青春のギブアンドテイク
バスは既に動き出し目まぐるしく風景を変えていく。
朝早い時間なのもあり、出勤ラッシュに引っかかる事もなく街中を抜けようとしていた。
笠木は度々後ろの陽キャの方を向きながら円卓の騎士の座談会を始めていた、教卓が無くても集まる忠義に乾杯したいと言いたいところだ。
前の席の黒川は度々頭がカクカク揺れながら寝て起きてを繰り返している、藤木田は先ほど俺と笠木の会話が止んだのと同時に後ろを向き俺に話しかけてきたり、スマホでアニメを視聴したりとそれなりに楽しんでいるようだった。
俺は特に何もしていないが、高速で変わる風景をボーっと眺めていた、眠いのか眠くないのか分からない状態なので易々と眠る事は出来ない、というか笠木が動くたび気になって眠れないのだ。
「木立くん、ホッキーいる?」
不意に笠木が話しかけてくる、とあるラノベ原作のアニメで《俺は優しい女の子は嫌いだ》という内情を語るシーンがあるが俺も途中までは同感である、ただ訓練されても学ばないタイプの俺はそれでもその優しさに甘えてしまうし意識をしないようにしても気になってしまう。
好き……ではないのだろう、ただその優しさが魅力的に見えて反応せずにはいられないし構ってほしいと思うのだ。
「あぁ、じゃあいただきます」
笠木の手から渡されるホッキーは少し解けていて藤木田が渡そうとしてきた桜味噌味と違って普通のチョコレート味だった。
笠木の手から渡されたホッキーを食べたという事は俺が笠木の一部を飲み込んだのと一緒ではないか? いや俺が笠木であると言っても過言ではない。
そのような気持ち悪い事を考えていた。
「雪めっちゃ優しいじゃーん、でも木立勘違いしちゃうから止めてやれよー?」
うるせぇ高橋、これで五回目だからな、忘れねぇぞ。
言ってる事は事実だけどな。
高橋がお得意の陰キャ弄りをしてくるが苦笑いをするように笑う、そんな高橋を笠木が軽く注意しながら自席に座り始める。
「なんかゴメンね」
と小声で言う笠木。
「気にしなくていい、あのキョロ充からのイジりは慣れてるよ」
キョロ充という単語がツボに入ったのか笠木は声を殺して笑う。
「木立くんって最初は大人しそうに見えたけど結構自虐とか毒吐いたりするよね、そういうの面白くて」
「楽しんでもらえたならイジられた甲斐がある」
俺は自慢げに答える、しかし最初と比べてやはり慣れてきている気がする、笠木相手でも長くは持たないが結構話せていると思う、ただこれ以上笠木に気を使わせても申し訳ない気がするので俺はフェイクスリーピングモードに入ろうと企む。
ワザとに欠伸をかいた素振りを見せる。
「木立くん、もしかして眠い?」
「あぁ、少し寝不足で……」
よし結果オーケイ、この流れで俺は笠木に気を遣わせることなく存在を消すことが出来る、笠木は気にせず陽キャ軍団との宿泊研修に精を出すことが出来るだろう。
「そっか、それなら私が動いても邪魔だろうし私も一休みしようかな」
そう言って笠木は瞼を閉じる。
俺の思惑とは少し違うが、逆に俺も笠木の妨げにはなりたくないからそのまま眠る事にした。
――何時間寝ていたのだろう。
そこまで長く眠った感覚はなかったが、車内はとても静かで人気を感じなかった、車内を見渡してみるが俺より前方の席にはほとんど人が座っておらず黒川の頭部が僅かに見える。
「パーキングエリアか」
目的地にはまだ到着していないところを見ると一時間も寝てなかったのだろうと思う、そして冷たい飲み物でも買いに行こうと思って腰を上げようとすると左側から圧力を感じる。
変な寝方をして腕でも痺れたのかと思い左側を確認すると……。
