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青春はコンプレックスとの闘いだ

 無線を探す黒川を引っ張りながら俺と藤木田は本館のプレイルームへ向かう。


「それにしても施設案内はともかく最初のオリエンテーション内容のバスケってダルすぎるだろ」

「そうですな、某もバスケは苦手なので遠慮したいところではありますな」


 朝よりも日差しが強く額に汗が溜まる、車内では別の意味で汗をかく出来事があった事を思い出しながら本館へと向かう。


「――でさ~アイツ一軍気取ってるくせに」

「え、それマジ?! 高校デビューじゃん、調子乗ってない?」

「だよね、陰キャがしゃしゃんなっての」


 聞こえてきた内容とスピーカーのような声のデカさの方へ俺は顔を向ける。

 そこには笠木の話題をネタに悪意のある会話をしていた三人組の一人で笠木に敵意を剥き出しにしている女性の姿があった。


「木立氏」

「あぁ」

 

 俺が気付いたように藤木田も気付いていた、聞こえてきた内容も店内での会話内容と通じる物があり十中八九、笠木の事である。


「お前らどうした?」


 黒川はこの出来事を知らない、笠木の言われたくないであろう内容と考え俺も藤木田も伝えていなかったのだ。


「ちょっとな……」


 黒川はスピーカーの方を一瞥した後に口元に手を当て考えるような素振りを見せる。


「笠木の事か?」


 黒川はいとも簡単に内容を当てるのであった。


「え、なんでわかったんだ?」

「いや、カマをかけただけだ、当りだったようだな」


 黒川は少しバツが悪そうな表情で返してくる。


「……まぁ笠木の事だよ」

「木立の様子を藤木田が心配するような顔をしていた事と木立が悩むとしたら俺達か笠木の事くらいだろ、だからそこに焦点を当てた」


 無線ばかり探していると思いきや黒川は俺達の事をよく見ていたのだ。


「そうか、表情に出すなんてポーカーフェイス失格だな」

「いや木立氏は表情にめちゃくちゃ出ますからポーカーフェイスは無理でございましょうぞ」

「同感だ、木立がFPSやったら十分以内に鬼の形相になりディスプレイを殴る事になる」


 おかしい、自分ではクール系のキャラのつもりだったのだが……。


「前も言ったが何かあったら俺も頼れ、木立」

「某も悩みを聞いて気分を和らげる事くらいは出来ますぞ」


 このやり取り青春ぽくていいなと考えていると少し嫌な物を見た気分が抜けていく、助けられてばかりだ、それに笠木の件で何かあったら動くのは友達兼保護者のケバ子with陽キャだろう、実際俺の出る幕は無い。




 本館に着いてテンプレの如く長い演説と施設内紹介が行われると再度プレイルームへ集合する。

 学年合同バスケットボール大会が開催される事となっていた。


 あれだけ嫌がってたにも関わらず藤木田は下手くそなりにバスケを楽しんでいるようだった、黒川はと言うと相変わらずフラフラしながら無線を探していた、それだけ探しても無いなら諦めろよ。


 俺はと言うと……


 初戦負けして藤木田が珍妙なプレイをする姿を眺めるだけとなっていた、この後は夕食の準備とキャンプファイアーの設営とドリームカムトゥルーというそれぞれがいくつかの班に分かれて将来の夢を語り合う場が設けられていた。


 これからの宿泊研修の内容よりもバスでの移動時間が俺の宿泊研修での天井だったのだろうと考えていた、笠木と同じ班だったならばこのバスケもそれなりに楽しめたのだろうか?

 いや、俺が陰キャならではのモブ補正が掛かったプレイをするだけで特にイベントは何も起こらなかっただろう、うん。


 空っぽの頭で考えていると声が聞こえる。


(やっぱ笠木って美人だよな)


(席に座るだけで絵になるしスポーツしてても絵になるよな)


(ウチのクラスだと三谷が一番かわいいけど笠木と比べたら落ちるよなー)


 結構ゲスい煩悩丸出しの会話が聞こえてくる、三谷って誰だよ。

 一応可愛い部類なのだろうと俺も気になるので辺りを見回すが……ネームプレートがデカデカと書いてあるわけではないので見つからない。


「――三谷! ドンマイ、次いこっ!」


 遠くのコートから三谷という単語が聞こえて目線を移動させると……。


 笠木が対戦している他クラスのチーム内に三谷と呼ばれる生徒はいた、ジャージ姿の生徒が三谷と言うのか。


 確かに顔は可愛いが……うん。


 恐らく三谷が笠木に抱くコンプレックスは二位ならではのものだろう、何をするにしても一位である笠木と比較される事が原因である。


 何も起こらないと良い、そう思いながら宿泊研修のバスケの時間は過ぎていくのであった。


 その後、バスケと言う名の休息時間を過ごした俺達は隣接されているキャンプ場へ向かっていた、辺り一面自然しかなく普段自然がない地域にいる俺にとっては非常に新鮮であった。


「よくテレビリポーターが田舎にきたら空気が澄んでいるとか空気が新鮮で美味しいとか言うだろ、あれ意味分かんねぇなとか思ってたけど実際経験すると空気が澄んでいるのは分かるな」

「普段とかなり違いますからな、某でも分かるくらいですぞ」

「あぁ、これで無線があれば最高だったな」


 黒川は淀んだ瞳をしながら未だに片手にスマホを持って無線を探していた、ここまで執着するなら逆に応援したくなってくる。


「それにしてもこの石階段、長すぎないか?」

「何やらホラーを感じる言い回しをしますな」

「やめろやめろ! 青春ラブコメ以外受け付ける気持ちはない」


 しおりにも記載があったが、この石段は戦で敵の兵を疲れさせるのと同時に一網打尽にする為にわざと建設され一ヶ所から昇ってきたところに大きな岩を転がして敵兵を打倒した名残でそのまま残っているみたいであった。


