変夏の到来告げて
黒川のオフ会事件簿から数日が経過して海の日を控えながらも日差しが強く夏の到来を感じさせる気温と生温い風を感じながら俺は学校への道を歩く。
俺と同様に登校する生徒のほとんどが、夏服に衣替えをし中には夏休みの予定に花を咲かせる会話もチラホラ聞こえてきて俺も心無しか夏休みが待ち遠しくて仕方がない。
毎朝の起床から登校までの一連の流れを省けるだけで天国、俺個人としては勉強は好きでも嫌いでもないのでどちらでもいい。
明日も学校なんて事を前日の夜に考えて気分を下げながら寝るというルーチンワークが嫌いなのだ、夏休みの予定なんて物も特にない、しかし嬉しいのが夏休み。
陰キャ陽キャ関わらず全生徒が一丸として待ち望んでいるイベント、学生生活でこれほどまでに待ち望まれている事が他にあるだろうか――否。
まだ少し先の夏休みを糧に俺は今日も高校までの長い道のりを歩いていくのだった。
本来ならこれがここ数日の行動の一端であるが、今日に限っては少々異なる日となっていた。
不意に背中を多少強めの力で叩かれる、そして俺はこの背中を叩く感触で既に誰が後ろに立っているか気付いていた。
「相変わらず背中丸まってんじゃん、アンタ背低いんだから尚更低く見えるよ」
スクールカーストの頂点に位置する中でも、最恐と名高い田中綾子ことケバ子が俺の横に並んでくる、ついでに背が低いとか余計だ、お前がデカイだけだ、というか横に並ぶな、身長の低い奴へのイジメと言っても過言ではない。
「好きで低くしてるわけじゃねぇよ」
流石に宿泊研修後にそれなりに絡んでいる(陽キャ的に)だけあって敬語は抜けきっているし何なら軽く口答え出来るくらいには俺も成長していた。
「まぁアタシは気にしないけどね、ただシャキっと背筋張ってる方がカッコイイでしょ」
誰もお前の好みなんか聞いてねーよ、エンジェルでありゴッドである笠木の好みなら聞かせてもらおう。
「そうだな、まぁその役割はイケメンである黒川辺りに任せて俺は隅っこで丸くなってるのがお似合いなんだよ」
「アンタ……本当にネガティブだよねー」
「唯一の長所だからな」
「いや、褒めてねーし、でも不思議だよねー」
「何がだ?」
「入学当初はアンタみたいなタイプと絶対に絡まないと思ってたけど何があるかわかんないねーって話」
ケバ子の言う事は尤もであった、本来こうして俺とケバ子が横並びで登校している光景ですら異常ではあるのだ。陰キャと陽キャは水と油(陰キャ側の意見)として認知されているはずだ。
そのためケバ子としても自分の立ち位置的には俺といる事が不思議で仕方ないのだろう。
「約三年もあれば多少なり関わる時期はあるだろうから、今が丁度そのタイミングってだけだろ」
「何? その後になったら絡まなくなるみたいなの、ホントに捻くれてるねー」
「この感性のおかげでこれまで平穏に生きてこられたまであるからな」
ふと思う、周りから見たこの絵面はどう思われているのだろうか?と。
先程からたまに視線を感じるという事は異常な光景とは思われているのかもしれないが、もしかしたら俺とケバ子が付き合っているように見えるのだろうか?
いや、身長と外見スペック的に姉弟かイジメられている陰キャとイジめる陽キャにしか見えていないだろう。
「高校生活中にそういうの卒業しなよー、そんでアンタ夏休みとかどういう予定立ててんの?」
「え? 家にいる」
「海とかは?」
「なんで夏休みにわざわざ海に行かないといけないんだ?」
ケバ子は俺に哀れむように視線を向ける、俺は何かおかしい事を言ったつもりはない。わざわざ海に行かなくたって涼める場所はいくつかある、図書館とかオススメだ。
「アンタ……高校生活は長いようで短いんだからもっと青春しなよ」
何を言っている。五月から俺は青春ジェットコースターに揺さぶられまくって生きてきたんだ、青春していないわけがないだろ。
「それなりに青春してる、とは思う」
理想の方向とは違う方に流れている事を察してはいるので語尾の力が抜けてしまったが、よしとしよう。
「んーまぁアタシの事ストーカーするくらいだし恋の部分だけなら歪だけど青春してるみたいなところはあんね」
これに対する回答はNOだ、しかし言ってしまったら大問題に発展する映像しか脳内に流れない為、俺は反論を言えずにいた。
「そ、それは誤解だ」
「まぁ何て言おうがアタシはもう分かっちゃってるからイイんだけどね、んで夏休み予定ないって言ってたじゃん?」
分かってる奴の言葉ではない、まぁ弁解できない俺が悪いんだけれども。
「あぁ」
「夏休み……ア、アンタ誘うから!」
「はい?」
ケバ子は恥ずかしがるように多少ドモりながら主語の無い会話をし始める。
「だ か ら! 夏休みにアンタを……さ、誘うって言ってんの、感謝しなよ!」
感謝……?
