変夏によるおおさじスパイス
事の発端は確実に宿泊研修での一件だろうと確定出来る、そして俺の笠木ストーキングが何故かケバ子ストーキングすり替わっていた事、そこから色々な中継地点を突破して宿泊研修での盛大な勘違いが本来交わらなかったであろうケバ子と俺に接点を作ったのだ。
しかし、あれから数日しか経過していないのにも関わらず陰キャの俺でも分かるくらいにケバ子は俺との距離を詰めてきている。
そして休み時間にフェイクスリーピングをする俺だから分かる、陽キャグループ内で絶対的な主導権を握っていたケバ子を高橋や田辺がイジる光景さえ見るのだ、もちろん内容は俺とケバ子の関係である。
俺の目指す青春ラブコメとはまったく違う方向へ動き出していてもうどうしようもねーなと波に揺られるように俺は身を任せていてた……いや諦めていた。
「木立氏、放課後どっか寄って行きますかな?」
六時限目終了後、下手に地雷を踏み抜かないように俺は足早に教室を出ようとしていたところ藤木田に声をかけられる。
「あーそうだな…とりあえず一旦教室、いや校舎から出よう」
「おや、何か急ぎの用事でもありましたかな?」
我が右腕こと藤木田は分かっていて俺をからかっている、宿泊研修以降度々イジってきやがる。
「どこかへ行くなら俺も混ぜてもらおう、今日は定期メンテでな」
我が左腕こと黒川は俺と藤木田の会話に挟まってくる。
「そういや定期メンテの日か、とりあえずこの牢獄を脱出しなければならない」
そう言って俺は教室から出ようとすると……。
「あのさぁ、アンタ今日用事あるん?」
俺と陰の眷属達が教室の後ろでモタモタしていると、ケバ子が俺の予定を伺ってきた。
「まぁ…」
「そっか……じゃまた明日」
ケバ子は悲しそうな顔を一瞬浮かべて定位置である教卓の方へと戻っていく。
「ドンマイだよ綾香!木立くんは結構忙しそうだし!」
「木立照れてんじゃね?」
「木立マジ空気読めてなくね?」
「今日の夜、先に予約しちゃえばいいと思う☆」
「……」
「べ、別に好きとかじゃないし……ちょっと……うん」
そう、これだ陽キャ内でもケバ子を応援する形が出来上がっているのだ、というかケバ子の言ってる事が宿泊研修前の俺と一緒じゃねーか、もしかしたら感覚が似ているのだろう、もしかしたら相性が良いのかも知れないね!
いや、ねーわ。
その一幕を見て追打ちを回避するように俺は教室を後にする。
「木立……俺や藤木田を気遣うのは有難いが、いいんだぞ青春ラブコメしても」
「某達は木立氏が一番したい行動をさせてあげたいのですぞ」
徹底的にイジってくる藤木田と黒川、そうだな俺が今一番したい行動はお前らを数発殴る事だ。
「別に好きじゃねーし、というかケバ子も言ってたろ、好きじゃないと」
「アレは少し前の木立氏と同じ状態で時間の問題かと思いますぞ」
「そうだな、あれは旧式の木立と同スペックだ」
どうやら当事者の俺以外から見てもケバ子の好意は明らからしい。
「しかし好意を抱かれてる気分は悪い気分ではないでしょう?」
「まぁ、悪い気分と言う物はないが少し恐怖を感じるくらいだ、時間の問題で壁に押しつぶされて摘んでる状態に近いな」
嘘でもなんでもなく悪い気分ではないのだ、好意を抱かれるというのは陰キャの俺には初体験かもしれない、それに普段はケバ子というくらいに化粧が濃くキャバ嬢みたいな外見をしているが宿泊研修で一度目にした浄化されたケバ子は非常に美人であった、隣のクラスの三谷よりも正直美人だと思っている。
「まぁ何にせよ、誠実な対応をした方がいい」
「そうですな、好意を無下にするなんて男としては最低ですからな!」
「当事者じゃないからって簡単に言うわ、結構これでも悩んでるんだぞ」
悩んでいるというのは、ケバ子の好意を受け入れるかではなくどうやって誤解を解くかの方である、仮に誤解を解いたとしても笠木含む陽キャの中での俺の評判は最悪な物になるだろう。
「アプローチは早いですし比較的ストレートにきますからな」
「早々に解決したほうが傷は浅いぞ、木立」
黒川の言う通り、あまりに早いアプローチなのでどうしたものかと考えているのが今の俺の現状である、別にケバ子が嫌いなわけじゃない、笠木が好きだから悩んでいるのだ。
「とりあえず激動の宿泊研修が終わったんだ、しばらくはのんびり友情と言う名の青春に身を置いておきてーよ」
「木立、この間紹介してもらったラノベの続きが欲しい、ついでにキーボードが壊れたからウィッグカメラに行きたい」
「キーボードが壊れたってこの前も新しいの買ってたじゃねーか……」
「ふっ…戦士の剣は消耗品だ」
黒川はカッコつけるように言うが、キーボードクラッシャーのように撃ち殺されてはキレているのだろう、悪い経済の回し方をする男だ。
「某はウィッカメにテナントがありますスダバに行ってみたいでございますぞ!」
藤木田は相変わらず冒険を続けようとする、探求心が小学生男児レベルで強い。
「んじゃとりあえず行くか」
五月を過ぎ六月、青春は今のところ良好。
俺達は黒川の用事を済ませた後、藤木田ご所望のスダバの入り口まで来ていた。
「ここがスダバか」
「そうでございますな……」
俺は陰キャである、そして半引きこもりと言えるくらいインドアな為こういった店に来ることが少ないというより皆無であった、藤木田と黒川の様子を見ると俺同様に入った事が無いらしい。
「藤木田入んねーのか?」
「……呪文の確認を先にしましょう」
呪文何言ってんだコイツはと思っていると。
「俺もネトゲ仲間に聞いた事がある」
黒川も藤木田に同意するようにスマホをタップし始める。
「呪文ってなんだ?キャンペーンか何かなのか?」
「木立氏、スダバは注文時に呪文を言わなきゃ商品が出てこないのでございますぞ」
「マジか……いやあり得ないだろ」
コイツら俺を騙そうとしてるんじゃないか?最近のコイツらならあり得る、しかし黒川も藤木田も真剣な顔をしてスマホを見続けている。
「トールバニラノンファットアドリストレットショットチョコレートソースエクストラホイップコーヒージェリーアンドクリーミーバニラフラペチーノ」
「……は?」
黒川は早口何か得体の知れない単語を発していた、これが呪文なのだろうか?