「木立氏、もうすぐ頂上でございますぞ!」


 そう言うと藤木田はどこにそんな体力があるのか石段を走って昇って行ってしまった、残されたのは元々ダラけきっている俺と無線ゾンビの黒川だけであった。


「木立……wi-fiをくれ」

「諦めろ……本館になかったなら無線の類は飛んでねーよ」


 黒川はこの旅行を楽しめているのだろうか? そう思わざるを得ない状態であった。


 頂上に付くとキャンプ場らしく野外炊飯を行える設備、そして雨除けの屋根のついたベンチとテーブル、キャンプファイアーを行うであろう木組みが既に整っていた。

 俺はキャンプファイアーの木組みも行わなくてはいけないのかとゲンナリしていたのでこれには拍手を送るしかなかった。

 そして各班に分かれて野外炊飯がスタートされていた。

 俺の班には料理部の坂本さんがいる事もあり手際よく作業を行えていた、と言うよりやる事が無かった為、ベンチに座りまだ火の点いていない木組みを眺めるだけの存在となっていた。


「木立くん」


 そんな時、笠木に話しかけられる。

 青春ラブコメがまた俺の事を騙しにきやがった、俺はそう思っていた。


「あの、味見してくれる? 嫌だったらいいんだけど……」


 笠木の手には紙皿、その中に少量であるがカレーが盛られていた。

 

「えっと……なんで俺に?」


 これは単純な疑問だった、笠木達の班にも男子はいるだろうと思い見回すが奴らがいなかった。


「あー私たちの班の男子が……」


 そして笠木はチラッと奥の雑木林になっている部分を見る、俺も笠木に見習い雑木林に視線を移動すると笠木の班になっている陽キャは持参してきたグローブとボールでキャッチボールをしていた。


 バカな奴らだ、お前らがリアルキャッチボールをしている間、俺と笠木は会話のキャッチボールをするんだ、羨ましいだろ。

 ようするに味見役が作った女性陣しかいないのだ、それで男子的な味付きの基準を知りたいのだろう。


「そういう事ならいただきます」

「ありがとう、はいどーぞ!」


 笠木は分かりやすく表情を輝かせるとカレーの入った皿を俺に手渡してくる。

 俺はスプーンでカレーを口に運ぶ、正直に言うと何の変哲もない普通のカレーだった、青春ラブコメにあるヒロインが作った飯がゲロマズだったり天に昇るような美味さだとかの感想は一切ない、丁度いいカレーであった。


「……どうかな?」


 恐る恐る様子を覗うように笠木は訪ねてくる。


「語彙力を学校に忘れてきたから上手い事は言えないけど……美味い」


 俺の言葉を聞き笠木は後ろの陽キャの女性陣へ振り返る。


「美味しいって!」

「トーゼンでしょ、アタシらが作ってんだし」

「やったね!」


 三人で喜びあっていた、笠木が三分の一作った料理を食べられる機会なんて今後ないだろうと天国を脳内で嘗め回していると地獄はやってきた。


「てかさ、バスでも思ってたんだけどアンタの面どっかで……」


いつの間にか近くにケバ子が立っていて俺の顔を吟味するように睨みつけている。


「ふぇ!?」

「お前さ、アタシの事ストーカーした奴じゃね?」


 やはり青春ラブコメは今回も俺を地獄に落としにきたらしい、相変わらず趣味が悪い、高橋同様絶許、というか俺がストーカーしてたのはお前じゃねぇよ!

 内心どれだけ反論しようが言わなきゃ始まらない、しかし俺はもう諦めていた。


「ゲッ……綾香が前に話してた朝ストーカーされたヤツ? こわ~」

「そーそー、合ってるよな?」

「いやぁ、あのストーカーしたつもりはないと言いますか……」


 俺の発言を聞きケバ子の機嫌が悪くなる。


「あのさーハッキリ言ってくんない?」


 鬼のような顔で詰められたら言う物も言えねぇだろ、これもう脅迫だろ、おまわりさん呼んでくれよ。


「いや、し、してないです!」

「嘘、吐くなや!」


 嘘って決めつけるなら最初から聞いてんじゃねーよ、拷問かよ。

 やはりこれはどうしようもないと思いながら心を殺す作戦に俺は出る。


「いえ、してないとしか言いようがなくて、前見てなかったみたいな…ダメ?」

「ダメ? ってなんだテメェ!」


 そしてヒートアップしたケバ子を止めるのはやはり笠木だった。


「綾香、木立くんはそんな事しないと…思うな…」


 ダメだ、笠木の目が泳いでる、アレ半分俺がストーカーだと思ってる目してるわ。


「雪、前もコイツの肩持ってたじゃん、何かあんの?」


 ケバ子の言葉に笠木は即否定をする。


「えっと……そういうのじゃないけど……何か分かるみたいな?」


 そんな笠木の様子を見たケバ子は俺から身を引く、去り際にケバ子は言う。

 

「雪が言うから引くだけだから勘違いすんなよストーカー野郎!」


 ケバ子は自身の調理場へ戻っていく。


「木立くん、ごめんね」

「いや、気にしないで大丈夫、それよりまた庇ってくれてありがとう」


 笠木が庇ってくれなかったら今頃学年全体からストーカー予備軍どころかストーカーそのものと認識されるところだった。


 青春ラブコメはつくづく俺の事が嫌いらしい。

19時か21時にとうこうしましゅ

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