冬萌に張る蜘蛛の巣
お久しぶりです。
「あー! ついたああぁぁ!」
快適とは言えないバスに長時間揺られた代償、バスから降りて、固まった体をほぐすように、クラブ女が背を伸ばし、腕を伸ばしている様を横目に見る。そう横目。横目が重要なのだ。
この女に興味があるわけではない……が、俺も男子高校生だから、うん。その背を伸ばすと強調されちゃう部分とかにね。興味津々ではないんだけどね、視線が誘導されちゃう事とかあるんだよね、うん。
「長かったけど旅の出会いってやつも堪能できたし、マジサイコーじゃんね?」
そこは否定したい。
お前にとっての最&高の三時間に渡る長旅は、俺にとっては地獄の三時間だったんだけどな。
「……どうやら冥府行きではなかったようだな」
黒川も普段もイキイキしてるとは言い難いが、バスの中でクラブ女から、終始根掘り葉掘り質問攻めに遭っていたようで表情は冥府行きどころか、既に冥府を探索し、辛うじて帰還した戦士を思わせる死んだ目をしていた。
「お疲れ。ここからはいつも通りだ、安心しろ」
「あれだけ雑に扱っても食いついてくるなんてゾンビ兵のようだ……藤木田はどうし――」
「おん?」
黒川の言葉が一瞬詰まった事で、俺も後方にいるはずの藤木田に目を配らせるも、藤木田は車内と同じように、ゆるふわビッチさんの隣で談笑を続けていた。
その様子はまるで仲睦まじげな恋人のようにも見えた。
ならば……緊急事態と言っても過言ではない。
「……美人局か」
「ふっ……木立にもそう見えるか」
藤木田はそれはもういいやつだ。性格、人柄の良さでは右に出るものがいない聖人だと言える。気遣いは出来るし、俺みたいな弱者への配慮もできる。
だがしかし、取り繕わないで言ってしまえば、藤木田は顔がいいほうではない。
俺は友人への評価を甘めに見るほうではあるのだが、その友達フィルターを通したとしても藤木田はブサイクだ。どれだけファッションで防御を固めたとしても、拭えない陰キャ感があり、あまり暖房の効いていない車内でさえ、額に汗をかいていたし、女性に慣れていないのが丸わかりである。表情が全裸すぎる。
その点、ゆるふわビッチさんはどうだろうか?
笠木ほどではないが鼻筋がまっすぐで顔立ちは整っているし、笠木ほどではないが愛嬌もある、笠木ほどではないが白いショートダウンもよく似合っていて、笠木ほどではないが近くにいたらいい匂いがする。ジェネリック笠木とも言えるステータスを持っている。
ほどよくアイロンで巻かれた髪型が、ゆるふわビッチ感を醸し出しているのが大きな違いで、男性に慣れてそうに見えるのは多分、俺だけではないだろう。
それをより一層引き立ててるのは、友人であるクラブ女の存在だ。類は友を呼ぶ。俺たちがそうであるように、あちらさんだってそうなのだ。
端的に言うと、あちらさんは二人とも美女なのだ。そして俺たちは黒川が例外なだけでブサイク、珍獣に近い。
藤木田を珍獣や野獣と称するには、些か逞しさや野性味が足りないが、美女と野獣。
この言葉がやけに似合うと俺は思う……が、マジで美人局に近い理由で藤木田がATMになるのは、俺の事じゃないとはいえ避けておきたい。
だが、あくまで俺という斜に構えがちな人間の意見に過ぎず、別の視点からの意見も必要だ。さっき答えは出ちゃってるけどね!
