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青春と増長した悪意

 その後に各班のカレーは完成して俺たちは料理部の坂本さんの作ったカレーを堪能する。

 ちなみに藤木田と黒川は俺がいつもの如く青春ジェットコースターを味わっている最中近場に川を見つけて遊んでいたらしい。

 俺にも声掛けろよ……と言いたいがあまりに呆けた顔をしていたので置いていったと言っていた。


 藤木田と黒川は料理部の坂本さんのカレーを大絶賛していた。


「黒川氏! 美味いでございますな!」

「あぁ、こんなに美味い物が何もしなくてもタダで食えるなら毎日でも食いたい」


 黒川のその言葉と容姿に坂本さんが頬を赤らめる。


「べ、別にアンタのために作ったんじゃないんだからね!」


 いやツンデレとか旬過ぎてるし何より黒川の言葉はサラッと酷い事言ってる事に気付いてほしい、奴はニート予備軍だ、いや完全にヒモの発言だったぞ。

 確かに坂本さんのカレーの方が美味いのは間違いなかった、ただ俺がもう一度食べたいと思うのは先ほど笠木から渡されたカレーの方だった。


 

 そうして各班食器洗い等を行っていた、流石に料理を完全に任せて申し訳なく思い俺達以外にも原っぱや川で遊んでいた男子生徒が食器を洗う姿が多く見受けられた。


「いやー宿泊研修は楽しいですな、スケジュールがギチギチとはいえ、結構遊んだほうでは無かったですかな?」

「ふっ……そうだな、多少なり無線の事を忘れていた、俺もまだまだ精進が足りない」

「いや、黒川はもう少し控えるべきだろ、いつか死ぬぞ」

「何を言う、人はいつか死ぬぞ」

「そういう意味じゃねーよ!」


 確かに予想以上に考え事をする時間が多かった気がする、そして悪くない、そう思っていた。


その後、施設代表からキャンプファイアーに関する注意事項と佐々木による復唱演説タイムを終えて無事キャンプファイアーは開催された。

 

キャンプファイアーの中、告白をする生徒の姿、それを盛り上げる陽キャ。

炎をバッグにケバ子とロリ子と写真を撮る笠木。

炎を見て興奮する藤木田、そして無線を探す事なく燃える炎の写真を撮る黒川。

 SNSに陽キャの振りして写真を上げるんだろう、そして黒川気付いてやれよ。

 料理部の坂本さんが徐々にお前に近づいていってる事に、というか至近距離と例えられる位置まで移動してんじゃねーか。


 そんな様々な生徒の様子を俺はご飯を食べていたベンチに座り遠目から見ていたが、石階段から駆け上がってくる生徒がいた。

 その生徒は石階段を昇り切った後も視界の端で何人かの女子を中心にワタリドリのように移動しながら何かを伝えていた。


 「三谷か……?」


 何を伝えているのか俺には分からなかった、キャンプファイアーの最中に石階段の下から昇ってくる必要があったのか、三谷の姿を確認すると嫌な予感しかしなかった。


 そして修学旅行のメインイベントのキャンプファイアーが行われた後、最終イベントであるドリームカムトゥルーというイベントが行われることになっていた。


 ここでは予めくじ引きで決まっていたクラス混合グループ数人で将来の夢をプレゼンテーションする時間となっていた。


「おい、木立ぇ、お前ン夢なんだよ?」

「え、特にない」

「俺の夢さぁ――」


 俺は高橋と同じグループとなっていた、というかさっきから語りがうるせぇ。

 しかし将来出世するのはこのタイプだと俺の父親が散々言っていた、確かに高橋は仕事が出来る出来ないではなく自分が有利になれる派閥に入る事に長けているだろうと感じる。

 そんな中、俺のグループは俺、高橋、ケバ子、笠木、三谷、三谷の取り巻きと思われる奴の六人構成となっていた。

 この時点で先ほどのキャンプファイアーでの三谷の行動がフラッシュバックされる。

 

