青春のフィナーレ
藤木田は案の定、入浴もせず部屋で俺の帰りを待っていた。
表情から苛立ちが抜けていないのが読み取れる。
「木立氏、話を続けましょうぞ」
俺は藤木田の言葉を拒否する、どうせ話し合いをしても埒が明かないのだ、時間が解決する事を祈る他ない、というかお互いの為に話さない事が正解まである。
「嫌だよ、喧嘩したくねーし、寝る」
布団を被って寝ようとした俺の布団をはぎ取り藤木田は言う。
よほど頭に血が昇っているらしい、同調するように俺の中の熱も上がっていくのを感じる。
「ダメです、今しないと絶対に後悔しますぞ」
こうなると藤木田はもう止まらない、俺は観念して藤木田の会話に付き合う事にした、黙らせるしかない。
「これ以上何が言いたい?」
「某、木立氏が大浴場へ行っている間に考えておりました」
「お前がどう考えようが俺の頭の中は変わらんぞ」
「木立氏、やはり某には【気になる】と【好き】の大きな違いは分かりませんでした、しかし……両方同一の好意ではないかと思うのです」
「違うな」
「木立氏はこれまで某と笠木女史の話を幾度となくしてきたではありませんか、木立氏が別の好意と捉えてる【気になる】というのは【好き】でもない女性についてそこまで考えたり会話をしただけで、何気ない行動で一喜一憂する事なのでしょうか?」
「……」
俺は何も答えない。
「某はそうとは思えないのです、駅前で例の会話を聞いた時も木立氏はまるで自分の事のように怒りに満ちた表情をしていたではないですか?」
「……別に」
「今日のバスの中だって緊張しながらも笠木女史の近く座れて嬉しかったのではないですか? 笑顔を見れて嬉しかったのではないですか?」
「……しつけぇ」
「さっきの時間だって本当は笠木女史を助けたかったのではないですか?」
「うるせぇ!」
俺は立ち上がり藤木田に向けて大声を出し藤木田の胸倉を掴む。
しかし俺の怒号や行動にも藤木田は動じずに口を開く。
「今、某との会話で図星を突かれて怒っている事が何よりの証拠ではないでしょうか」
「――ッッ!」
「某と木立氏、そして此処に居ない黒川氏は友達ですぞ、話すだけで楽になる事もあります、どうか自身の気持ちに蓋をしないでほしいのですぞ、解決策だって見つかるかもしれませぬ」
「そんなもん見つかるわけねーだろ! ケバ子や陽キャでさえ笠木を救えなかった、あの場で言い負かす事が出来なかった。笠木に一番近いアイツらが出来ない事を俺が出来るわけねーだろ!」
そんな俺の言葉を藤木田は簡単に一刀両断する。
「出来る出来ないではありませぬ、やるかやらないかですぞ」
俺の怒りに怯むことなく、続けて藤木田は追撃をしてくる。
「確かに某達は陰キャです、陽キャに比べても成功する事より失敗の方が多い人生なのは間違いないですぞ、笠木女史の秘密を知った時でさえ木立氏は変わらずに笠木女史を想っていた事には違いがありませぬ、その気持ちが先ほどの田中女史が笠木女史に伝えた気持ちと何が違うと言うのですか!」
藤木田の声の張りに萎縮して胸倉を掴んでいた手を放す。
「誰が何を言おうと、木立氏本人がどう言おうとも、某達の中での木立氏はスーパースターでありますぞ、失敗したとしても某達がいます、救おうとする行動に意味が有るかと思いますぞ……今ここで木立氏は動かなくては確実に後悔します、好きなのでしょう?」
藤木田には助けられてばかりだ、そんな俺にも何か出来るのだろうか?
「もし力や知恵が欲しければ某も手伝いますし黒川氏だって木立氏のために力になります、そして失敗したとしても某達は絶対に木立氏を嘲笑いませんぞ、主人公になってくだされ木立氏」
「俺は――」
最初は外見からだった、そして中身を知った。
その子の秘密を知った上でも仲良くなりたいと思った。
笑顔が可愛いと思った、八方美人なところが可愛いと思った、そして自分を変えようとした彼女に憧れた。
そして泣いている君を見たくないと思った。
藤木田の言う通り彼女の些細な言動で一喜一憂している、この気持ちが好きじゃなかったらなんなのだろうか?
