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青春の思い出は大人になってこそ輝く

 俺と藤木田は互いに重い足取りになり、言葉を下駄箱以降交わさないまま教室へ向かう。

 現在教室ではどんな会話が繰り広げられているか? ケバ子主体で陽キャの話題の中心にいる俺をイメージしてしまう。


 大人は言う。


『年齢を重ねれば大概の事はどうでもよくなるし、今となってはいい思い出と感じる』


 口を揃えて大人はそう言うのだ。

 しかし、年齢を重ねていない俺にとっては、最重要問題であり現状ではどうでもいい事にはならないのだ。

 早急に問題の解決は難しい。なので応急処置が必要になる。

 あいつらは大樹の樹液に群がるカブトムシみたいな習性があり、あいつらにとっての大樹の樹液は教卓である、そして教卓は教室の前方入り口に近い位置に存在する。

 よって、エンカウントしない為には教室の後ろ側のドアから入るべきなのだ。


 その事を頭に置き、俺は後ろ側のドアを目指し、ゆっくりと歩くが藤木田は俺とは別の行動を取るように動く。

 藤木田は前の方のドアで歩みを止め、俺が後ろ側のドアに到着するのを待っている、藤木田の考えが、陰キャの俺には手に取るようにわかった。

 俺が意を決してドアを開いたタイミングよりも僅かに遅れたタイミングで藤木田はドアを開く。

 そして俺は何事もなく自席へ向かう、藤木田も机の合間を縫って後ろ側の自席へ向かう。

 人間の視覚というのは視野が狭いのだ。


 首という可動域をもっているので広く見えるが首の可動は意識しない限り眼球の動きと連動するように出来ている。

 そのため一度後ろ側のドアに向いた視線を、遅れてドアを開けた藤木田のいる前側のドアへ視線を移すように首の可動が行われ、必然的に視覚対象から俺が外れる事になるのだ。


 俺と藤木田は中学三年の頃に塾で出会った。

 高校からの付き合いである友人より、短い期間の付き合いではないのが理由とはならないだろうが、両者が陰キャだからこそ言葉を交わさずとも分かり合えるのだ。

 誇らしげな顔をする藤木田、慣れていないウィンクで合図する俺、青春とは些細な問題にすら大事のように振る舞い喜怒哀楽を表現する場所でもあると思う。


 ミッションコンプリートだ。


 こうしてケバ子の逆鱗に触れずに教室への侵入に成功した。

 後はケバ子の話題がどうなっているのかの確認だ、普段は陽キャの会話などほぼ聞いていないが今日だけは別だ。

 俺はフェイクスリーピング体勢に入り教卓の周りを囲む陽キャの会話に聴覚と視覚を集中させる、頼むから今朝の話題を出さないでくれ……!


「ウチの学校にそんな奴いんのか、こえーな」


 なんの会話だ? 痴漢でも出たのだろうか?


「ヤバ! つかソイツ何年?」

「知らね! クソ陰キャだった」


 あ……うん、これ俺の話題だわ。


「たっ……たまたまじゃないかな? 大人しそうな子だったし気付かないで歩いてただけじゃ……」


 擁護してくれる笠木の優しさには感謝したいが、こっちの方をチラチラ見ないでほしかった、バレちゃうだろ。

 そもそも笠木は、隣の席のヤツだって認識していた事に対して多少嬉しい気持ちがない事も無いが、認識としてはストーカー候補だろうと思うと悲しくなってくる。


「いやいや、あーゆうのが一番ヤベーんだって。いかにも人畜無害そうな顔してる奴ほどニュースに乗るじゃん」

「あーあるわー! ヤバめの犯罪者って大体陰キャじゃね?」


 ストーカーされたという認識のケバ子こと、田中綾香は何故か多少ドヤった顔をしながら強烈な返答をする。


「そう! マジあいつアタシの事ストーカーしてくるとか身の程弁えろって感じなんだよねー」


 は?


 一瞬思考が止まったのは俺の判断力が鈍いとか聴覚にエラーが生じたとかそういった事ではない。

 単純にケバ子の思考が斜め上過ぎて理解するのに時間が掛かったのだ。

 俺とケバ子のラブコメ始まっちゃうの? 最近の陰キャは意外とギャルが好きな傾向にあるけど俺は違う、王道である。


 お前なんかじゃねーよおぉぉ! ストーカーしたわけでもねーし断じてお前なんかじゃない。

 俺がストーカーするとしたらお前の隣にいる笠木に決まってるだろうが! 身の程弁えろ、ビッチ!

 心の中で無駄な反論をしてみるが俺はエスパーではないしテレパシーなんて無い、聞こえないのが分かってて悪態を吐いているだけである、俺マジ陰キャ。


 恐らく俺の目つきは本物の犯罪者のように充血して瞳孔が開いている事だろう。

 しかしケバ子の追い打ちは続く。


「まぁ、アタシって基本スタンスは拒まない系だから~連絡先くらいなら交換してもいいかな~恋愛として陰キャは勘弁だけどね~」


 何故知らないところで俺がお前にフラれなきゃならんのだ。

 ケバ子の思考は陽キャの思考の中でもぶっちぎりイカれてるのだろう、そういう事にしなきゃ俺の心が持たない……。

 その時、ノアの箱舟が到来したかのように教室前側のドアが開く。


「ほら、出席取るから席戻れー」


 クラス担任の佐々木が怠そうな顔をしながら教卓を囲む陽キャを蹴散らす、それぞれが蜘蛛の子のように拡散して席へ戻っていく。

 一難去ってまた一難という言葉が相応しい、ラブコメには発展しないがここ二日間で俺の人生は物語開始から数年後にダークサイドに堕ちた巨人殺しさんの如く急ピッチで進行している。


 少しくらいラブコメに発展してくれてもいいじゃないか……。


 隣の席には笠木も戻ってきている、普段なら笠木ウォッチングの時間になるが本日はそんな気分にもなれないどころか多少気まずい状態だ。


「あの……なんか騒がしくなっちゃってごめんね」

「え……あっ、いえ、お気になさらず」


 さっきまでの出来事がどうでもよくなるくらい俺の中で風が吹いた。

 恋という感情にまで発展はしていないが、青春とは些細な出来事で良い方向にも悪い方向にも流れてしまう感度の高いイベントなのである。

 あの笠木とコンタクトを取れた、日に二回も…それだけでさっきまでの嫌な気分は消えるし何なら嬉しいまである。


 大人は言う。


『年齢を重ねれば大概の事はどうでもよくなるし、今となってはいい思い出と感じる』


 いい思い出になるか、どうでもよくなるかなんてまだ俺には分からないが、それでも悪い気持ちにはならないのかなと俺の青春は微かながら光っている気がした。

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