変夏と陰キャの安息日
六月某日、俺は部屋で優雅に休日を謳歌していた。
撮り溜めていたアニメの消化、積みラノベの消化。
これはオタクの義務である、最近は陰キャと自称出来なくなるくらい放課後に出かける事が多くなっていた。
その為、予定の無い休日はこうやって陰キャらしく独り言をぶつぶつ呟きながら自室で過ごすのが一番良い。
「後藤くんの花嫁めっちゃ面白いじゃねーか……キャラもそれぞれ立っていて良い、外見は一華が推したいが弐ノみたいなキャラが後からデレるところを想像すると……クソッ!決められねぇ、俺は優柔不断だ!」
自室で死んだ目をしながらアニメを見てブツブツ呟いて女の子を評価する、これを第三者から見ると相当気持ち悪いだろう、中には『絵じゃん』とマウントを取ろうとする奴もいるが俺は言いたい。
「絵だからいいのだろう」と。
最近のスキアラジブカタマウントバトルfeat.嘘松という混沌としたネット事情を俺は嘆く、もっと自由に好きって言うだけじゃダメなのかと、何が嫌いかより何が好きかで自分を語れよと俺も言いたい。
そんな人生の糧にもならないような一人劇場を考えているとスマホが振動した。
【黒川:頼みがある、手を貸してくれ】
何が起こったのだろうと思ったが黒川の事だから恐らくFPS関連の出来事だろうと俺は思ってスルーしたが数分後まるでBOTのように再度同じ内容のラインが届いたがコレもスルーした、その後、五分間隔で届く黒川からのラインに根負けした俺は返信を行う。
【木立:絶対碌でも無い内容だからイヤだ】
【黒川:俺、宿泊研修、木立の為、頑張った】
こう言われると流石に俺もATフィールドを解くしかなく返信をする。
【木立:内容は?】
【黒川:ネトゲのオフ会に付いてきてほしい】
オフ会、ネットの知り合いと会う事をオフ会と呼ぶ、普段はオンラインで繋がっているがオフラインにて顔を合わせる為、この呼称が付いて回るようになったらしい。
「オフ会ね……俺も人見知りするしあんまり行きたくねぇな、というかFPSのオフ会だろうし俺浮くだろ」
【木立:FPSのオフ会か?】
【黒川:察しが良いな】
察しがいいとかじゃなく黒川と言えばFPS廃人だ、それ以外に考察する余地などないだろと思いながらも俺は黒川へ了承する旨を伝える返信を行う。
【木立:いいけど、オフ会にコミュ障の陰キャが一人追加されるだけで何も変わらんぞ】
【黒川:一人で行くのが怖い、苦しい】
そこまで嫌なら行かなきゃいいじゃねーかと思うが黒川にも何か理由があるのだろう、と言うより黒川に限らず藤木田にも当てはまる話になるが自身がやりたいと思った事に対しては引くことがない、こっちが折れてやる他に解決方法ないのだ。
【木立:わかった、付き合う】
【黒川:助かる、それでは明日から特訓だ】
特訓……?何を言ってるんだ、そう思いながら俺は先ほどまで見ていたアニメの消化に移る。
どうせ明日には特訓とやらの内容も分かるだろう、何より既に不穏な空気が漂っているのだ、今日くらいはテンプレ的休日の中に居させてくれ、そう思うのであった。
翌日、俺は放課後に藤木田と黒川と共にネットカフェへ来ていた。
「ネカフェには来た事あるか?」
「中学校の頃に一度だけ」
「某は初体験でございますな、中学時代は家と学校と塾で全て完結しておりました故、あいにく娯楽という物をほとんど知りませんでしたので」
藤木田は明るく笑いながら話しているが、反応し辛いネタを放ってくるのは止めてほしい。
「最近のネカフェは進化していてな、ドリンクバーの種類、低料金、各種パック料金、そして廃人向け済スペックのPCが用意されていたりと家にいるより快適に行えるという声もチラホラある」
「黒川もよく来るのか?」
「俺はFPSプレイヤーだからな、ボイスチャットを使用する事もありネカフェでは迷惑になるからな滅多に来ない」
「じゃあ今日は何故ここに?」
藤木田の質問に黒川は意気揚々と答える。
「俺はともかくお前らのPCのスペックじゃ恐らく快適なプレイが出来ないからだな、今日はここでFPSの特訓を受けてもらう」
「オフ会の為にか?」
何故オフ会をするだけの為に特訓が必要なのだろうと俺が疑問だった、俺はあくまで付き添いではないのか。
「藤木田はその日用事があって参加できないそうだがFPS事態に興味を持っているから今日は同行してもらった、木立は最低限の話についてこれるだけの知識が有った方がいいと俺が判断した」