多分怖かったんだと思う、本当は最初から知っていた。
もう陰キャだろうが関係ない、高橋にイジられ続けてもどうでもいい、黒歴史になろうがなんだろうがどうだっていい!
青春の隅っこの方から青春のド真ん中で泣いている君の涙を拭いたい。
俺は君のヒーローで在りたい
「あー汗かいたわ、もっかい風呂浴びてくるわ」
わざとらしい俺の発言で一度キョトンとした後に藤木田はクスッと笑っていた。
青春ぽい一幕を今頃になる恥ずかしく思っている俺がいる。
「相変わらず素直になれないのは変わりませんな」
「……ありがとうな」
俺は一言添えて部屋のドアを開けて俺は飛び出す、あの様子だと笠木は部屋に戻っていないだろう、就寝ギリギリまで一人になるはずだ。
どこを探そうか迷っていると……。
「木立!」
黒川が別館の出口で俺を呼んでいた、俺は黒川の方へ駆ける。
「どうした、今急いでんだ」
「笠木ならキャンプ場の方で見かけたぞ」
「え?」
「キャンプ場へ行け」
俺が動くと見込んでいたのか黒川は風呂に入ったばっかりなのに汗だくであった、何をしていたのかなんて言うまでもない。
どいつもこいつも俺の為に青春しやがって……見てろ! 俺が主人公の物語を。
「ありがとうな、黒川!」
黒川は無言で手を上げる。
青春ラブコメはこうでなくちゃいけない、主人公だけじゃなく周りの助力で持ち上がりフィナーレを飾る。
俺はキャンプ場までの道程を走る、この階段を昇った先に笠木がいる。
心臓のBPMは加速するし肺はズキズキする。
それでも俺の足は更に速く走れと言わんばかりに止まらない。
キャンプ場に着いた俺は辺りを見渡す、笠木は……。
自炊を行った際のベンチへ座っていた。
俺も足音を消すなんて某暗殺者のような真似をする余裕はない、肩で呼吸をしながら笠木へと一歩づつ近づいていく、笠木も途中で俺の存在に気付いたようであった。
「……木立くん?」
ようやく見つけた俺のヒロイン、待ってろよ青春ラブコメ。
「あぁ」
「息上がってるけど大丈夫? 私の飲みかけで良かったら飲……あっ嫌だよね、ごめんね」
俺は笠木が引っ込めようとしたペットボトルを奪い水を飲む。
後々恥ずかしくなる事は間違いない、ただそんな些細な問題など後から恥ずかしがればいい。
「いや助かる、どうも」
笠木は俺の行動に驚いているようだった、俺自身も内心驚いている、ただ青春の暑さにやられてしまっているのだ、仕方ない。
そして俺は笠木の座るベンチに腰を掛ける。
「先生に言われて探しにきたの?」
「いや、まだそんな時間じゃない、スマホ持ってきてないのか?」
「うん……部屋に置きっぱなし、じゃあ何でここに来たの?」
「笠木を探しに来た」
「綾香に言われてかな?」
そう言うと笠木は俯いてしまう。
笠木も俺が自主的に探しに来るとは思ってなかったのだろう。
「いや俺の意思で笠木を探しに来ただけだ」
「え……そうなんだ、ありがとう……でも、私はもういいよ、その内部屋に戻るから」
「よくねーよ」
月が雲に隠れていて笠木の表情はあまり見えない。
俺の顔も見えないくらいが今は丁度いい、青春ラブコメの展開として悪くないだろう。
「私の学校生活終わっちゃったから……」
多分無理をして笑うような顔を彼女はしているだろう、俺はそんな顔を見るためにここに来たんじゃない。
「終わってねーよ、終わらせない為に俺が来たんだ」
「……だって高校デビューってバレちゃったし私が自殺関連の本読んだのもさっきわかったでしょ? そういう暗い人間なの」
「いや、笠木が元陰キャで自殺の本を読んでいたのは元々知っていた」
「え……なんで?」
笠木は身体を動かす、恐らくビックリしているのだろう。
