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冬萌に生きる蝶と蜘蛛

お久しぶりです。贅沢な貧民の中の人が実質昇進しました、やったぜ( ˘ω˘ )

「陽キャの行動力を侮っていた……」

「敵の陣営は……」


 よくよく考えれば分かる事だった。陽キャの行動力はいつだって俺たちより早い、サラマンダーより速い。

 俺たちがタピオカブームを知った時には、既に一生分のタピオカを胃袋にぶち込んでる。それが陽キャ。

 実体験で言うなれば、俺たち陰キャがチャットIDの交換タイミングや、開口一番とも呼べる冒頭一文に頭を悩ませている時には、既にスマホを取り出して、チャットIDの交換の準備をしちゃってる生き物だった。


「いやはや、良縁の旅というやつですかな!」


 いつも以上の笑顔を絶やさずに、口数も多い藤木田を見てると、少しだけ昔の事を思い出す。

 俺も昨年、経験があるからこそ藤木田の気持ちはわかってしまう。

 恋慕の感情というものは、正常な判断を鈍らせる。恋は盲目とはよく言ったものだ。頭や身体だけでは足りずに、心が熱を帯びてしまっている状態。――恋煩いとは、名の通り病気なのだ。


 というか、昨年の俺も藤木田から見たらこんなんだったの? すごくキモイな、俺。


「木立氏、質問がありますぞ」

「……あん?」


 藤木田はわざとらしく、一呼吸置いて、あたかも自分が冷静であるように振る舞っているのが分かる。

 この時点で冷静ではない事に気付いてほしい。いや、それは無理な話だ。


 人生の経験値を比較するまでもなく、俺たちは限りなくゼロに近い。

 経験という実技がないと、真の意味で人間は学ばないのだ。

 学んでいない藤木田がロクでもない事を言うのは、言葉を聞く前からわかっていた。


「初デートは、カフェで恋のアイドリングをしてからのほうがよろしいですかな? あっ……木立氏に聞いたのが間違いでしたな! 失敬!」


 こいつぁ、予想以上だ。

 藤木田はもうダメかもしれない。



**********



 旅行中に部屋に入ると自然と気分が上がったのを覚えている。最後の旅行をした記憶は、中学校の修学旅行だったか……。

 親しい友人のいない俺でも、やはり旅行というイベントには僅かながら胸が躍ったのを覚えている。

 しかし、今は違う。一刻も早く藤木田を妄想の世界から現実へ回帰させないといけない。


「部屋の半分が洋室で、もう半分が和室ですな! 某、畳の上に布団を敷いて安眠したいのでございますぞ!」


 藤木田のみが心から旅行を楽しめているのは癪だが、これから藤木田のメンタルを、大なり小なり傷をつけないといけない。……心が痛む。


 俺は子供のようにはしゃいでいる藤木田を尻目に黒川に確認をする。


「出来ればストレートに伝えるんじゃなく、やんわりとカモにされてると伝えたいんだがどうしたいい?」

「……難しい。この手の話は語彙力のないオレには向いていない、木立のほうが……いや、オレに聞くくらいだから、いい案が浮かばないんだな?」

「あぁ、ストレートに伝えるのが手っ取り早い……が、あくまで俺たちは旅行に来ているからな。藤木田のメンタル面を考慮していきたい」


 俺の言葉に黒川は、口角を上げて脈絡もなく、横道に逸れた話をしてきた。


「ふっ……やはり人は変わるものだな」

「あん?」

「俺と出会った頃の木立なら、ストレートにこの手の話をぶつけていた」

「そうか? 俺にも情くらいはあるぞ。なんなら人の気持ちに敏感で、多岐に渡る可能性を考慮した結果、何も喋らないのが最適解と全ての事柄に結び付けているくらいだ。黙秘は正義、時間は万能薬だ」

