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青春の夜更かしは学生の特権である

 藤木田と黒川と青春を過ごした次の日、クラス……いや学年では宿泊研修の話で浮足立っていた。


 相変わらず教卓を囲む円卓の騎士、そして彼らも学生の大イベントである宿泊研修についての話をしていたのである。


「いやいやワンチャンあるっしょ、だって他県の高校の日程と被ったりするし清高も同じ日程で同じ施設泊まるわけじゃん」


 田辺はいつも通り陽キャの象徴であるかのように学生らしい話を展開させていた、文字だけなら犬を呼んでるみたいで可愛いが内容としては発情期である、俺もワンチャンあるかな……まぁ無いんだけど。


「いやいや流石にそんな展開ないっしょ~アンタ夢見すぎ! 陰キャっぽいんだけど~」


 同じく田中綾香ことケバ子も田辺の話に乗り俺にナイフをぶっ刺しながら会話を続ける。


「実際あったらどうすん? 夢あんしょ! 古川お前もあっかもしんねーぞ」


 キョロ充の高橋は前列教卓の近くの古川をイジりながら会話に参加する、止めてやれ。

 将来、殺戮鬼と化した古川に刺されてしまえばいい。


「私は~恋愛よりも女子会みたいなのしたいな!」


 陽キャ軍団の中でも最も小柄、本名は知らんがロリ子と俺は呼んでいる、そのあざとさから多数の陰キャの心を鷲掴みにして離さないその振る舞いに敬礼!

 そしてロリ子の横にあるパイプ椅子で眠る大柄な男、放課後は部活に精を出している為、彼は学校では寝ていることが多い。


 最後に笠木雪ことエンジェル……あっ、間違ったわ。

 逆だった、笠木はそれぞれのやり取りや話を聞いてニコニコしている。


「女子会いいね、やろうやろう! 昨日お菓子とかも買ったよ!」


 その女子会に俺も混ぜて欲しい、イスの役目で構わない、もちろん笠木のイスな。


「木立氏!」


 フェイクスリーピングをしていると、藤木田が話しかけてくる。

 俺はバレないようにゆっくりもぞもぞ動き恰も寝てましたと言わんばかりの振る舞いをする。


「ん、なんだよ」

「本件の前に別件ですが、木立氏は演劇部には入らない方がいいでしょうな」


 え? 何そんなに不自然だったのか、フェイクスリーピング以外の休み時間の過ごし方も考えないとな。


「部活なんざ入らん、それよりどうした?」

「単純に某が暇だったからですな、宿泊研修の夜に何をするか決めましょうぞ!」

「寝るだけだろ」


 藤木田は唖然とした顔をしつつ頭を抱えている。


「木立氏! 宿泊研修ですぞ、高校時代に二回訪れる重大旅行イベントですぞ!」

「確かに重大ではあるがあくまで研修だからな、どうせ施設の催し物をこなして疲れて寝るだけだろ」

「流石陰キャテンプレですな……しかし身体に無理をさせるのが青春の醍醐味ではないかと某は思いますぞ!」


 誰かもう藤木田にミスター青春の称号をあげてやってくれ、もうコイツが優勝でいい。


「就職したらそれこそ身体に鞭を打って朝の満員電車に乗ってやりたくもない仕事に行かなくてはならないんだ、学生時代くらい身体を休めるべきだという主張をしてみる」


 そう、こんなに安らかに日々を過ごせるは学生のみである、俺の父親なんかは毎朝憂鬱な顔をしながら自身で弁当を作り口を開けて眠る母の姿を確認しため息を吐いて出社している。


 昨年の出来事を思い出す……晩飯の時間に父親を呼びに行くと『大丈夫、俺は大丈夫』と呟く父親の姿、そして我が家の車のメーターの前に貼られた【頑張れ! 負けるな!】という自作らしきステッカー。

