変夏と香辛料
そして黒川の特訓から数日後、俺と黒川はオフ会の待ち合わせ場所へと向かっていた。
「黒川」
「どうした木立」
休日の電車内は朝が理由なのもあり空いていた、ほとんど人のいない空間で俺は黒川が忘れているであろう言葉を言おうと思っていた。
「最近の俺の行動から忘れてるかも知れないが俺もコミュ障ではあるんだ、ドモったら助けてくれ」
「その部分についてはイエスと答える事は出来ない、俺もコミュ障だ」
このパーティに藤木田が居れば安定はするだろう、最近の藤木田はコミュ力の化物と言えるくらいに多方面と交流を深めている。
しかし、今日に限っては藤木田は戦線離脱をしている。
前途多難でしかなかった。
「これは他の参加者もコミュ障である事を祈るしかないな」
「中にはコミュ障もいるだろうが、やはりガチ勢に関しては自分の趣味のオフ会だからな、それなりに喋る奴が多いはずだ」
「そういえばクランメンバーにはなんて伝えてるんだ? クラン内の問題を解消するためのオフ会とは伝えてないだろ?」
「クランメンバーには大会前の決起集会と伝えてある、誰でも参加可能にしてるから元クランメンバーやこの間話した新人のプレイヤーも参加すると聞いている」
黒川は普段は落ち着いているのに、今日に限っては足を組み直したり行動に落ち着きが無かった。
高揚ではなく緊張が理由だろう。
落ち着かない黒川を乗せた電車は速度を落とすことなく俺達を目的地へと運ぼうと進み続けていた。
「そういえば参加人数はどのくらいなんだ?」
「俺のクランでもガチ勢が三人とこの間入った新人が一人そして俺達二人で計六人だな」
十数人くると思っていたが案外少なくて少し安心する。
「他のガチ勢は来ないのか?」
「クラン内で告知は出したのが、オフ会は参加しないと連絡があったな」
という事は、ガチのコミュ障がくる確率は少なく思える。
オフ会に参加するくらいだからコミュ障とは言えど喋れるタイプなのであろう、黒川は主催なのと付きそいの俺は別として喋れるタイプの人間に黒川がどうやって上手く場を収めるのか俺には想像出来なかった。
「そうか、まぁ良い結果にはならんと思うぞ……この際だから言うが絶対にどちらかを切り捨てる選択になると思う、その場合に黒川はどうするんだ?」
黒川は俺の発言で少し考えながら口を開く。
「すまん、答えられない」
ほぼ傍観者で部外者の俺よりも黒川はずっと考える事が多い、今回のオフ会で黒川のクランの方針が固まると言っても過言ではない、黒川が将来ゲームで食っていきたい等の夢は聞いたことがないが、黒川の夢が仮にe-sports関連だと仮定したならば予定している大会の参加は非常に重要なファクターであると断定できる。
「そうか、まぁ難しいよな、ゲームとはいえ中身は人間なんだから」
「そうだな、ゲームよりも人間の方がよっぽど難しい」
その後、お互いに会話は無く電車は目的地がある駅へと到着した。
「ようやく着いたな、それで待ち合わせ場所は何処なんだ?」
「待ち合わせ場所は最初はカラオケだな」
「陰キャってカラオケに行くのか?」
俺の素朴な疑問に黒川は驚きつつも答える。
「藤木田だってボーリングの後にカラオケへ行っていただろう、何よりカラオケは暗めで個室だからな、陰キャは案外居心地の良い空間だと思うぞ、無線もあるし最高だ」
やはりFPSに基準を置く黒川の考えはいつだって振れていなかったので緊張してはいるが安心した。
黒川と喋りながら歩いていると目的地のカラオケ店へ到着した、そして俺は別の意味で緊張をしていた。
俺はカラオケが初めてなのだ。
オフ会については嫌な予感しかしないが、カラオケに興味が無いわけではない。アニメを見ながら主題歌を歌う事だってあった、そして深夜に音程の外れた声で歌う息子に注意をする母親、そして歌っている事を見られた恥ずかしさ、全部覚えている。
「どうした木立、複雑な表情をしているな」
「いやいい……過去の映像が頭に流れただけだ」
「そ、そうか」
そして店内へ入ると、思っていたより明るい、そして愛するサイゼのように設置されたドリンクバーを見てどこか安心する。
しばらく入り口付近で立っていると制服を着た店員が話しかけてくる。