「黒川氏はそれで行くのですかな?」
藤木田は眼鏡をクイッと直す動作をして黒川に話しかける。
「あぁ、初心者はテンプレに従うのが賢い、FPSで学んでいる」
「某は…グランデバニラノンファットアドリストレットショットノンソースアドチョコレートチップエクストラパウダーエクストラホイップ抹茶クリームフラペチーノ辺りでいきましょうかと考えておりますぞ」
「いいんじゃないか?」
「木立氏はどうなされますか?」
「え……どうって言われても意味が分からない」
「メニューの事でございますぞ」
藤木田は真顔で答える、黒川の方へ視線を移すも同様に頷くだけであった、これは俺がおかしいのじゃないかと思い始めていた。
「じゃあ普通の……」
「スダバに普通のなんてメニューはございませんぞ」
「は!?何でだよ、普通のコーヒーくらいあるだろ!」
もしかして知らない間に異世界に迷い込んでしまったのだろうか、異世界転生がスタートするなんて聞いちゃいない、ヒロインなんかいねーし陰キャだけのパーティとか世界を救えるわけねーだろ、最初の村周辺のスライムにすら負けるわ。
「ちゃんとメニューを言わなきゃ店員さんも困惑してしまいますぞ?」
あれ?冗談かと思ってたけどコレ本当に俺がおかしいのか、いやあんな長いメニューがあるわけない、俺はそう思っていた。
やはり俺を騙している可能性も拭いきれない……。
「じゃあ、とりあえずお前ら先に入って注文しろよ」
「そうですな入り口でワチャワチャしていても他の方の邪魔になるでしょうし、入りますか」
「戦場での疲れを癒すとしよう」
俺は黒川と藤木田がスダバの店内に入って行くのを確認して後に続く、店内は少し薄暗く芳醇なコーヒーの香りと独特の甘い空気感が漂っていた、また中央に置かれているテーブルにはシロップ類やミルク、砂糖と蜂蜜等、様々な調味料が置かれていた。
藤木田と黒川はそのままカウンターへ向かうと店員が注文を伺ってくる。
「いらっしゃいませ、ご注文はどうされますか?」
店員の質問に藤木田と黒川は一瞬間を置いて答えた。
「グランデバニラノンファットアドリストレットショットノンソースアドチョコレートチップエクストラパウダーエクストラホイップ抹茶クリームフラペチーノを……」
「かしこまりました、お次のお客様のご注文をお伺い致します」
「トールバニラノンファットアドリストレットショットチョコレートソースエクストラホイップコーヒージェリーアンドクリーミーバニラフラペチーノ」
もうこれ異世界でいいだろ、意味がわからねぇ、俺が呆然と立ち尽くしていると店員は俺に注文を求めてくる。
「かしこまりました、お次のお客様のご注文をお伺い致します」
俺が今立たされている状況は何の装備もせず、オークと対峙しているのと変わらなかった。
しかし、俺には秘策がある、これまでの人生でみにつけた汎用性のある処世術、社会人の父親から教わった社会に出ても通用するとっておきの技を披露する。
俺は黒川を指差し店員に伝える。
「コイツと同じのをお願いします」
持つべきものは社畜の父親である。
その後、店員は俺達の注文内容を復唱し終えるとバックにいる店員へ注文を流して新しい客の接客を行っていた。
程なくして俺達の注文がカウンターに置かれて空いている席へ着いた。
「木立氏はオリジナリテイが足りませんな」
「同感だ」
「いや、お前らもネットに書いてあった注文を復唱しただけだろうが」
陰キャにとってスダバの注文は難易度が高い、こんなの覚えるくらいなら英単語の一つでも覚えた方が有意義である事は間違いがない。
しかし、こうやって経験を重ねていく事で人間は成長していくのだろう、そう思うと悪い気はしなかった。
そして俺はコーヒーを一口飲んで言うのだった。
「あんま美味くねーな、コレ……」