「駅前の店で笠木の話をしてる奴がいてな、笠木に突っかかった三谷もその場にいたんだ、それで知っていたんだ」
「そっか……私何かしちゃったかな?」
笠木は何もしていない、ただの嫉妬だ。
自分より可愛いと言われてる笠木を三谷は許せなかったのだ、だから念入りに種を蒔いてオリエンテーションの中で笠木を処刑したのだ。
俺は何もない、持たざる者だ。
持てる者である笠木の苦しみを理解する事は出来ない、ただ……それでも寄り添う事は出来るのだ。悲しみに、苦しみに寄り添う事くらい俺にだって出来る。
「ただの嫉妬だ、自分より可愛い、自分よりカッコイイ、自分より頭がいい、運動が出来る、それだけで他人への劣等感が嫉妬に変わり他者を傷つける人間がこの世の中には存在する、今回は完全に笠木が自分より可愛い、人気があるという部分でターゲットにされただけだ」
「私可愛くなんか……」
「本人がどう思うかじゃなく周りの評価で決まる項目だ」
笠木は無言で俯いている。
「だから生きていればこんな事はいくらでもある、というか俺なんて蹴落とされまくって今の位置に立っているからな、半分以上自業自得だけどな」
俺の自虐ネタでもまだ笑うところまでは来ていないらしい。
「木立君くんは私の正体知っても変わらないんだね、今日ね、怖かった。あの人の発言だけじゃなくてそれに同調したみたいに周りの人も私の事を笑ったり煽ったりするのが凄く怖かった」
「……同調圧力だろ、あんなの雰囲気に流される愚か者の戯言だ」
俺が笠木の立場だとしても逃げるだろう、次の日学校を休むまである。
「しかし、いくらでもある事と言いたいところだけど……まぁアレはキツイな、うん」
「それで私みたいなのといたら綾香も同じ目に合っちゃうから、それで綾香に酷い事いっ……ちゃっ……て」
笠木は先ほどのケバ子とのやり取りを後悔しているのかすすり泣く声が聞こえる。
この場所が暗くて良かった、彼女の泣き顔を見ないで済む。
「それも見てた、さっき俺に正体を知っても変わらないって言っただろ?」
「うん……」
「田中は騒動が終わった後でも、笠木と友達でいたいと思っていたはずだ、笠木と同等の辛さとまではいかないが、あの騒動の中たった一人、田中だけが笠木の為に立ち上がって守ろうとしたんだ、そんな人間が今後の学校生活で後ろ指を指されるのに耐えられないと思うか?」
笠木は何も答えない。
「耐えれるからこそ田中はそれでも笠木と友達でいたいと思ったんだ、笠木の全てを知った上で拒絶せず受け止めようとした奴なんだ、その気持ちを汲むべきだと俺は言いたい」
「……でも」
ここで有無を言わせるわけにはいかない、このまま俺の思い描く方向へ進ませてもらう。
「笠木は自分を変えたくて高校デビューしたんだろ?」
「うん……」
「外見だけじゃなく中身も変えなくちゃいずれ同じ目に遭う、仮に大学へ行って大学デビューがバレたらまた逃げるのか? どこまでも行っても過去は絶対に変えられないし軌跡は残る、それにここが笠木の最底辺だぞ」
「……え?」
笠木は意味が分からないと言わんばかりのイントネーションで俺の言葉を求める。
「高校デビューの元陰キャで自殺関連の本を読んでいてクラスで空気だった事がバレた、正直な話、中学時代より悪い状況だろ、これ以上の地獄が何処にある?」
畳掛けるならココだと言わんばかりに俺は続けて言葉を放つ。
「それに最底辺とは言っても田中は間違いなく笠木の横に居てくれる」
顔が見えなくても分かるほど笠木のすすり泣きの音が大きくなる、必死に手で目を擦る動作が見える。
「だから中学時代みたいに一人になる事はないし安心して田中に謝りに行けばいいと俺は思う」