 そしてグループプレゼンテーションが開始された。


 「えっと……四組、木立純一、俺の将来の夢は特にありません、ですが毎日朝早くから肩を落とし出社する父親の姿を見て俺はそんな生活まっぴらごめんだと思っているので将来は不労所得を得られる立場になりたいと考えております、そして不労所得を得る立場になるためにはどうしたらいいかという事を考える時間が欲しいので勉学に興味はないですが、大学へ進学しようと考えております、高校と大学併せて七年間、そして見つからなければ大学院まで視野に入れています、俺は本気で働きたくないので冗談ではなく真面目に不労所得という、ひとつなぎの財宝を手に入れる為に高校生活を有意義に過ごしていきたいです、以上、質問はありますか?」


 俺はプレゼンテーションを早々に終わらせる、俺のプレゼンを聞いていたメンバー達は俺をゴミを見るような目で見ていた、俺は正直なだけだ、何も間違った事や嘘は言っていない。


 そして俺のプレゼンが無かったかのように高橋やケバ子、三谷とそのメンバーのプレゼンが終わる、残りは笠木のプレゼンだけになっていた。


「四組の笠木雪と申します、私の将来の夢はスクールソーシャルワーカーです」


 聞きなれない単語であった、周りの奴らやケバ子も知らないようだった。


「あまり聞き慣れない職業かと思いますので簡単にですが説明をさせていただきます、ソーシャルワーカーとはケガや病気、障害等、家庭での問題全般に対し、日常生活を送る上で考えられる不安や悩みに対する支援を行う仕事となります、その中でも私が目指すのは細分化された職業となりスクールソーシャルワーカーという分野になります、この職業は家庭ではなく学校に通う児童や生徒を対象とした支援を行う職業となっております、イジメ、不登校等学校に関連した悩みや不安を抱く生徒を対象として直接、または間接的に問題の解決をする事が主な仕事内容となっております」


 その後も笠木のプレゼンテーションはグループ内の大半を惹きつける内容となっており、他人の事に興味のない俺も聞き入ってしまっていた。

 近隣のグループも聞き入るほどに完成された物で笠木の熱意が伝わる内容となっていた。


「おい木立ぇ、お前もう少し頑張れよぉ……」

 

 小声で高橋が話しかけてくる。

 高橋に応援されるなんて俺のプレゼン内容はよほど恥ずかしいものだったのだろうか。


「――それでは、私のスピーチはここで終わらせていただきたいと思います、ご静聴いただき誠にありがとうございました、質問等はございますか?」

 

 そして拍手が行われ止んだ後、三谷は動いた。


「はーい、質問」

「それではお願いします、えっと三谷さんで良かったでしょうか?」


「スクールなんとかワーカーを目指すキッカケって笠木さんが中学の頃、ぼっちだった事に関係ありますかー?」


 三谷は悪魔のような笑顔で笠木に悪意をぶつけにきた、


「え」


 笠木は状況が理解出来なかったようで固まっている、それもそのはずだ、隠していた事がバレていただけではなく大勢の生徒の中で秘密を暴露されようとしているのだ。


「あれ、わかんない? アンタがぼっちで高校デビューした事とスクールなんとかワーカーになりたいのが関係あんのか聞いてんだけど、あっ! 自殺の本も読んでたらしいじゃん、キモイんですけど~」

 

 三谷の言葉は先ほどよりも大きく、近隣の生徒は三谷の発言に耳を傾ける。

 そしてニヤニヤ笑う三谷の取り巻き達。


 「え、あの、その……私はっ」


 笠木は三谷の発言で頭の中が整理出来ていないようで固まっていた。

 三谷の発言に対峙するかのようにケバ子は立ち上がった。


「は? テメー何フカシこいてんのよ、つかそれがマジでも今言う事じゃねーよな?」


 ケバ子が三谷に噛みつく。


「はぁ? フカシじゃないし、ていうか私以外も結構出回ってる話だかんね、笠木が高校デビューの元陰キャだって話」


 三谷の言葉で近くにいた班の生徒達も騒めきだす、中には俺のクラスの生徒もいた。


(あっ聞いた事あるかも……)