「いらっしゃいませ、何名様でのご利用でしょうか?」
「予約した黒川、先に二名」
相変わらず単語で話す黒川を見て本当にオフ会で喋れるのか不安になってくる。
「黒川様でございますね、それではただいま確認致しますので少々お待ちくださいませ」
そう言って店員はカウンターに設置されているパソコンにて確認すると再度コチラを向き案内を始める。
「お待たせいたしました、それでは予約が確認できました、また本日はドリンクバー付きのフリータイムでのご予約となっておりますのでカウンター右手にございますドリンクバーまたは、これからご案内するお部屋の近くにございますドリンクバーをご利用くださいませ、それではお部屋の方までご案内致します。」
話し終わると店員はカウンターを他の従業員に任せて俺と黒川を部屋まで案内する。
「サイゼは入り口で済ますのにカラオケは随分丁寧なんだな、好感と申し訳なさが止まらない」
陰キャは丁寧な対応されると申し訳なくて恐縮しちゃうんだ、少々雑なくらいが気を遣わずに済む。
「サイゼも店によっては席まで案内する、逆もまた然りだ」
「ほぉ、初めて聞いたな」
俺が思っているより黒川は色々な店に行っているようだった、黒川の事だからFPSで発狂して家を追い出されたとかそんな感じだろうけども。
そして奥の突き当りまで店員は俺と黒川を案内し終え機械とマイク類を黒川に手渡すとカウンターへと引き返していった。
「一番奥か、安心するな」
「同感だ、それじゃあ入るか」
カラオケボックスの中は黒川の言う通り暗くて心地よかった、何より俺の部屋より広い。
「広いな、この間のネカフェよりも広くないか?」
「そうだな、俺もこんな広い部屋は初めてだ」
予約人数が六人だった事もあり大きめの部屋へ案内されたようだった。
「それで集合時間まであとどのくらいだ?」
「五分もないな」
少し時間に余裕があるなら試しに歌ってみたかったがどうやら俺の歌うタイミングは無いらしい。
俺と黒川がイスに座り待っていると部屋のドアがノックされ店員は他の参加者を部屋まで案内してきたらしい。
一人目は小太りの如何にもオタクらしい青年、二人目は藤木田くらい痩せている眼鏡の少年、もう一人は……小学生?と思われるような体躯をした男の子、そして最後に緊張したように女の子が部屋に入ってくる。
オタサーの姫っぽさは無くそこら辺にいそうな女の子だった。
え?FPSって案外女性がいるのだろうか?と考えている中、黒川主催のオフ会は始まろうとしていた。
「おい、女人禁制なのがFPSじゃないのか?」
俺はまさか女性が来ると思っていなかったので黒川に耳打ちし訪ねてみるが黒川の反応は至って普通の反応であった。
「何をバカな事を言っている、男性ほど比率は多くないがいるに決まっているだろう」
そういうものなのかと納得する事にした。
「……ここが我らがクランである《Vengeant revenge》の集会所か?」
小太りの男が太くいい声で俺と黒川に問いかける、無駄に声がいいのが腹立つ。
「あぁ、ここが俺達の拠点だ、君は《さくらもち》だな」
黒川は特徴的な声で気付いたのは小太りの男のハンドルネームを言い当てる、その声でさくらもちとかもっと何かあるだろ。
「そういう君は《ダークリバー》……我が主だな」
黒川も負けじと声色を普段より太くして答える、何ここ……こえ部なの?
「ふふ、自己紹介はまた後にしましょう……長旅でしたからな、拙者は水汲みに参りますぞ」
「《アスモデウス》さん、僕のも取ってきてください、メロンソーダでお願いします」
「承知しましたぞ《ゆうた》殿」
眼鏡の男は着くなりドリンクバーへ向かって出て行く、小学生らしき男児は携帯ゲームをやりながら眼鏡の男をパシリに使う。
「あの……初めまして、私は《クラウド》です!」
そう言って女の子はペコリと頭を下げて挨拶する、随分礼儀正しいがハンドルネームから地雷臭が半端ない、違和感しかない。
ここまで濃いメンツだと陰キャのテンプレを自称する俺の席はないのだろう。
久々に空気になった気分だが、今はその空気が心地いいと感じる幕開けとなった。
今日はお終いです、お文字の勉強に時間を割く為です