「綾香に……謝りに行かなくちゃ……」
雲間から月が顔を出す、視界は暗さを払い退け笠木の泣き腫らした顔が俺の目に映る。俺と交差する両目に弱さはなく、決意を秘めている。
そんな笠木の顔を見て俺は思う、やっぱり俺は笠木が好きだ。
世界中が君を凶弾して傷つけようとしても俺には止められないかもしれない、ただ一緒に痛みを共有する事くらいは出来る、いやさせてもらおうじゃないか。
今、君の涙を拭いたい、此処にいる俺にしか出来ない事を主人公の様に君を救いたい。
「万が一……万が一にも田中と仲直りが出来なくても……俺がいる、全てを知った上で俺は笠木の傍に居たいと思っている、だから……」
「え? それ――」
「雪!」
笠木が何かを言おうとしたのを遮るバカでかい声。
声のした方を向くとケ、ケバ子? がコチラに向かって走ってくる、いやコイツ化粧薄くした方が顔可愛いだろ、一瞬誰か分かんなかったぞ、笠木はケバ子だと分かると一瞬逃げようとしたが踏み留まる。
ケバ子は笠木を探し回っていたのだろうか? じゃないとこんな場所へは……。
キャンプ場への石階段の辺りには藤木田と黒川が顔を覗かせていた。
黒川はまだしも藤木田……お前の天然パーマのボリュームは隠すの無理だろ。
「綾香! あの……ごめんね!」
笠木はケバ子に謝り頭を下げる。
「頭上げなよ、アタシも強く言い過ぎたところあるし、アタシが騒がなかったら雪もあそこまで非難されなかったのかなとか考えて……」
笠木は元ケバ子の手を握る、さっき泣き止んだ顔から再度涙が溢れている。
ただ、その泣き顔は苦しさではなく安堵から生まれた物だろう。
「綾香は悪くない、ありがとう、私の為に一人で戦ってくれてありがとう……大好きだよ!」
「うんッ!……絶対一緒にいるからね、アタシも雪が好き!」
笠木とケバ子はお互いに見つめあい手を握り合う。
青春ラブコメから一転百合枠が始まってしまっていた……嫌いじゃないからいいけど。
「それで綾香何でここに私がいるって分かったの?」
笠木はまだ藤木田と黒川の存在に気付いていなかったのかケバ子が此処を探し当てた理由が分からないようだった。
「眼鏡と暗い奴に此処に連れてこられて……ってなんでストーカー野郎がいんだよ!」
「ひぃん!?」
ここで俺に矛先が向かうと予想せず陰キャ特有の鳴き声を上げてしまう。
この流れで、陰音を上げるとは思わなかった。
「あの、木立くんが私を探してくれて綾香に謝るキッカケをくれたの、じゃなきゃ多分また逃げ出しちゃったと思う……」
「……ありがとうって言っとくわ、一応ね」
素直にありがとうと言えないところがケバ子の強い性格を表しているようで安心する、ケバ子は俺の考え通り笠木から離れる事は無いのだろう。
ケバ子なりの感謝を受け止め、俺は黒川と藤木田の元へ向かう。
「おい、お前ら」
藤木田と黒川は二人とも笑いながら俺を見る。
「随分と主人公らしい結果に辿り着いたようですな」
「後ほど詳しく一字一句漏らさず聞かせてもらうぞ木立」
その言葉を聞き俺は正解に辿り着いたのだと実感する。
「助かったわ、色々と……な」
「珍しく素直ですな、穢れが抜けたのではないですか?」
「元々穢れとは無縁の位置にいるわ、汗かいたからもう一回風呂行くわ」
後ろを向くと相変わらず笠木とケバ子は手を取りつつ友情を確かめつつあるようだった。
笠木はもう大丈夫だろうと考え、青春の末端の俺は去るとしよう。
「入浴時間終わってないか?」
「某の記憶ですとギリギリ間に合いますな」
青春というのは本当に面倒だ。
予期せぬ出来事。
友情という暑苦しい概念
恋という曖昧な心
しかし今はそれら全てが愛おしく思えるのだ。