「ほぉ、まぁ俺も興味が無いことはないからな」
お前をここまで浸食してしまった諸悪の根源を知りたいと俺は思っているだけだけどな。
「じゃあ行こう、今日は防音ファミリールームを予約している」
黒川に続き俺達はネットカフェへ向かう。
「いらっしゃいませ、本日はどのような料金形態でのご利用になりますか?」
店員のテンプレ挨拶に対して黒川は会員証を見せつける。
「予約した、黒川」
相変わらず黒川は他人との会話が苦手なようだった、スマホを見せて会話しないだけマシになった気はする。
店員は黒川の短い発言で提示された名前を確認すると部屋番号と利用時間等が記載された紙を渡していた。
「行くぞ、戦地へ」
こういうところが気持ち悪いけど黒川らしいと思う。
ファミリールームへ入ると二台のデスクトップPCとテーブル等が常備されており、思っていたよりも広く快適そうな空間であった。
「もっと独房みたいなところかと思いましたが、いやはや某の部屋と同じくらいの広さはありますな」
藤木田は部屋を見渡しウロチョロする、まるで借りてきた猫のように部屋中を散歩している。
「二人は設置されているデスクトップPCを使うんだ、またこのネカフェは既に俺が行っているFPSである、ウドンアタックがインストールされている、アイコンをクリックして起動してくれ」
俺は言われるがままウドンアタックと思われるアイコンをクリックする、するとクライアントマネージャーが立ち上がり起動の準備を行っているようであった。
「パソコンは二台しかないけど黒川はどうするんだ?」
「そういえば黒川氏のパソコンがございませんが、黒川氏はやらないのでございますか?」
黒川は俺と藤木田の言葉に反応する前にテーブルに宿泊研修前に購入したノートパソコンを設置していた。
「俺はこれがある、回線が無線になるのが痛いのと普段よりスペックが落ちるが、ウドンアタックは必要スペックがそこまで高くない、これでも戦える」
「無線だと何か不都合でもあるのか?」
俺の言葉を聞くと黒川はドヤ顔をして語りだす、自分の土俵になると饒舌になるタイプ、というかオタクは大体そう、もちろん俺もそう。
「簡単に言えば速度が違う」
「キャラの足の速さが違うのか?」
「結果的に言えばそれも含まれるが、無線と有線では基本的に通信の速度が異なるんだ」
「どういう事だ?」
「有線が100メートルを10秒で走るところ無線だと100メートルを11秒で走るようなものだ」
大して変わらないじゃねーかと思っていると黒川は続けて喋りだす。
「大して変わらない、そう思っているな?」
「お前も藤木田と同様にサイコメトラーかそれとも見聞色?何お前カタクリなの?」
「その僅かな時間ではあるが同一の強さのプレイヤーが撃ち合う時、最も重要なのは通信の速度だ、何より無線はラインで通信の送受信を行っているわけではないから通信が不安定に陥りやすいんだ、その結果オンラインゲームという土俵では他のプレイヤーへの配慮として基本的には有線である事が暗黙の了解となっている、大規模な大会ではゲームによってオフラインで試合をさせるくらいだ」
今日の黒川めっちゃ喋るな、普段もこのくらい喋ればいいんだけどな……
「他にも弊害はあるが有線が基本である事を覚えてくれたらいい、ゲーム以外でもネットを利用した処理の場合だと無線より有線の方が安定且つ高速な送受信を行える、ゲームに限らず役に立つはずだ」
ただのFPS廃人兼ネット弁慶かと思ったら黒川は案外知識量が豊富だ、実際はFPSの為に身に着けた知識や情報ではあると思うが、これも彼の人生の糧にはなっているのだろう。
「黒川氏、起動出来ましたぞ」
藤木田の起動が終わったと同時に俺の起動も完了していた。
「最初に設定の見直しからだ、ウドンアタックで行うための設定だが一度プレイしてから気になるようだったらそれぞれ改善をするとして俺からの指示が聞こえやすいように一度BGMだけある程度下げてくれ」
黒川の指示通り俺と藤木田は設定をそれぞれ変更する。
「木立氏も初ウドンアタックですかな?」
「あぁ、オンラインゲーム自体ちょろっとやったくらいでFPSは未体験だな」
「本来なら俺が朝から晩まで教えて二人とも廃人プレイヤーとして俺のクランメンバーとして活躍してほしいところだが、今回は事情が違うからな、サラッと説明させてもらう」
ここから黒川の地獄の特訓が始まろうとしていた。
19時か21時あたりに更新しますのです><