割りと長い薄く茶色に染めているツヤのある髪の毛、整った鼻と口元のバランス、目を瞑る事によって主張するまつ毛に女子高生らしい薄い化粧が乗っている。
改めて思う、笠木は問答無用でこの学年で一番美人である、その笠木が俺の肩に寄り掛かるように寝ていた。
「え?」
思考を整えろ俺! 自分に言い聞かせるように俺は頭の中を整理する、たまに電車でもある光景と一緒だ、俺も経験済みだ。
しかも起きた相手に顔を見て舌打ちされて距離を空けられただろ、それ一緒だ。
しかし相手はそんなビッチではなく笠木なのだ、授業中に軽く居眠りをする笠木ではなく完全に熟睡している笠木だ、しかも体温が伝わる、温かいナリ……
思考は整うどころか別の方向へ加速していく。
落ち着け木立純一……これは罠だ。
この後に待ち構えているのは舌打ちではないだろうが、パーキングエリアで降りた陽キャが戻ってきた際にキョロ充の高橋が獲物を見つけたかの如く涎を垂らしながらバッチバチに俺をイジり倒す未来しか有り得ないのだ。
即ち、この状態でいる事は非常に危険である。
しかし、ここまで熟睡をしている笠木を起こす事に俺は抵抗があった、何よりもう二度とあり得ないであろうこの感覚を堪能したい気持ちが強く選択肢を選べずにいるとキョロ充の高橋を筆頭に陽キャ軍団は続々と車内へ戻ってくるのであった。
あっ……これもう無理だわ。
案の定、高橋は目をギラつかせながらニタニタと笑みを浮かべる、陰キャの嫌がる行為をする事に長けているのがキョロ充の特徴であるのだ、俺はこの後の車内でイジり倒される事に備えて心を殺そうと覚悟を決めていた。
「おいおい、木立えぇ、おまぇ――」
高橋が俺をイジり倒そうとしたが、それは未然に終わった。
「高橋、雪が寝てンだから今やめれや」
田中ことケバ子が高橋の不快極まりない発言を制止する、高橋は小声でケバ子にワリィと言い俺を睨みつけながら後部席へと戻っていく。
これはケバ子に救われたのだろうか? 俺がそんな事を考えていると。
「おい陰キャ、雪寝てっからって変な事したらぶっ殺すかんな」
「ひゃいっ!」
やっぱコイツが一番怖い。
そんな中、藤木田も車内へ戻ってくる、俺の姿を見つけた藤木田は満足気に微笑んでいた。
恐らく藤木田は数分前まで起こっていた現実とは別の青春ラブコメを想像しているのだろうけれども俺にとっては青春ラブコメよりもケバ子のドスの効いた声と鬼のような顔によってヤンキー漫画でカツアゲされるモブキャラのような心情でしかなかった。
その後、続々と生徒たちが戻ってきてバスは中継地点のパーキングエリアを出発する、俺は笠木の体温と吐息を感じながらも後ろから度々身を乗り出して確認するケバ子の恐怖に怯えながら数時間過ごす事になった。
数時間バスで天国と地獄を味わっていると外の風景に巨大な湖畔が見えてきた、これは今回泊まる施設の付近にある有名な湖畔でしおりにも写真が掲載されていた事を俺も覚えていた。
俺の住んでいる地域では湖畔や海といった物を見る事がないので珍しさと予想より大きな湖畔で目を奪われる。
そして車内が騒がしくなったと同時に笠木が目を覚まし身体をモゾモゾ動かす。
「……んんぅ」
寝言すら可愛いとか非の打ちどころがねぇな、マジでギャルゲのヒロイン。
「……あれ」
笠木も昨日の夜は高揚感で眠れなかったのだろう、深い眠りに付いていたせいかまだ意識がボーっとしている状態に見えた。
そして笠木は俺の腕と肩に寄り掛かっていた事に気付いたようだ。
「あっ! あの木立くん、ゴメンね?」
「気にしなくもいい、俺もさっき起きたから気付かなかったし」
俺は気にしなくてもいいどころか『ごちそうさま』とここ数年で一番良い笑顔で伝えたい、伝えたら学生生活が終わってしまうけど。