(ウチも前に聞いたー)


(俺も――)


(俺も白中の友達から聞いたけど笠木って――)


(自殺の方法書いてる本読んでたのは聞いたな)


(リスカとかもやってそうじゃね? 後で確認してみるべ)


 ケバ子も恐らく分かっている、これだけの人数が騒めきだしたらケバ子自身がどう思っていても同調圧力とも取れる周りの意見を変える事は出来ない、ケバ子自身も信じたい気持ちとは裏腹に認めてしまっているのだ。

 どんな状況や正論でも人数という力には勝てない、恐らくケバ子は人生で初めてそれを知ったはずだ。

 三谷が石階段から昇ってきた事を思い出す、コイツはキャンプファイアーに教師と生徒、職員含めて注目をしているのを見計らい、笠木の弱みを探しに行っていたのだ。

 そこで発見したのが今回のドリームカムトゥルーによる笠木の弱みであった、完全に計画を練られてやられてしまった作戦だ、勝てる訳がない。


「雪、アンタも何か言えよ!」


 ケバ子の行動も悪手だ、今集中砲火の的になっている本人を前に引きづりだしても結果は悪くなるだけだ。

 笠木は薄い唇を噛み、歯を食いしばるような表情を浮かべていた。

 いくら外堀が強くなったとはいえ、笠木は元陰キャである、これまで必死に隠してきた事が大勢の前でバラされたのだ、耐えられるはずがなかった。


「陰キャの笠木雪さーん、将来の夢は私みたいに陰キャの生徒を救いたいからスクールなんとかワーカーになりたいって訂正してくださーい」


 三谷の言葉に同調した生徒たちが笑い声を上げたり笠木を煽り始める、蚊帳の外にいるコイツらにとってはこの宿泊研修の催し物と何一つ変わらない、一人の人生を壊しかねない出来事をただのイベントである認識しているのだ。


「雪!」


 ケバ子が再度、笠木に声を掛ける。

 その言葉で笠木は目の端から涙を流し、その事に気付くと悪意ある視線に耐えきれずプレイルームから走って出て行った。


 他の生徒達には笠木が元陰キャである事を確定付ける光景となった。

 騒めきだしたプレイルームに遅れながら教師達が注意を促したが、ドリームカムトゥルーが終わるまで生徒たちの笠木に対しての中傷や暴言が止む事はなかった。


 悪夢のドリームカムトゥルーが終わり他の生徒同様に俺も部屋へ戻ろうとしていた。


「木立氏!」

「木立!」

「……ん?」

「大丈夫ですか?」 

 