「ふっ……それはそれで問題だが、解決の速度よりも人の気持ちを重視するようになってきているように思える」


 バスでの一件があるから、黒川の言葉を素直に飲み込む事ができないし、自分の変化には鈍感なのが人間だからな……今はまだ何とも言えない。

 まぁ、閑話休題はここら辺で終わらせるとして、どうやって藤木田のメンタルを守りながら、事実を伝えるか。


「舞い上がっている人間に都合の悪い事を伝えても頭に残らないからな、ひとまず風呂にでも――」


 そう口に出した矢先、俺と黒川の密談を遮り新たな爆弾を投下してきた。


「そういえば木立氏、さきほどのお二方が一緒に周辺観光でもと誘ってきましてな、某が代表して返答をしておきましたぞ!」

「……一息つく間もないなんて生き急ぎすぎだろ」


 早く解決策を考えなければいけないのに、強制スクロールのゲームのように、問題は俺の背中を押してきやがる。

 だが、藤木田が囚われようと、あちらさんが二人がかりで藤木田を玩具にしようとしているとしても、俺にも頼れるナイスガイは存在している。


「黒川……派手なほうの対処を頼む……ぞ? んお?」


 俺が藤木田から目線を外して呼びかけた頃、黒川の姿は隣になく、辛うじて捉えられたのは、ノートパソコンを抱えてドアから裸足で駆けていく裏切者の姿だった。


 無線なら部屋に飛んでるのにおかしなやつだ。脱兎の如く逃げるなんて。


「黒川氏は、美紀さんが苦手なようでしたからな! 仕方ありませんな、では二人で向かいましょうぞ!」


 すげえ。こんなに笑顔で友人を地獄に誘う人間を俺は他に知らない。



***********



「あれ、りょんちゃんいなくない?」


 黒川を連れ戻す時間すらなく、俺は浮足立った藤木田の後ろをトボトボとついて旅館のロビーへ向かうと、張り糸に触れてしまった蝶を逃がすまいと二匹の蜘蛛は待ち構えていた。

 色々言いたい事はあるが、りょんちゃんって誰だよ。

 俺は一日に一人までしか人の名前を覚えられない病気なんだよ。今日だけで何人覚えなくちゃいけないんだよ。


「黒川氏は、持病が発生しましてな! まぁ、夕食時には戻りますでしょうぞ!」


 オンラインゲーム中毒って病気だよな。今じゃプロゲーマーだ、なんだのかんだの一部では人権を得てるけど。

 いや、そうじゃない。聞き捨てならない事を言いやがった気がする?


「夕食時に戻るって何の話だ?」


 藤木田はキョトンとし、『何言ってんだコイツ』みたいな呆けた表情をしてくる。

 その台詞が言いたいのは俺のほうなのだが?


「木立氏は抜けてますな……。ここでの夕食はビュッフェですぞ! 一期一会を祝して一緒に食卓を囲もうではないですか!」


 異世界転生の酒場かよ。あんなの創作の話だから終始笑顔でいられんだよ。現実はそうじゃない。

 知らない奴と飯を食うなんて、苦行以外の何物でもない、何? 俺はどんな業を背負って生まれてきたわけ? 今日の俺そんな感じだよ? 前世で大罪でも犯した? ん? 怠惰担当の大罪司教の席空いてるし俺が座ろうか? んん?


「いやぁ~別に強制じゃないし、嫌なら前髪くんだけ別であたしは構わないんだけど?」


 ナチュラルに俺を孤立させようとしないでほしい。

 そこは元通りに、俺と藤木田と黒川の三人と、ビッチとビッチの二人で分けるべきだろ。露骨すぎる。


「あたしらとしては~メガネくんがいればぶっちゃけいいわけ」


 おかしな事を言う女だ。


「いやはや、まぁまぁ仲良くみんなで食べましょうぞ! それよりも今は館内や周辺の景色に身を委ねましょうぞ!」

「……そうだな」


 藤木田は気付いていない。

 わざわざ地獄までついてきた甲斐があった。あれだけ黒川に執着してたジェネリック田中が、『メガネくんがいればいい』と……。


 正直な話で俺の考えすぎ……杞憂で済む話ならそれが一番平和だった。

 だが、今の発言は見逃せない。杞憂で終わる可能性は……限りなく低くなった。

  恋慕の感情ではなく、損得勘定を土台として藤木田とゆるふわビッチを一組にさせた。

 コイツの目的は黒川に近づく事ではなく、黒川を動かしたくなかったのではないか?

 あれだけ押しが強ければ黒川もチャットIDを交換してるはずだ。なのに交換の話を俺は聞いちゃいないし、黒川も交換はしていないと言っていた。


 そして、藤木田ハンティングにおいて、本来は邪魔な駒である俺も動かさない予定だったが、俺の気質を見抜いて放置で問題ないと見切りをつけたんだろう。

 それはそれで悲しさがあるのだが……、収穫は大きい。


 コイツが俺をナメているならそれは好都合だ。弱者が強者を倒す――すなわちジャイアントキリングは強者の油断から発生する。

 藤木田もどれだけ舞い上がっていようが、バカではない。順を追って説明していけば、理屈で納得してくれるだろう。

 ひとまず今は、この状態を維持が正解。


 そして、ノートパソコンを持って逃げたあのバカを殴る事だけ考えていようと思う。

読んでいただきありがとうございました(´;ω;`)ウゥゥ!!!!!!!!!!!!!


次回の更新でお会いしましょうぞ!

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