「そっか……重かったろうし私なんかが本当にごめんね」
……コンプレックスだけは抜け出せていないようだ。
「寝てたから重さとか分からないし女性に重いなんて言うほど俺の性根は腐っちゃいない、それよりそろそろ着くみたいだぞ」
「う、うん」
このまま謝られても埒が明かないのと、この状況をケバ子に見つかると何を言われるか分からない俺は話を逸らす事にした。
旅行開始から数時間しか経過していないのに濃密過ぎる、良くも悪くも目まぐるしく変化を遂げる環境に置いて行かれそうだ。
そして湖畔を超え十数分経過してバスは目的地の宿泊施設へ到着した、朝の説明時のように各クラスの生徒がバスの外へ誘導され点呼を行う、そして施設長の挨拶、佐々木による何度目か覚えていないような挨拶を終え、俺たちは荷物を置きに自身が宿泊する部屋へ向かう事になった。
「木立氏! やりましたな!」
「何がだ?」
凡そ内容は予想出来たが敢えて知らないふりを貫く。
「笠木氏との会話のキャッチボール、そしてラブコメイベントである肩に寄り掛かるという大義を成し遂げたではないですか!」
「宿泊研修マジックのおかげだろ、今後二度と訪れない貴重な体験だったのは間違いない」
自分の事のように喜ぶ藤木田の顔を見てると我慢しててもニヤついてしまう。
「俺が寝てる間に木立が何かしたのか?」
「そうですぞ黒川氏! 木立氏が青春ラブコメの扉を遂にノックしたのですぞ」
「よく分からないが良い事があったのだな」
黒川はあの騒がしく揺れの酷い車内で完全に爆睡していたようで朝のグロッキーな表情と打って変わって端正な顔つきに戻っていた。
「そうだな、まぁ宿泊研修の青春ラブコメはもう無い、後はのんびり楽しむか」
「とりあえず荷物を置きましょうぞ、某たち陰キャはこういう時に便利ですな、勝手に同じ部屋に収容されますからな」
担任の佐々木の計らいか陽キャの策略か知らないが俺と黒川と藤木田は同室になっていた、少なくとも退屈だけはしなさそうであった。
そして宿泊部屋の番号を確認しドアを開けると畳貼りとなっていた。
「思ったより広いですな、旅館クラスとはいきませんが畳があるだけで雰囲気が違いますな」
「そうだな、もっと自衛隊の部屋みたいな物かと思ってたぞ」
部屋を見渡すが思っていたよりも悪くない部屋構えに良い意味で裏切られる。
「おい、大変だ」
黒川が普段よりも大きな声で俺と藤木田に声を掛けてくる。
「どうした?」
「この部屋……有線が無いどころか無線すら飛んでいない」
黒川はいつだってマイペースで見ていると安心するなー。
「無線すら飛んでいないのは珍しいですが……まぁ今回は諦めましょうぞ」
「クソッ!」
黒川はよほど悔しいのか膝をつきながら畳を殴る。
「ほら、お得意のSNSでリア充アピールすりゃいいじゃねーか、絶好の機会だろ」
「やむを得ないな……」
冗談で言ったけどマジでやるんだ、黒川はFPSどころかネットから切り離したほうが良いように思えてくる。
「他に同室になる方も某と面識がある方々ですな!」
藤木田の言う面識とは恐らくグループチャットの件で話したクラスメイトであろう。
「そりゃ良かった、無駄に陽キャが入るより移心地がいい、なんなら陰キャ相手にはマウントを取る」
「相変わらず思考と発言が狂っておりますな、目くそ鼻くそではないですか……」
「とりあえず荷物を置き次第、本館のプレイルーム集合だしちゃっちゃとジャージに着替えて向かうか」
ジャージに着替えた俺達は本館を目指すが黒川は諦めが悪いのか、スマホで無線を探しながら歩いていた、もう一泊とは言わずネット中毒が解けるまでコイツはここに置いていった方がいいと思う。




