のアイデンティティなのは間違っていない。
俺は藤木田に分かるように失礼を承知で笠木の方へと指の先を向けると藤木田は俺の指を追うようにして笠木の状態に気付く。
「これは大声を出しては悪い気がしますな! 失敬!」
いや、言葉と声のボリュームが一致していないのだが、もしかして俺を怒らせて楽しもうとしているのだろうか? 処すよ?
俺の怒りとは裏腹に藤木田は何気なく会話を続ける。
「いつも何かと走り回ってたり忙しそうにしてるからな、陰キャの俺には分からない疲労感があるんだろうよ」
「ですな、それにしても周りをよく見ておりますな」
「むしろそれしか出来ないのが俺だからな……身の程は弁えている」
俺の言葉に藤木田は、何を言っているか分からないような表情を浮かべるが、俺にしてみればその表情の方が意味が読み取れない。
「まぁ、そこは置いておきましょうぞ。それよりも隣の席というメリットを活かして何かアプローチした方が良いのでは無いでしょうかと思いますぞ」
「この間も言ったけど好きでは無いからな、アイドルのような偶像を崇拝するのと変わらん」
「強情ですな……でも交流を深められるなら深めるに越した事はないですぞ、某の推しは木立氏ですからな!」
誤解されそうな事を言うな、別の意味で捉えられて多少なり恐怖を感じてしまう。友達とはいえ、藤木田が俺をここまで押し上げようとする意味が分からない。
まぁ、藤木田の言う通り、交流を深めれるなら越した事はないが、陰キャと陽キャは交わらないのが世の常である。
俺が笠木と自転車を二人乗りしたり、休日のお互いの家に遊びに行ったりするビジョンは描けない。
「まぁ隣の席ってだけで共通点なんか無いだろうし話す事なんか何もねーよ」
「それを探す為に話しかけると言うのは理由にはなりませぬか?」
藤木田の言葉は俺の頭には無かった考えだ、もしかしたら笠木がアニメやラノベを好きだったらという可能性が微レ存ではあるが無い事も無い。
隠れオタという存在がこの世には存在する、今よりもっと前の時代にはオタクが今よりも市民権を得られていなかったと聞く。
特に女子ならば、男子よりもその手の趣味を隠す傾向にあるだろう、サブカルクソ女を除いて。
笠木が起きたら話しかけてみようか……それにしても緊張する、いや覚悟を決めなければ青春ラブコメは俺に訪れない。
何かこう友人に諭されながら覚悟を決めるのは主人公ぽくてカッコイイのではないか?
「何か調子に乗らせてしまったようで某、発言を取りやめたいですぞ……」
「今更だろ、おかげで俺の覚悟が決まった、俺の人生の転機はここであると第六感が告げている」
「手遅れですな……それでは某は二次被害を――いえ、邪魔しないように席へ戻らせてもらいますぞ」
藤木田は俺の雄姿を間近で見る事はなく、席へと戻っていく。何やら言葉を言い直していたが、それよりも笠木だ。
俺は笠木の可愛らしい寝顔を確認しつつ、どうにか予鈴より前に起きるように念じると笠木が俺へ向いていた顔を腕に収めて、もぞもぞと動き始める。
腕を前の席の椅子へ届く寸前まで手を伸ばし『ん~! ん~!』と唸りながら机という場所で寝ていて凝り固まった身体を解すかのように右へ左へ身体を揺さぶりながら再度俺の方を向く、もちろん目が合う。
お互いに会話は無く、数秒間無言。先ほどと打って変わって目を見開いて俺を見つめる笠木、そしてその目に冷や汗を掻く俺。
「えっと……な、何か用なのかな?」
何か怯えるように引きつった笑顔を浮かべ、俺に問う笠木。
「えっと……えっとぉ、その……見ていただけでして、他意は無いと言うか、はい」
「見ていただけ……う、うん。よく分からないけど何にもしてないんだよね?」
「……え? あっはい」
「そう、なんだ……うん、じゃあ私用事あるから行くね、じ、じゃあ」
そう言って笠木は席から立って教卓でダベっている円卓の騎士共に挨拶をしつつ教室から出て行ってしまった。
何もない、じゃなく何もしてない? あれ? 俺……変質者の類だと思われてないだろうか? よく考えると俺の発言は普通に気持ち悪い。
見ていただけって言って許されるのはイケメンであり、陰キャで顔面偏差値が低い俺には許されていないどころか、普通に気持ち悪い。
「木立氏……」
席に戻ったはずの藤木田は俺の肩に手を置き声のトーンを落として話しかけてくる。
「な、なんだよ!」
「いえ、他意はございませんが……会話の練習付き合いますぞ」
青春ラブコメどころか俺には普通の会話すら難しい、これだから青春ラブコメはファンタジーであると俺は主張したいのだ。