幕間:他愛もない話
幕間です! 朝だからこそ投稿する強さをみせつけたいです
陰キャの世界では、たらればの話が蔓延している。
自分が某アニメのキャラクターに似ているだとか、もし俺が異世界転生したらだとか、教室にいきなりテロリストが入ってきたら……等。
考えても答えの出ない、現実には有り得ない幻想を抱き、夜な夜な布団の中で妄想を繰り広げるのがオタクであり陰キャという生物の特徴である。
俺も黒歴史が無いとは言えない、少しだけ、うん。ほんの少しだけちょっと卑屈なぼっち主人公に似ているとか思った事もあるし、なんならギャルゲの世界に異世界転生するとか小学校で通ってしまっている。
最近だと二次元とは関係はないのだが、とあるロックバンドのボーカルの声に似ていると思ってスマホで録音して、いざ聴いてみると誤魔化しようの無い現実に絶望したりと、黒歴史を日々製造し続けるのがアイデンティティと言わんばかりだ。
陰キャはもろはのつるぎと等しい。俺はそう思っている。
そして…現在進行で黒歴史を製造中の男を前にして、俺は鏡を見るまでも無く、春の終わりと初夏の気温を感じつつベンチから冷ややかな視線を送るのであった。
「――ですから、某のクラスは剣士であると思うのですぞ!」
「そうかよ」
バカを言え、陰キャのクラスは魔術師か暗殺者か復讐者の三択に決まってんだろ。俺の目の前で雨も降りそうにないのに、折りたたみ傘を伸ばし剣に見立てて舞う藤木田は絶好調だ。
「よく分からんが……銃を扱うクラスはないのか?」
うん、くると思った。お前はそういう奴だったな、黒川。
黒川は、そもそもの話で、藤木田の話しているゲームの概要を知らないが、全てをFPSに繋げようとする傾向がある。
ここまでくるといっその事、清々しいまであるが、確かに黒川に限っては弓兵のクラスにも該当しそうだ。
いや、待て俺。この話は乗ってはいけない船だ。危ないところだった……。
藤木田という言葉の魔術師につられて俺まで黒歴史を増やすところだった。
「おい、その辺にしておけ。黒歴史を増やすのは中学生までだ」
「黒歴史ですかな……?」
俺の言葉で藤木田は、仮想の敵を相手に無様に振り回していた傘を下げて俺の方を向き話を聞く体勢に変わっていた。
常識はあるのに、どうしてこう、時折おかしくなってしまうのだろうか? まぁいい。
「話している時は、楽しい……それは否定しない。だが、黒歴史なんてものは時限爆弾と一緒だ」
「爆弾なら俺に任せろ、俺はAサイトに向かってグレネードを飛ばす事にも長けている」
コイツ……マジでどこからでもFPSに繋げてきやがる。
ドヤ顔をしている黒川の横っ面を殴りたくなる衝動を抑えつつ、俺は黒川の発言を無い物として藤木田への話を続ける。
「しかもタイマーが表示されない危険な爆弾だ。思いもよらない時に爆発して心を破壊する」
「何やら詳しそうですが、木立氏は既に通ってきた道という事ですかな?」
ほら、黒歴史ってのはこういう風に爆発するように出来てるんだよ。
藤木田の言葉で数々の黒歴史が記憶として俺を痛めつける中、俺は気にしていないように振る舞う。流石俺。歴戦の戦士のようだ。
むしろ俺が、剣士のクラスに該当するのではないか? 俺はそう言いたい。
「と、通ってきてない……とは言わないが、程々にしておけって話だ」
「木立氏……汗が噴き出して目が泳いでおりますぞ」
俺にポーカーフェイスは難しい。
そう……自分では出来ている、自分はあのキャラに似ていると思っていても現実問題、他者の主観の集合によって人物像が形成されてイメージが出来上がるのである。
「木立氏の言う事も分からなくはないですが、こういう風に他愛も無い会話を出来るのは学生の特権ではないですかな?」
「ふっ……そうだな。大人になるというのは時間を失う速さが上がる事を意味する」
何やら黒川が、真面目な話をしようとしているように思える、どういう風の吹き回しだ?
黒川は一呼吸置いて再度語りだすのであった。
「大人になり家庭を持つ者、仕事を理由にログインをしなくなった戦友ッ! 時間を確保出来なくなったプレイヤー達を見て俺も恐怖を抱く事がある……」
うん、本当に凄い。自身の発言のイカれ具合に気付かずに当然であるかのように声を張り上げる黒川に対して俺は何も言うまい。
藤木田の方へ、触れてやるな。という意味を込めて視線を送ると、流石の藤木田も黒川の狂人ぷりに言葉を失っているようであった。
しかし、黒川の言う事も全て間違っているわけではない。
「大人になると時間の流れが早いってのは結構聞く話だな」
「そうですな……だとしたら、やはりこのように他愛も無い話を出来るのが、学生時代の特権であり活用すべきではないでしょうか?」
「まぁ……一理あるな、うん」
大人は言う。将来苦労しない為に勉強しろ、意味のある事をしろ。
先人の意見として限りなく正解に近い、ストイックに将来を意識するなら間違いではない。
藤木田の考えに全面的に賛同するわけではないが、将来仕事帰りに、少しだけ会って笑えるような思い出を作れるのも学生という存在にしか出来ない事なのだ。
だとしたら、こんな何の糧にもならない雑談も、まぁいいのだろう。
目の前で再度折りたたみ傘を伸ばし振り回す藤木田、何も持っていないのに、マウスを動かす仕草をしている黒川を見て、そう思うのであった。
最後まで見ていただきありがとうございました。