 その背中を見て育った俺だからこそ分かる、大人になったら地獄が待っていると。


「一理有りますな……あれ、木立氏、遠くを見つめてどうしましたかな?」

「いや、気にするな、未来を考えたら負けだな」

「いきなり何を言い出すのですか? 働いたら負けみたいな事を言わないでくださいな」


「あれ、黒川は?」


 そういえば黒川の姿が自席にも無い事に気付く、確か三時限目まではいたような気がする。


「黒川氏は先ほどトイレに行く途中に倒れましてな」

「え、マジ? それ大丈夫かよ」

「寝不足と貧血であるかと思われますな、本人曰くダメのは分かっている、こんな生活を続けているといずれ死に至る、でも……」


「FPSやめれないんだけど。と良い笑顔で語っておりましたな」


 完全な中毒者の発言じゃねーか、俺が親だったら専用の施設にぶち込むまである。


「そうか、まぁ寝不足だろうし放課後には戻ってくるだろ」

「そうでございますな、まぁ体調を戻してもらわないと明日の宿泊研修にて楽しめませんからな!」

「あぁ」


 そう、宿泊研修は明日から一泊二日で行われる、生徒の中にはここで恋愛に発展させる者も出てくるだろうし友情を深めたりと今後の学校生活に多大な影響を与えるイベントとなるだろう。


 しかし、黒川は今日の夜もFPSに明け暮れ身体を酷使した状態で宿泊研修に行くのだろうと思う。


 放課後になり黒川はツヤを取り戻して戻ってきていた。


「心配かけたな、そして藤木田感謝する」


 黒川の口調はいつも通り、必要最低限に留まってはいるが表情自体は柔らかく文句なしのイケメンである、このまま街に連れてったら陰キャから陽キャが爆誕する様が見れそうだが個人的に嫉妬で枕を濡らす事になるから止めておこう。


「いえいえ、そんなお礼を言われるほどではありませぬ、今日はFPSは控えめでお願いしますぞ!」

「あぁ、今日はクラン戦を十五戦に留めるように善処する」


 多いのか少ないのかは分からんが善処という言葉を使う奴は大抵善処せずにオーバーするに決まっている。


「んで、今日は直帰でいいのか?」

「そうですな……昨日買い物も済ませましたし特に用事が無ければ問題ないかと」

「俺もクラン戦の前にエイム調整をしておきたいからな」


 間違いなく黒川は明日もグロッキーな顔で校門前に現れるだろう、藤木田は昨日買った雑誌で冒険してこない事を祈ろう、そうして俺たちは帰路へ着く事になった。


 夜、自室で貯蔵庫で貯めたアニメを見ているとふとグループチャットが気になりアプリを開いてみる。


「うわっ……この件数なんだよ」


 三桁の未読が溜まっていた。


「朝一度開いてこの件数か……宿泊研修前日はこんなに盛り上がるなんてコイツらどんな会話してるんだよ」


 気になり俺はグループチャットの会話をすると名前も知らないような奴らや陽キャがスタンプを送りあっていた。


「……」


 俺にはこれが非常に不毛な物に思えて仕方なかった。


「動物が鳴き声で会話してるようなものじゃねーか」


 藤木田的に言えばキャッチボールになっていないように思える。

 いや…待てよ、両方が動物なら成り立っているのではないか? 明日覚えてたら藤木田先生に聞いてみよう。 


「しかし、こいつらにとってはコレが楽しいのだろうし普通なのか」


 時折冷めた目で見ている自分自身を見ているような感覚になる、俺は自分自身の主人公にすらなれていないのだ、自分の視点は画面の外、ディスプレイを見ている。

 それも画面の中にいる自分にも文句を言いながら。

 藤木田は俺をスーパースターと言うが俺はそんな風に自分自身を評価していないし、黒川のように素直に自分の好きな事を深く掘り下げる事も出来ていない。

 何もかも中途半端なのである、黒川の件だって結局は藤木田の後追いで結局のところモノマネでしかない。

 こんな主体性が薄く個性の無い俺はいつか自分の事をあいつらみたいに好きになれるのだろうか?


 グループチャットの未読数はドンドン増えていく、その未読数に置いて行かれているような気分になり俺はタスクを切る。

 自己嫌悪を持ち込まないように俺は早めに床に就く、布団に入った後も目は冴えていて秒針が十二時に重なる瞬間まで俺が眠る事は無かった。

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