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青春へのスパイスは適量って言ったじゃないですか

翌日の朝、俺は憂鬱だった。


「学校、行きたくねぇ……」


 寝ぐせの付いた頭、半分開いていない瞼、自室のベッドから、のそのそと起き上がり冷えたフローリングを足の裏で感じながらカーテンを開ける。

 今日は非常に天気が良い、普段ならば頭が空っぽのままポケーっとしていただろう。


 しかし――。


 今日は、この快晴を浴びても俺の脳や足が、そして心臓が学校へ行きたくないと告げている。

 陰キャ特有の病気とかではなく昨日の放課後の教室をフラッシュバックしてしまうからだ。

 誰だってそうだろう、仮に笠木が起きていたら半分告白したような状況なのだから。


「まぁ、笠木が起きていたらの話だけどな……」


 自分に言い聞かせるように部屋で一人呟く。

 しかし俺の性格上、非常に嫌なイメージばかり想像してしまうのだ。



『昨日さ、放課後、教室でグダってたら隣の席の陰キャに告られて~めちゃキモかったー』

『ま!?』

『あの寝たふりしてる奴っしょ? ないわー』

『身の程を知れって話だよな』

『というか、あのままいたらアタシ……ヤッバ! 想像しちゃったんだけどー!』

『木立氏……見損なったでございますぞ』


 教卓を囲む陽キャの話を皮切りに鋭い視線が突き刺さり、その日から卒業まで俺は悲惨な青春を送るのだった。


 ―END―


 俺の脳内では最悪の事態のイメージが表示されていた。

 起こり得る可能性があるのは間違いない、仮に俺のような陰キャがどれだけ言い訳を重ねようが元々の俺と笠木のクラスでの信頼度が段違いなので戦う前からゲームオーバー、負けイベントのようなものだ。


「あー……異世界転生したい、異世界転生したと思ったらβ世界線に辿り着いて俺が陽キャになってた件でもいいわ」


 というかタイムリープ能力だけでいいから切実に欲しい。

 現実逃避をしつつ、昨日の藤木田の言葉を思い出す。


『ほとぼりが冷めようがその後に木立氏が登校してきたら再度加熱することになるでしょう、後で辱めを受けるのも明日受けるのも大して変わらないですぞ』


 どれだけ駄々を捏ねようが、俺は今日学校へ行かなくてはいけないのである。

 仮に今日休んだとしても両親が心配をする。

 陰キャは、両親に学校での生活がバレるのを極端に嫌う傾向がある、俺も例外に漏れず当てはまる、そうだろ? 全国の陰キャ達。


「何より間違って告白して怖くて学校へ行けないという理由が恥ずかしい」


 俺は考えが煮え切らないまま覚悟を決め学校へ行く準備をするのであった。もちろん藤木田への連絡も忘れない。


【木立:教室入るの怖いから下駄箱前で待っててくれ】


 よし、これでいい。そうして俺は自宅から出て嬉しくもない太陽の紫外線を浴びながら学校への道のりを歩き始める。


 十数分後、俺は陰キャ特有の下を向いて歩く癖があるので気付かなかったのだ。

 十数メートル先に悩みの種である笠木が歩いている事に。


 近いな……歩行速度を落とすんだ俺。

 笠木は円卓の騎士の中でも最もケバい騎士であり、ビッチと噂される田中と共に登校していた。

 俺は歩行速度を緩め距離を取ろうとしていたが、一つの案を思いつく。


 待てよ、これはチャンスじゃないか?

 教室に入る前に笠木がケバ子といるって事は、バレていたら俺の話題が出るはずだ。

 仮に嫌な方向で転んでも被害は最小限で済む……と言うより俺は精神に限界がきて帰る事になるだろう。

 何より、昨日の放課後の事がバレていなければこの嫌な気持ちと離別出来るのではないか?

 その考えが俺の中に芽生えてしまった以上ここは前に進むべきだ、俺の脳がそう命令している!