「黒川から見て今の藤木田はどう見える?」
「無論。蜘蛛の巣に囚われた蝶」
「だよな」
俺の目と脳が陰キャすぎる可能性をがあると考えていたが、どうやら杞憂だったようだ。
まぁ……黒川も陰キャではあるが、俺たち三人の中で唯一の彼女持ちであり、黒川の言葉は信用に足るはずだ。
「俺、バスの中では孤独すぎて考えるのをやめていたんだけど、まさかチャットIDは交換してないよな?」
「わからん、オレも敵の凶弾を避けるので精いっぱいだった……クッ! オレにもっと力があれば……ッ!」
クラブ女から解放されたことで、黒川は調子が徐々に戻ってきているんだろう、いつものゲーム脳が鼻につく。
「まぁ、それは本人に追々聞くとして……ひとまずはチェックインして二人を引き離すぞ」
「同意。オレたちの藤木田を取り戻そう木立」
黒川のようなBL顔でその言い方をすると誤解を生むからやめていただきたい。
**********
俺たち二人の後ろを歩く三人を警戒しつつ、ロビーへ入る。
館内を見渡すと、和名にホテルのような外見とは裏腹。統一感のない場所へ来たと思っていたが、中は凝っているようで少々和風のテイストが装飾等で色付けられていて、老舗という名の小汚い場所へ泊るよりも、よっぽどいいというのが素直な感想だ。
「学生ってすげぇ特権だな。こんなところが数千円で泊まれるなんて」
「ふっ……エルザレムの宮殿でテロリストの襲撃を受けたときを思い出す」
次はなんのFPSネタか知らんが、情緒というものが台無しだ。
「木立氏、黒川氏! 長旅お疲れ様でございますぞ!」
俺と黒川の名前を呼ぶ声に振り返ると、俺たち二人の悩みの種である藤木田が声をかけてきた。さきほどと異なり、横にはゆるふわビッチさんはおらず、ゆるふわビッチさんはクラブ女と藤木田よりも後方で何やら会話をしているようだった。あれだろ女子トークというやつだろ。
今回の話題のネタは藤木田。
『あのメガネノッポめっちゃ良いジャケット羽織ってっから絶対ボンボンじゃん』、『だべ? あいつから引っ張って春休みワンランク上の旅館いくべーよ』と、品の無い会話をしているに違いない。
しかし、藤木田が一度こっちに戻れば俺たちの勝ちだ。美人局に気づかせるなんて朝飯前であり、俺と藤木田の関係は三時間前ではなく、一年以上の長い期間で培われている、正にベストフレンド。どっかのガキ大将に倣うならば、心の友だ。
今回は俺達がいたからいいものの、藤木田の今後の人生が心配になってきた。陰キャが人を疑わなくて何を疑うと言うんだ。なんなら自分すらも疑うまである。
さっきのバスの中なんて俺だけ空気で人間かどうかも怪しかったしな。
いかん。今は俺の話なんてどうでもいい。さっさと洗脳を解いてやらなくちゃならん。
「おう、おかえり」
「むむ? ただいま、ですぞ? チェックイン時に支払いは済ませるのですかな?」
「いや、チェックアウト時。俺に抜かりはない」
「ふっ……木立の事だ。恥をかかないように予め調べてきたんだろう」
なんで知ってんだよ。
「木立氏は相変わらず小心者ですな……」
「小心者なんかじゃない、俺のようなやつを用意周到と言うんだ。考えてみろ……仮に何も調べずに、受付で財布をバリバリと開いてしまった状況を……。こいつ旅行初心者かって鼻で嗤われるぞ」
「やはり小心者で間違いないかと思いますぞ……それより今度、財布を一緒に買いに行きましょう、高校生でバリバリはマズイですぞ」
「オレも付き合おう」
一周回ってアリなんじゃないのか? チープカ〇オって流行ってたろ、あれが許されるなら、ゴムのチェーンがついたバリバリ財布だっていいじゃねーか……。
「も、萌女史から手ごろなブランドをご教授されましてな! 一度実物を拝見したいと考えていたところでございますぞ!」
出会って三時間で名前呼び……?
これが陽キャのチカラなの?
「……毒素は抜けきっていないようだぞ。木立どうす――」
「お、俺だってその気になれば下の名前で呼べるし、呼べるだし!」
「そこで張り合った時点で負けだ、木立……!」
――そうだ。今はそこじゃない。
クソッ! 陽キャめ、卑劣な……! こいつには部屋でたっぷりと聞かせてやろう、インターネット老人会が創作した美人局の話を……!
「木立氏の好みに合うかわかりませんので、他にものちほどいくつか聞いておきますぞ」
のちほど……? 今日の藤木田は理解できない事を喋るな。頭がパーなのか?
俺が藤木田の安否を心配している中、藤木田はすんなりと俺と黒川に状況の悪さを知らせてきた。
「ふ、藤木田、まさかお前……」
黒川の問いかけに藤木田は恥ずかしさ、嬉しさを含み、緩んだ口元を抑えて言うのだった。
「お二方には少々申し訳なさはありますが……某、少々早い雪どけが訪れたようでございましてな」
そう言って、藤木田はチャットアプリの画面を見せつけてくる。友達の人数が二桁なのに驚いたが、問題はそこではない。
さきほど藤木田が口にした一文字の人名がリストに入っている。
『萌@1-B』
時すでに遅し。
藤木田は陽キャの捕食対象となってしまっていた。
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