変夏の苦悩と逃避の陰キャ
翌日、俺は憂鬱だった。
結果的に言えば、俺はケバ子の誘いを断る事が出来ず了承してしまったのだ。好きな人がいるのに別の異性とプールなんてリア充スポットへ出かけてもいいのだろうか?
そもそも、これはデートではないだろうか。
ケバ子が俺を好きとは公言している訳ではないが、ケバ子自身の反応や陽キャ軍団のケバ子弄りを見ていると、どうにも俺を嫌っているという事はないだろう。
振り返るとストーカー疑惑から爆速で好感度上昇を遂げているという事に驚愕する。
俺は本当にラノベやアニメの主人公にでもなってしまったのだろうか? それにしてもヒロインである笠木と結ばれないなんて斜め上にも程があるではないか。
しかし俺がどれだけ思考を張り巡らせようと、俺は夏休みにケバ子とプールへ行く事になってしまっている。
あれだけ藤木田が早めに対処しろと言っていたにも関わらず先延ばしにしてしまった結果がコレだ。
陽キャなら別の解決方法を閃いたりするのだろおうが、いかんせん俺はテンプレのような陰キャでしかない、一先ず距離を置くという事も不可能に近く、素直に勘違いと伝えなくてはいけないのだ。
そして教卓の前で会議を行う陽キャの話題の中心となり蔑まれた学校生活を送るしかなくなってしまうのだ。
そんな事を考えながら俺はいつも通り教室の後ろのドアから入場する。
教卓側へ目を向けると相変わらず数人の陽キャが黒板に某国民的アニメのキャラクターを思わせるイラストを描いて遊んでいたり雑談に華を咲かせていた。
それを尻目に既に登校して自席へ座っていた藤木田に挨拶を掛け俺も自席へ座るとため息が漏れる。
「木立氏、最近は毎日ため息を吐いておりますが、何かお困りごとですかな?」
「まぁ、それなりに困ってはいるが原因が分かってるだけに対処は可能なんだがな」
藤木田は俺の言葉で何の件で悩んでいるか察したように答える。
「あれは弁解の余地がないですからな、傷が深くなる前にさっさと勘違いであると言うべきでありますぞ」
「その傷が既に深くなってると言ったらどうする?」
「……ここではなんですから放課後に話を聞かせてもらいますぞ」
「まぁこの話自体は話しても何も変わらんと思うけどな、じゃあ放課後サイゼな」
そして放課後に俺は藤木田と黒川へ事の顛末を説明するのであった。
「――って事で、ケバ子は俺を好きなのかは判断出来ていないが少なくとも二人でプールに行く事は決まっているわけだ」
藤木田は俺の話を聞いて、どうしたらそんな拗れ方をするのだろうかと言いたそうに引きつった顔をしていた、黒川は話をほぼ聞いていないのかメニュー表を眺めては財布を確認する仕草を見せていた。
「それは行くしかないですな」
「だろ? しかし俺は別にケバ子に好意を抱いている訳じゃないし好きな人がいるのに他の女子と二人で遊びに行くって恋愛における反則だと思ってる」
「陽キャ的には普通の事ではないかと思いますぞ、友人として遊びに行くの範疇ではないでしょうか?」
「俺から見ても田中が木立に興味を持っているのは確かだ、友達としてかと言われると俺は別の意思を感じる」
メニュー表とにらめっこをしていた黒川は話を聞いていたようで言葉を投げかけてくる。
「そこがネックなんだよ、これ以上発展したら今更勘違いでしたで済まないはずだしな」
「しかし、そこをクリアしませんと笠木女史にも勘違いされたままで結局青春ラブコメはあり得ませんぞ」
「俺と同一だ、ここまで来たらトゥルーエンドはない、勘違いを伝えるか伝えないかだ」
黒川の言う通りである、このままケバ子からのアクションを待つという手もあるが、それはあまりに誠実さを欠いた行為であるしこのまま放置という訳にもいかず俺はケバ子と行く陰キャと陽キャのツーマンプールツアーの終わりまでにケバ子にケバ子を助けるために宿泊研修で行動を起こしたのではないと伝えなくちゃいけないのだ、それは即ち、俺が笠木を好きだと伝えるのと同義である。
「本当に悩ましい……」
「まぁまぁ木立氏の行動に後は掛かってますので某達の夏休みの話をしませぬか?」
話が暗い方向にシフトするのを藤木田がストップをかけるように話題の方向転換をする。
「ふっ……いいな、俺も流石に籠ってFPSばかりしているわけにもいかないからな」
「でも藤木田よ、お前夏休みは家にいるって言ってなかったか?」
「それがですな、せっかくの高校生活の夏休みに何処へも出かけないというのはあまりに芸が無いと思い初めましてな、イベントを調べてきたのでございますぞ」
クラスイベントにも参加するのに藤木田の行動力は留まる事を知らないようだった、まさかコミケとか言い出すのではあるまいなと思うがそれは杞憂に終わった。
「コスプレイベントが夏休み中にあるのでございますぞ!」
「悪いな藤木田、俺は二次元の恰好を三次元が取り入れるのを良しとしないんだ」
もう、これは趣向の問題である、何故かよくわからないフリルの付いた制服とか、明らかに高校生の制服の範疇じゃないだろと思われる制服もどきや現実にいたら痴女や変態と言われるような恰好は二次元だからいいのであって三次元にアウトプットすると違和感があるのだ。
「木立氏はコスプレはお嫌いなのですかな?」
「嫌い……とまではいかないが好きではないな、二次元だからこそ輝くんだ」
「ふむ、黒川氏はどうですかな? 日程としましては八月四日となりますぞ」
黒川は「少し待ってくれ」と言ってスマホを高速で弄り始める。久々に見たが尋常じゃないくらい指の動きが気持ち悪い、テクニカル系ギタリストかなと思っていると黒川はスマホを制服にしまう。
「俺は参加してもいいぞ、と言うより元々行く予定だったイベントだな」
黒川がコスプレに興味があったなんて知らなかった、FPS以外興味の無いアンドロイドのような存在かと俺の中では考えていたが違ったらしい。
「意外ですな、黒川氏がコスプレに興味がありましたとは!」
「俺自身コスプレそのものに興味があるわけじゃない」
「どういう事だ?」
「実はクラウドさんがなウドンアタックの女性指揮官のコスプレで参加するらしくてな、良かったら見に来て欲しいと声を掛けられている」
そうだよ、最近の黒川はコレだ。まったく反吐がでる、俺同様に藤木田も真顔になってるじゃねーか。
「どうした? お前ら、表情が死んでるぞ」
「流石鈍感系ラノベ主人公、俺らとは違うわな、藤木田よ」
「そうですな、木立氏。陰キャの帝王という二つ名を返上してもらいたいですぞ」
「待て、そんな二つ名は初めて聞いた。心なしか距離が遠くなっていってる気がする」
そんな黒川の天然惚気を聞きながら俺達はコスプレイベントに参加する事を決めて解散をした。
夏休みまで残り……二日。