「い、いや遠慮する、俺は家にいる」
俺が早々に拒否反応を示すとケバ子は食い下がってくる。
「ごちゃごちゃうるせーな! いつまで経っても誘ってこないからアタシが誘ってやってんだから乗れ!」
ケバ子との会話には慣れたとはいえ、怒った時に見せる鬼のような表情と剣幕には勝てず俺はカツアゲを回避出来ない陰キャのように返答する。
「は、はい」
「よし!」
ケバ子は満足したようにドヤ顔をする。
ケバ子が女性である事を忘れるくらいに漢らしい、特殊な性癖を持つ人間からしたらご褒美であるだろう、そして流れでイエスと返答してしまった事を悔やむが、夏休みまでまだ猶予はある。
その間にケバ子が今日の出来事を忘れる様に願おう、と言うより願うしかない。
学校に着くと珍しく藤木田と黒川は俺よりも早く登校していた。
「木立氏、おはようございますですぞ」
「あぁ、黒川は相変わらずネトゲの副産物か」
黒川は昨夜もネトゲに精を出していたのか机の上で眠りこけている。起きてる方が珍しいので俺的にはいつもの光景であった。
「それより窓から見ておりましたぞ」
「何がだ?」
俺は藤木田の言いたいことを察しながらも無駄な抵抗の如く、知らない振りを決め込む。
「田中女史と一緒に登校していたではありませんか?」
案の定、藤木田は今朝の登校風景の話題を振ってくる。
「一緒に登校していたわけじゃない、たまたま同じ速度と歩幅で同じ目的地へ移動をしていただけだ」
「体格的にもどちらかが調整しないと無理がありますし、それを一緒に登校していたと某は主張したいですぞ」
「お前も分かってるだろ、ケバ子が俺に抱いているのは一時の感情でしかない。それに本人が好きではないと否定をしているからな」
「某は女性の気持ちが分かりかねます故、確定付ける事は言えませぬが……まんま宿泊研修前の木立氏と変わらない状態に見えますぞ」
俺も藤木田と同様の意見とは認めたくないが、正直なところ、そう思っているが、一時的な感情には変りないのだ、そもそもケバ子は一途なのかと聞かれたら見た目からはそう見えない。
むしろ一年間日替わりで彼氏を作りそうな見た目をしている、偏見だけど。
「仮にそうだったとしても勘違いから生まれた好意であり俺がケバ子を好きになる事は無いし、あっちも勘違いだったと分かればあっさり熱は冷めるだろ」
「そのような物なのでしょうか?木立氏はあの宿泊研修で笠木女史のヒーローになったつもりが田中女史のヒーローという結果になってますからな、変に拗れないとよろしいのですが……」
「そんな事より、藤木田は夏休みどう過ごすんだ?」
「夏休みですか? 某も青春らしい事をしてみたいとは思うのですが恐らく家から出ないかと思われますぞ」
「だよな、夏休みに外に出る方が異端であると俺は主張したい」
「それにしてもいきなり夏休みの会話とは珍しいですな、何かありましたかな?」
今朝のケバ子との会話で話題を得たなどと言ったら、再度ケバ子の話題に戻ってしまう気がするので俺はテキトーに話をねつ造する事にした。
「登校中に夏服の生徒を見てると頭に浮かんだだけだ」
「黒川氏は……聞く必要はないですかな?」
「あぁ、あいつはどうせウドンアタックでも一日中プレイするんだろ、クラウドさんと二人でな」
俺は皮肉と嫉妬を込めて強めに言う、内心だから言っちゃうが羨ましい。
俺も笠木とアニメ鑑賞をしたい。今期のハーレム系ラノベ原作のアニメをボロクソに批判して笠木から見限られて距離を置かれるところまで想像出来た、ダメだ。上手くいかない。
「当の本人は鈍感系イケメン主人公の座に就いておりますのでしばらくは発展しなさそうではありますけどな」
「そういえば前から気になっていたが、藤木田は恋愛には一切興味が無いという認識で良かったか?」
藤木田は俺の発言によってしばらく考える素振りを見せつついつも通りに返してくる。
「そう……ですな、某に関しましてはお二方のように何かしら目標があるわけでもなく現状にかなり満足しておりますので、あまり欲しくないと言いますか、何というか難しい質問ですな」
「じゃあ恋愛以外では何か興味がある事ないのか?黒川だと恋愛じゃなくてFPS方面という特殊なジャンルにはなっているし藤木田もそういうのだったら何かありそうじゃないか?」
その言葉で藤木田はハッとした表情を浮かべ自分の席へ戻っていく、しかし席には座らず机のフックに掛けている鞄を漁り一冊の雑誌を持って再度戻ってくる。
「某、オシャレには興味がありますぞ」
藤木田は持ってきた雑誌を俺の目の前に差し出す、宿泊研修前に購入していたメンナクを出してきた、よく見ると雑誌はしわくちゃで付箋が貼って有ったりとかなり読み潰された形跡が伺える。
「おい、雑誌ってそんなに繰り返し見る本のジャンルじゃねーだろ」
「何を言いますか、雑誌と言えど気になる情報をチェックするには何度も読みなおし情報を精査する必要がありますぞ」
俺の考えとは異なるが藤木田らしい実に入念な本の読み方をしている、最近は也を潜めてはいるが陽キャ辞典でもあるし、マーケティングとか向いてるんじゃないだろうかと考えてしまう。
「それで、その付箋は欲しい商品の情報があるページか?」
「そうでございます、それで木立氏にお願いがございましてな、某と共に――」
「断る」
俺は藤木田の質問が既に分かっていた、そしてそのお願いは俺が出来る限り近寄らないようにしていた分野のお願いなのだ。
「まだ言い切ってませんぞ、某と一緒に――」
「いやだ」
「ショップへ出向いてほしいのでございますぞ」
「その外見でショップとか横文字使うな、そしてATフィールドを突破してくるな、脳筋か」
藤木田は恋愛には興味はないが自分の改革には興味を持つ男なのをようやく俺は認識した、中学生から高校生になり、自らの性格を明るくし、狭かった交友関係を広げる等、これまで藤木田の行いには関連がありヒントがあったのだ。
この先どうなるかを俺は分かっている、こういう事を言ったあとの藤木田は暴走列車だ。絶対に目的を果たすまで止まらないのだ。
「なので付箋のページにありますアイテムの実物を見たいので次の休みに同行してもらいますぞ木立氏」
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