 何を伝えたいのかは分かるが藤木田も言葉に詰まっているようだった。


「別に俺の事じゃないから、なんとも」


 藤木田は俺の言葉に怒りとも悲しみとも取れる表情をする、藤木田が続けて何かを言おうとするのを黒川が静止する。


「ひとまず部屋へ戻ろう」


 黒川の発言に返答をしないまま俺は背を向け別館へ行く為に外へ出る。


「――雪、何であそこで逃げんだよ、何で言い返さねーんだよ」


 声のする方を確認するとケバ子と対面には笠木がいた。


「事実だから……」

「じ、事実だったとしてもあそこで逃げたら認めるようなモンじゃん!」

「いいよ、もう」

「いいって何が?」

「……」

「言いなよ」

「綾香みたいな強い人には分からないよ」

「は? 何言ってんのアンタ」

「あの状況じゃ私みたいな弱い人は耐えるか逃げるしかないんだよ……今までありがとう」


 そう言って笠木はケバ子に背を向け何処かへ行こうとする。

 ケバ子はそんな笠木の手を掴み引きとめる。


「それどういう意味?」

「……綾香みたいな陽キャが陰キャで高校デビューした私なんかと居てもいい事ないでしょ?」

「いいことってなんだよ、ウチは雪の友達で……」

「さっき庇ってくれてありがとう、ただ私といると今後の綾香の高校生活、ずっとさっきみたい凶弾されて過ごす事になるの、きつく言うけどごめんね」


 笠木は一呼吸置き答える。


「綾香みたいな強い人にはアレは耐えられないと思うの、それに私が尚更惨めになるだけだから……」


 その言葉にケバ子は黙ってしまう、笠木はその空白をケバ子からの答えと捉えてケバ子に背を向け去っていく。


 俺の憧れたアニメやラノベの主人公ならばここでヒロインを助けに行く、必ず救い出してハッピーエンドで幕を下ろす。

 ただ、俺は主人公でもスーパースターにも成れない、ただの陰キャでありモブだ、ケバ子のポジションでどうこう出来ない問題を俺が解決できるわけないのだ、俺も笠木同様に背を向け別館の方へ歩き出す、俺と同じ光景を見ていた藤木田と黒川も何も言わずに後ろから付いてくる。


 部屋へ戻るなり藤木田がさっきの会話の続きを始める。


「木立氏はこれでいいのですか?」

「だから別に俺の事じゃないからどうでもいい」


 藤木田は先ほど同様に声を荒げる。


「笠木女史の事を好きではないのですか!?」

「前から言ってるだろ、好きじゃない気になっているだけだ」

「某にはその違いがよく分かりません」

「分からないならそれでいいだろ、この話まだ続けるのかよ……風呂行くわ」

「木立氏!」


 まだ会話は終わっていない中、居心地の悪さを感じ俺は会話を強制的に遮る。

 藤木田は俺に期待し過ぎている、藤木田を救えた言葉さえ覚えていない、たまたまだ。

 黒川の件だって藤木田のモノマネだ、俺に期待するな。




 大浴場は思いのほか広くゆっくりくつろげそうであった、藤木田と黒川はまだ部屋にいるようだった、また他の生徒もまだ大浴場へ来ていないようであり、実質は貸し切りである事に優越感を覚える。


 そんな中、大浴場の入り口のドアが開いた音がする、貸し切りもこれで終了だと思っているとソイツは俺の隣に陣取る。

 これだけ広いのに隣に来るとか空気読めよ、それかあれか、そういう趣味なのだろうか。悪いが俺はノーマルだと思い隣を確認すると端正な顔をした男、黒川がいた。


「なんだ黒川か、というか近いわ」

「おっとすまんな、しかし動くのが面倒だ、この場所から動く気はない」


 黒川は藤木田と違って何も言わない、それが楽ではあるが気になる。


「黒川は藤木田みたく何も言わないんだな」

「ん?」


 黒川は何も分からない振りをする。


「さっきの笠木の件だよ」

「そういうのは俺より藤木田が適任だ」

「……藤木田は?」

「感情的になってたからな入浴時間をズラせと言った」


 黒川なりに考えた結果だろう、黒川はFPSの事以外では基本的に冷静である。


「まぁ、あのまま会話しても喧嘩になるだけだしな、助かるわ」

「ただ部屋に戻ったら再熱する可能性はあるな、藤木田はわりと熱いからな」

「そうだな……」


 俺も別に言い合いがしたいわけではない、どうやって回避しようか考えていると……。


「木立、俺はお前にアドバイスは出来ない」

「あぁ、それが今は助かる」

「ただ……お前が必要だと思ったら絶対に声を掛けろ、約束だ」


 黒川も藤木田とは別の方向で俺を助けようとしているのだ。


「善処するわ」

「それは実行しないヤツの台詞じゃないか、断言しろ」

「お前が言うか!」


 黒川なりの優しさで少しだけ気分が晴れた、悩みはまだ尽きないが少し冷静になって藤木田とも話せるだろう。

 その後、他の生徒たちが入浴し始めた事によって落ち着かない俺は部屋へ戻る事にした。

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