 俺は本日二回目の覚悟を決め、歩行速度を戻し笠木とケバ子の後ろを目指す。


 まだだ――


 ここじゃ聞こえない。


 ゆっくりと、某暗殺者のように音を殺して歩く、趣味じゃないけれど。


 あと少し前へ――


 聞こえる……聞こえるぞ!


「でさ~昨日バイト先でさ、北大の先輩に誘われて~」

「大学生に誘われるなんて、綾香やっぱり凄いね」

「でも顔がタイプじゃないんだよね~紹介したげよっか?」


 別の意味で聞きたくない話題が出てきそうなタイミングであった。

 俺はNTR属性という、アブノーマルな性癖などは持ち合わせていない。

 嫌なイメージを払拭し、俺の今後の青春に関わるミス告白の話題を確認する為、笠木とケバ子の会話に耳を傾ける。


「私はいいよ、大学生とかちょっと怖いかな、釣り合わない気もするし……」


 うん、俺の中で笠木の株が上がりっぱなしだ、NOTビッチ笠木!


「え~北大だし、結構金持ってるっぽいし――お前何? 近くね?」

「え?」


 そう、俺は気付かない間にミスを犯していた。

 自分を某暗殺者と思い込んで音を殺して歩くのが楽しくなっていたのかもしれないが故、調子に乗って近づき過ぎたのである。


「お前、ストーカー? クッソキモイんですけど!」


 突然の出来事に驚き俺はドモッてしまう。


「え? あ、いや……そのぉ、えっとぉ……」


 俺の態度にケバ子の怒りのボルテージが上がっていく。

 近づき過ぎとか言ってたのにケバ子の方から俺に詰め寄ってくる状態となっている、勘弁してください。


「ハァ? 聞こえねーんですけど、ハッキリ言えや!」


 ダメだ、ケバ子が怖すぎて言葉が出てこない、このまま俺はストーカー認定されて青春を終わらせてしまうのだろうか……起死回生の一手よ、頼む、降りてこい!


「もういいんじゃないかな? 多分たまたまだよ、ね? たくさん人も見てるから綾香も落ち着いて」


 起死回生の一手は降りてこなかったが、笠木が間に入って止めてくれた為、ケバ子と俺の距離は遠のき笠木と距離が多少近くなる。

 非常にデンジャラスな状況なのに笠木からシャンプーのフワっとした香りが鼻を通して脳が活性化して笠木に意識が集中してしまう。

 笠木に止められたケバ子は周りを睨みつけて追い払った後。


 「もうついてくんじゃねーぞ! ストーカー野郎!」


 そう吐き捨てて、ケバ子は通学路をズカズカ肩を揺らしながら歩いていく。


 「えっと……なんかゴメンね?」

 「い、いえ……」


 何も悪くないのに謝る笠木、そして笠木も俺に一礼をした後、ケバ子を追うように走っていく。

 しかしこの様子だと、昨日の放課後の件は恐らくバレていない……と思う。

 その安心と引き換えに別の意味で教室へ入りたくない問題が出来てしまった、正直ケバ子の剣幕が凄くて昨日の件とか頭から吹き飛んでしまっている。


 二段構えの問題を抱え俺は音を殺すだけではなく存在も空気になったようにゆっくりとした――いや、重い足取りで学校へ向かうのであった。


「遅かったでありますな!」


 下駄箱前では藤木田が連絡通りに俺を待っていた。


「連絡は貰いましたが、本日は休みかと思いましたぞ、さっき笠木女史と田中女史が通っていきましたが、何やら田中女史の機嫌が悪そうだったので本日は逆鱗に触れないように行動しましょうぞ! まぁ元々交わらない世界線におりますがな!」


 藤木田は俺とは対照的に朝からいい笑顔を見せる、俺の現状を察してなのか素で明るいのか知らないが正直助かる。


「実は……ケバ子の機嫌が悪いの俺のせいって言ったらどうする?」


 昨日に引き続き藤木田の顔が真顔になり


「え? 木立氏、昨日からラブコメばりのハプニング起こしすぎかと思うのですが……」


 そう、誰かが、俺に呪いでもかけたのかというくらいに不幸が連発しており俺の脳が処理しきれる限界値を超えていたのだった。

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