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青春へのスパイスは適量でお願いいたします

 俺は前日に提出していなかった進路希望調査のプリントを提出したついで称する粋な担任の計らいで、明日の授業で使うプロジェクターを含む一人で運ぶべきではない重量の機材を二階の準備室から運んでいた。


「こういう面倒事を上手く断ったり、気前よく手伝えないところに人間性が出てくるな……クソが。というか佐々木が諸悪の根源だろっ!」


 自分自身に悪態を吐きながらも、矛先は結局担任の佐々木へ向かう。

 というかアイツも、文句を言えないような生徒に狙いを定めて頼んでいるのだろう。なんという卑劣な思考だ! 将来スキャンダルでも起こして離島にでも飛ばされてしまえ。


 俺が暴君のような性格と肉体を持っていたら今頃……最早それは俺ではないな、うん。

 俺は独り言を呟きながら、機材によって半分程遮られた視界のまま廊下をゆっくりと歩く。


 本日は月一の業者清掃が入る予定なのか、校内に残っている生徒は少なく俺の拙い足音だけが廊下に響き、夕暮れが窓から差し込み足音の主である俺の影を描いている。


 女子にはキツそうな重量の機材を両手で持ち教室の前まで到着する。

 横着な俺は微かに余裕がある指先で教室のドアを開けようとするが、ギリギリのところで取っ手が掴めなかった。


「降ろさなきゃダメか……陰キャは総じて腰が弱いっていうのに無理を押し付けやがって……」


 諦めて機材を降ろそうとしたところで教室のドアが開いた。

 誰かが教室に残っていてドアを開けてくれたようだった。


 お礼よりも、俺に課せられた奴隷の重量を軽くする事が先だと判断した俺は、そのまま前方のドアから教卓の方へ進み、機材を教卓の上に置く。


 そしてお礼を言おうとドアの方へ振り返る。


 この世界が青春ラブコメの世界であったならば定番の展開である。

 主人公と夕暮れの教室という二大要素ときたならば、残りはヒロインしかいないという絶好のシチュエーション、期待せずにはいられないだろう。


 そこには――。


「随分と重い荷物を運ばされましたな、某のようなヒョロガリが捕まらなくてよかったでありますぞ」


 ヒロインの笠木ではなく、友人である藤木田が立っていた。

 少々ガッカリしながらも現実はこんなものだと納得させつつ藤木田に疑問を投げかける。


「なんで残ってんだ? お前も提出物忘れたのか?」

「いえいえ、木立氏を待っていたのであります、一緒に帰りましょうぞ!」


 そう、青春の隅っこの方にいる俺たちには、青春ラブコメはそう簡単に訪れない。

 しかし藤木田が特に用もなく残って俺を待っていたという、ささやかな友情も間違いなく青春と呼ぶに相応しいのだ。


「二次元ならばここからラブコメに発展しておりましたな、残念、某でした!」

「やっぱりお前エスパーだろ」


 藤木田の冗談に笑いながら俺は脳内で妄想した映像を口に出す。


「この教室で笠木と二人だったら、今頃王道青春ラブコメ展開だったぞ。フラグバッキバキすぎるだろ」


 そう言った瞬間、藤木田が顔を引きつらせながら固まる。


「どうした?  出来の悪いOSが搭載されたパソコンの物真似か?」


 藤木田は首の動きと目線で、俺にとある方向を見ろと合図してくる。

 促された方向を見ると……。


 俺のエンジェルでありヒロインの笠木は現在進行形で窓際最後尾の自席に存在していた。


 教卓側に居たから気付かなかったのか、荷物の重さで精一杯になり気付かなかったのか理由なんざ分からない。


 漫画なアニメのように頰をつねらずとも、俺が直面している問題は陽キャであろうが、陰キャであろうが関係なく誰でも固まってしまう状態のはずだ。


 ハプニングに適応できる人間なんて早々いないものである。


 世界的に偉人と称えられる人間は、こういった壁をいくつも乗り越えてきた超人であり一般……いや、スクールカースト最底辺の陰キャである高校一年生の俺には対応が難しいのである。


