青春にキャッチボールはつきものである
その後、難なく放課後を迎える事に成功。
ハプニングに見舞われたのは仕方ないが、笠木と二回も会話をしてしまった事で俺の心は晴天のように晴々としていた、なんなら俺を気遣う発言まで貰えたのだ。
青春ラブコメが開始するのではないか?
「というわけで今日は俺の奢りだ、さぁ供物を喰らうんだ!」
「あの……木立氏、たった二回の会話でそこまで機嫌がよくなるなんて少々夢を見すぎではないかと思いますぞ、何よりセットメニュー程度の奢りというのが正直、器の小ささを表してますぞ」
俺を見る藤木田の目は、まるで風呂に発生した水カビを発見した俺の母親のような表情をしていた。存在レベル的には間違っちゃいないけどな。
「何を言う、俺のようなスクールカースト最底辺に属する陰キャのゴミクズがスクールカースト最上位の笠木と二回も会話出来たんだぞ、快挙としか例えようがない」
藤木田はあからさまにヤレヤレという仕草をする、俺は何かおかしい事でも言ったのだろうか? まさか笠木と会話をしてしまった俺に対する嫉妬だろうか?
「いいですか? 木立氏、そもそも会話と呼んでいいレベルの事ではないのです」
「ん?」
何を言っているんだコイツは……と考えていると藤木田は続けて喋りだす。
「某も陰キャとはいえ、それなりの陽キャ学の教養くらいは持っておりますから、敢えて言わせていただきます!」
「陽キャ学とか随分新しいな、全部感動詞で構成されてそうだ」
俺が茶々を入れても藤木田はスルーして説明を続ける。
「木立氏がどのような会話をされたのか某は知りませんが、陰キャのテンプレのような男がまともに返答出来ているとは思えませぬ、また二回だけの会話というのがミソですな、言葉のキャッチボールがまるで出来ていないですぞ」
「失礼な、その言葉に対してちゃんと返答はしたぞ、それを言うならキャッチボールが出来ていないのは、あまり言いたくないが笠木の方じゃないのか?」
藤木田の冷たい視線が突き刺さる、口元が引きつっている、そこまで何か問題のある発言をしただろうか?
「はぁ……言葉のキャッチボール、所謂会話という事柄は、お互いに意味のある言葉を投げ合って成立するのです、某と木立氏が行っているのが正に会話です」
本当に何を言いたいのかさっぱり分からないが、横やりを入れる暇もなく藤木田の追撃は止む事は無かった。
「続けますぞ、同様の言葉の投げ返しを、笠木女史と行えていないのではないか? と申しているのです。いや断言させていただきます、絶対に出来ていないですぞ。笠木女史が投げた緩い球を木立氏はアタフタしながら、どうにかキャッチし投げ返しましたが、距離そして球の強さの加減がわからずに相手に届いていない状態と一緒ですぞ」
「随分言いたい放題だな、晴々とした気分だったが、おこぷんしちゃうぞ」
お道化てみたはいいが、たしかに俺は人より少し声が小さいかもしれない、人見知りだし、なんならドモる時さえある。
もしかしたら笠木は俺の言葉を受け取っていない……?
「その顔ですと心当たりがあり、内心察しているとは思いますが、我々は陰キャ同志の為、お互いの距離感や性質が分かっている分、こうやって緩急はあれどお互いに言葉という友情のボールを投げ合っているのです」
「友情のボール? なんだそれ」
「友情と恋愛ではボールの投げ方が異なるのですぞ、友情は、ほぼ同性で行われますからな、多少強めだったり弱めに返してもファインプレーが多発します、しかし恋愛のボールにつきましては特殊な事がない限り相手は異性であります、性別が違うという事は人種が異なります、人種が異なるという事は言葉の壁が存在するのです」
「相手を外国人だと思って接しろという事か?」
藤木田は少し考えながらも俺の言葉を読み取ってくれたのか同意をするように頷いて見せた。
「そう捉えていても問題はないでしょう、スーパープレイヤー所謂、陽キャの中の陽キャ以外は初回から異性とまともな言葉のキャッチボールが行えないようになっておりますぞ、木立氏のような陰キャ中の陰キャがまともに言葉のキャッチボールこと会話を出来ているわけがないのです」
よくよく思い出してみるとそうだったかも知れないと思ってきてしまっている自分がいる。それじゃあ今日の笠木とのやり取りは一体何と言ったら……。
「じゃあ俺が行っていたのは会話では無いなら何なんだ?」
挨拶でもないし、形容しがたいのだ、言葉を交わした事は事実だ。
しかし、これは会話では無いらしい。では何と言ったらいいのだろう。
「某もその行為の形容は出来かねますが、陽キャ用語で例えるならば……」
俺は本日一番真面目な顔をしているだろう、藤木田は陰キャだ、間違いようのない事実。
しかし、藤木田には知識がある。
そして何故この学校に入学したか分からないくらいの教養を備えている、その藤木田が放つ言葉に冗談はあれど間違いはなく正解であるのだ。
「『絡んだ』ですぞ」※ここは二重括弧か「絡んだ、ですぞ」の方が、で陰キャ用語としての宣言を強調感が出て良い気がします
「かっ……絡んだ?」
「そうですぞ、会話ではなくただ絡むかのように言葉を放っただけ、ある意味動物の鳴き声と一緒ですな」
動物……? 俺は笠木の日本語に対して、鳴き声で応答しようとしていたという事だろうか?
藤木田は喋り疲れたのかセットメニューのドリンクの流し込む様に喉を動かしていた、落ち着いたところで言い足りないのか続けて俺への講義を進める。
「困惑している様子なのは仕方ありません、しかし今日がたまたま特別な日であっただけで明日以降はいつもの陰キャライフに戻りますぞ」
「じゃあ明日以降は笠木に話しかけられる事は無いという事か?」
藤木田は悲しいような苦しいような顔をしつつ。
「さよう」
そう答えた。やはりライトノベルやアニメのように《俺はどこにでもいるような平凡な高校生だ》というモノローグが付くくらいでなければラブコメは訪れないのだ。
陰キャの青春にラブコメは含まれないという事を悟り、一つ賢くなった俺は今夜は青春ラブコメというジャンルのファンタジー小説でも読む事を決めた。