変夏のジェットコースターは始まっていた
藤木田のファッションダンジョンから数日が経過し、一部の生徒には地獄とも捉れる期末試験を終え夏休みを控え教室はここ一番の盛り上がりを見せる時期となっていた。
先程配られた期末試験の結果が書かれた紙を自席で眺めている。正直俺は成績自体は悪くない、むしろ良い方だ。
学校自体の偏差値が高くないという事もあるが、中の上から上の下というのが読み取れる順位であった。
しかし、この数字だけで人の全てを計る事など不可能であり、この数字だけを意識すると勉強は出来るが仕事が出来ないと言われる人間に成りかねないのだろう。
俺は相変わらず教卓を拠点とする陽キャ軍団に目を配らせる。
例えば、先日の藤木田とのファッションダンジョンに置いては優秀な仕事っぷりやコミュニケーション能力を発揮してたケバ子は成績が悪いのか普段より多少だが、大人しく期末試験の結果が書かれた紙を見て苦い顔をしている。
しかし現状の社会適応能力だけを見るならば成績上位者の藤木田や俺よりもケバ子の方が即戦力として重宝される事は間違いない。
結果だけ見てもこの紙は将来を約束する物ではなくただの紙切れなのだ。そんな事を思いながら俺は現実逃避をしていた。
「木立氏、普段よりも呆けているようですが順位が悪かったのでございますか?」
俺が呆けている間に藤木田は俺の席の横まで距離を詰めてきていた。
「いや、お前程じゃないけど良い方だろ」
そう言い、俺は手元の紙を揺らしながら藤木田の方へ見せる。藤木田は俺が見せた成績を見て答える。
「そうですな、言い方はおかしいかもしれませぬが普通に良い方ですな。何をそんなに呆けていたのですかな?」
「期末テスト後の脱力感とこんな紙切れのために勉強を頑張っていたのかと思うと少し虚しくなってな」
「成績が悪いよりはいいではないですか」
「悪いよりはマシだろうけど入学から数ヵ月経ち夏休み前に青春ラブコメが発生しないなんて俺はどれだけ陰の道を進むんだと思ってな……」
そう、俺はこんな中途半端な成績なんかよりも笠木との青春ラブコメをスタートさせたいのだ、もう宿泊研修から一ヶ月経っているが進展も何もないどころか位置的には入学時よりも悪い。
「そうですな、結果的に見ると木立氏の目的とは別の部分で進展している様子でございますしな」
藤木田はそう言ってケバ子の方を向く。
「誤解を解く事から始めないといけないのは分かっているんだが、どうにもタイミングが掴めない」
「でも行動しなければ始まりませんぞ、夏休みに入ってしまえば笠木女史に会う機会はほぼありませんぞ」
藤木田の言う通りだ。
夏休みに入ってしまえば日課の笠木ウォッチングすら不可能であり笠木と俺の接点は無くなると言っても過言ではない、非常に憂鬱だ。
「そういえば田中女史からは何か誘いは受けなかったのですか?」
「クラスイベントの話くらいだろ、誘うって言われたくらいだ」
「おかしいですな……」
藤木田は俺の発言を聞いて顔を顰める。
「何がだ?」
「田中女史がわざわざ木立氏にクラスイベントの話をするのでしょうか? クラスイベントの話ならば某が既にしていると思うのが普通ではありませんか?」
いや、現にお前は俺を誘っていなかったじゃねーか、悲しい。
「それもそうだが念を入れて言う事くらいあるだろ」
「何か釈然としないと言いますか……」
「まぁ結果的に何もないならそれでいいだろ、それより黒川はどうなんだ?」
藤木田は俺の言いたい事がわかるように答える。
「相変わらず下校時間までは寝ていますからな、しかし鈍感系主人公属性を持つ黒川氏ですぞ、何か発展する事などしばらくはありませぬ」
「それは良かった、陰キャは友の成長を喜ぶ事は出来ても友に彼女が出来る事には抵抗を覚えるからな」
「それは木立氏だけではないかと言いたいところですが……そうですな、話だけ聞いていると黒川氏の件は逆に妨害したくなりますな」
そう、夏休み直前でも陽キャが教卓の前で絆劇場を繰り広げている間、俺達は教室の隅っこの方でコソコソと会話をするのであった。
夜、残り登校日数も僅かと考えながら俺は自室でソシャゲのパーティ編成やボックスの整理に勤しんでいたところスマホの上部にラインからの通知が流れてくる。
俺に通知をするなんて藤木田か黒川くらいなので頭が空っぽのまま俺はラインを開く、どうせファッションモンスターと化した藤木田が次は天パを矯正したいとかメタモルフォーゼを遂げる内容かと思っていたがアイコンが異なっていた。
送信先は田中綾子ことケバ子であった。慣性でタップをした俺はそのまま中身を確認する事になる。
【綾子:前に言った、誘うって話だけどアンタいつ頃予定空いてる?】
いつもなら返信は一切しないし既読もつけないのだが残念ながら今日は既読を付けてしまっていたし内容がクラスイベントの事なので返信を行う事にした。
【木立:誘ってくれるのは有り難いがクラスイベントとか前回でお腹いっぱいだ、遠慮する】
これでよし。夏休み中に笠木に会いたいのは山々だが、会ってもどうする事もないだろうし俺は自分が楽な道を選ぶ。
そうしてケバ子から再度ラインが届く。
【綾子:は? 何言ってんの、前に誘った話あるじゃん】
何か話が噛み合っていない、もしかしたらクラスイベントの話ではないのだろうか? と思っているとケバ子から追撃が来る。
【綾子:クラスイベントの件は伝えといたげる、アタシと遊びに行く件の事を聞いてんの!】
俺の勘違いかと思っていたケバ子からの誘いは本当に俺個人を誘った内容であった事、そしてクラスイベントには結局誰からも誘われていない事。
この両方が俺に重くのしかかる。
【木立:あぁ、ちょっと目途が立たない状況でございまして……目途が立ち次第コチラからご連絡致します】
よし、これでオッケー、俺の父親はこれで幾度となく危機を回避してきた。持つべきものは社畜の父だなと思っているとケバ子から更に追撃が来る。
【綾子:早めに決めろよ、んでプールと海どっち行くん?】
何を言っているのか俺には分からなかった。
話が噛み合ってないどころではない、何の話を今行っているのかが不明だった。そして記憶をサルベージしていくと俺は繋がりを見つけてしまった。
『だ か ら! 夏休みにアンタを……さ、誘うって言ってんの、感謝しなよ!』
『これから必要になるし、元々持ってるのってどうせ中学生の時に買ったやつでダサそうだし買っといていいんじゃない?』
『そうだな、必要かどうかは知らんが一着あっていいかもな』
『いやいや必要でしょ』
そう、俺はこの時ようやく気付いたのだ。ケバ子が俺を水着コーナーへ連れて行った理由を。
そして五月とは別の形で青春ジェットコースターが既に動き出していてまだ昇り切ってすらいなかった事を思い知らされる結果となった。
きょはこれでおわりです><