 しかし、訪れてしまったのならその過程に対して否応に結果は必ず付随する事になる。

 俺は静寂の中、横で固まる藤木田に目線を向けずに小声で話しかける。


「なぁ……笠木寝てるよな?」


 返答は無いが、恐らく藤木田も俺と同じ考えになっているはずだ。

 笠木は俺が休み時間に頻繁に取っている体勢と同一の体勢である、フェイクスリーピング状態となっている。

 今日の授業中、笠木がボーっとしているように見えたのは単純に眠気が招いた表示だったのだろう。


 笠木は机に身体を委ねて寝ている……ように見える。この場合はフェイクじゃないと俺は思いたい。

 遅れながらも藤木田は俺同様に小声で返答をする。


「そうですな、恐らくですが寝ているように見えますな……」


 冷静になって俺は考える、あれだけ教卓の前で喋り散らかしたり重い機材を教卓に叩きつける様に置いたにも関わらず人間は寝れるのだろうか?


 うん、俺なら寝れるな。間違いない、間違いないんだ。


「大丈夫だ、笠木は寝てる、間違いない、絶対そうだ」


 俺は自分を無理やり納得させ暗示を掛けるかの如く接続詞の足りない言葉を連呼する。

 むしろ、そうであってくれなきゃ困る。


 陰キャに与えられるラブコメは難易度を低く設定してほしい、チョロければ尚良し。


 もちろん俺だけに。


 笠木が仮に寝たふりをしている場合、高校入学して間もないこの五月に俺の青春が終了してしまう。

 キョロ充の高橋にイジられ、陽キャ御用達の教卓で俺の三年間について会議されてしまう未来しか視えない。

 平然を装う外見とは裏腹に内心パニックの俺を見抜いていたのか藤木田が口を開く。


「んん、そもそも笠木女史はデリケートな話題を言いふらすタイプでしたかな?」


 藤木田の言葉にハッ! とするが、なんせ美人で人当りもいい笠木だって人の子であり円卓の騎士の一員であることは間違いない。

 どのようなペルソナを被っているかも分からない。


「正直そうではないと信じたい、ひとまずは速やかに避難しよう」

「御意」


 藤木田は小声で返答を俺に返す。

 そして二人で荷物をまとめて、そそくさと逃げるように教室を後にしたのだった。


 教室から出て、ある程度距離を取ったら会話をしても問題はないだろうが、俺と藤木田は学校を出るまで一言も発さず早歩きで校舎を抜け出した。


 校舎を抜け出してしばらく走ってると言われても、否定出来ない速度で移動をする。


「藤木田」

「なんですかな? 木立氏」

「明日俺が早退したら察してほしい、そしてほとぼりが冷めたら連絡を頼む」


 藤木田はヤレヤレと洋画で見た事のある大袈裟なポーズをしつつ答える。


「ほとぼりが冷めようが、木立氏が登校してきたら再度加熱することになるでしょう、後で辱めを受けるのも明日受けるのも大して変わらないと思いますぞ」

「……ど、どう転んでも笠木が起きてたらアウト?」


 俺は生気の抜けた顔で青天井を見上げて、頭で起こり得る最悪のイメージを想像していた。


「そうですな。しかし先程も言いましたが、あの様子だと熟睡していたかと思いますぞ」

「神のみぞ知るって事か」

「木立氏の今後の学校生活に関わる事でございますのに、相変わらず発言の痛々しさは抜けませんな」

「気を紛らわしてなきゃ、嫌な想像が止まらないんだ、察せよ……汗が止まらん」


 俺は自信無さげに語尾を細めたのを察して、藤木田は返答をせずに俺の横に立って俺とは別の意味で流れでる汗を拭っていた。


 しばらく、通学路に佇んでいると藤木田は僅かながらフォローするように喋りだしてきた。


「それにしても青春臭さはあったのではないかと思いますぞ、数年後に笑い話になるかもしれませんな!」


 藤木田は、俺をおちょくるように茶々を入れてくるが今はそれが気休めになる。

 藤木田がいなきゃ今頃泣きながら家に帰って両親に心配させまいと、夕食ではいつも通りを振る舞いながら自室へ帰り枕を濡らしていただろう。

 ギャルゲの友情エンドには舌打ちをする俺だが、今度から友情エンドにも優しく出来そうだ。


「あっ! 木立氏」

「ん? どうした」

「某、火事に飛び込む勇気は無いので、助けは期待しないでほしいでございますぞ」


 友情とは固くて脆い物であることも悟った日であった。

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