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青春のメタモルフォーゼ

 昨日のボーリングの一件にて黒川と友人となり俺の高校生活は彩を増す事となった。

 そもそも青春ラブコメへの道のりはスタートラインから一歩も進んではいないのではないか? 自宅のソファに寝転がりながら俺はそんな事を考えていた。


 確かに高校入学し友人は増したが、異性とまともに会話出来た試しがなく笠木というエンジェルの慈悲によって会話もどきをしただけである。

 そして笠木を含むクラスの連中は今日も朝からグループチャットにて昨日のボーリングやカラオケの話で賑わっている。


「昨日の夜も同じ話してなかったか? コイツら、よくここまで似たような話を何度もするもんだ」


 部屋で独り言を呟く、俺はそれが虚しいという事に気付きながらも気付かない振りをする。


「しかし、たまにはいい事をするもんだな」


 グループチャットの会話には昨日のボーリング大会とカラオケでの写真が上がっており俺はその写真の一部をフォルダに保存していた。

 笠木がストライクを取ったのかピースをしている姿、カラオケで笠木がハニカミながら歌う姿。

 昨日、笠木ウォッチングを出来なかった分こういった写真があるのが有難いのだ。


「青春ラブコメではここで笠木から意味深なラインが届いたり二つ三つくらい離れた妹がリビングでくつろいでいてワチャワチャした日常の風景が描かれるもんなんだけどな」


 やはりアニメやラノベのようには一筋縄でいかないのが現実であり、主人公という存在は特別である、自身も運が悪いとは思わないが彼らは主人公補正という強力な運の要素を兼ね備えているのである。

 そんな事を考えながら怠惰に身を任せた休日だったが、スマホにメッセージが届く。


【藤木田:買い物に行きましょうぞ!】


 藤木田からのメッセージが表示される、昨日も出かけたのに今日も出かけるのか?


「コイツ体力余ってるな、運動部でも入ったほうが良いんじゃないのか?」


【木立:いやダルいからパス】


 藤木田へ返信を行うと同時に再度スマホにメッセージが届く。


「ん? 早すぎだろ、メンヘラといつID交換なんかしたつもりはねーぞ」


 皮肉を吐きつつ、チャットアプリを再度開くと


【黒川:買い物、付き合ってくれ】


「黒川か、というか多少なり筋肉痛で出かけたくないんだが……」


 普段運動していない分、昨日のボーリングにて腕とふとももに多少の筋肉痛を感じていた。

 しかし、藤木田と黒川を会わせる良い機会ではないかと考え黒川にメッセージを返す。


【木立:じゃあ駅前のファストフード店が入ってるビルの前で待ち合わせ、十三時】


 黒川に返信すると同時に藤木田にも同様の返信を行う、それから両者といくつかやり取りを行い、約束を取り付ける。


「というか両者とやり取りするのが面倒だな、今日会ったらグループチャットでも作った方が手っ取り早いだろ」


 そう決めながら俺は出かける準備をするのであった。


 十三時前、俺は待ち合わせの場所へ到着していた、しかし俺以外は到着していないようでしばらくビルの壁に身体を任せボーッとしていると


「木立くん?」


 自身の名が呼ばれ横を振り向くと笠木がいた。


「え? 笠木……さん」


 笠木は昨日に引き続き私服でそこに立っていた。


「はい、笠木さんです。さんはいらないかな」


 そう言って笠木はニコヤカに微笑んでいた。


「あ、はい、ども」


 緊急イベント【笠木雪襲来】によってダラけきった顔から一転、緊張した顔へシフトする、まるでギャルゲみたいに突然イベントが発生するなんて高校生にもなるとやはり違うなと実感する。


「木立くんも宿泊研修の買い物?」


 笠木の言葉で理解する、藤木田と黒川が誘ってきたのは宿泊研修の買い物の為だったのかと。


「多分……実のところ藤木田と黒川に呼び出されただけで目的は分からない」

「来週は宿泊研修だしね、買い物するとしたら今日しかないしそうじゃないかな?」

「それじゃ笠木……も?」

「うん、それより黒川くんと仲良くなったんだね! 黒川くんもいつも一人でいる気がして心配だったんだー」


 やはり誰にでも優しいのが笠木の一面でもあるんだろう、薄々思っていた事だが昨日俺と藤木田と黒川を同レーンに配置したのは笠木である。

 しかしその優しさが俺はどうにも腑に落ちないのであった。


 俺は思い出す。


『そういえば木立氏に質問なのですが、笠木女史のどこに惚れているのでしょうか?』


 少し前、藤木田に笠木のどこが好きとか聞かれた事。

 その時にも俺は言った。


『ん? 別に好きなわけじゃない、気になるだけだな、まぁ理由は二重の意味で……だけどな』


 これは、強がりでもなんでもなく本心から出た言葉である、俺は未だに恋という体験をしたことが無い、どういった気持ちか分からないというのが事実である、俺が笠木に抱いている感情は恋慕ではなく、アニメのキャラクターに可愛いと言っているのと同一ではないかと思っている。

 美人でスタイルが良くて性格が良さそうという、目でわかるステータスでしか判断出来ていない。

 たまに見せる疲れ切って濁った瞳の色、あまりに性格が良く八方美人である事、そして何かに怯えているような言動。


『ただ私は既読無視とかそういうの結構気になるのは事実かなーなんか怖くて……』


 俺は少なくとも高校に入学してから二人の人間を見てきた。

 外見と口調のみで判断され拒絶されてきた藤木田、自分を卑下するあまり殻に閉じこもってしまった黒川、彼ら同様に笠木は何かを隠していると感じている。


「木立くん?」

「あぁ、すまん、黒川ともまぁ色々あって仲良くなった感じかな、笠木も宿泊研修の買い物?」

「うん! 用意したい物とかあるし大きいバッグのファスナー壊れちゃってて買いなおさなくちゃいけないんだよね」

「そうか、という事はケバ……田中さんとかと待ち合わせか?」

「ケバ……? えっと待ち合わせじゃなくて今日は一人で買い物!」

「そっか、まぁ一人の方が気楽な時もあるよな、俺は高校入学するまで、ほぼ一人だったけどな」

「……そうだね!」


 スルーされたじゃねーか、逆に恥ずかしいわ


「笠木は友達が多そうだから一人になれる時間はあまり無いだろうけど」

「んーそんな事はなかったんだけどね……」


 そう言って笠木は苦笑いにも近い表情を浮かべる。

 笠木の言い回しに何か違和感を感じて突っ込もうか迷っていたところでスマホの着信が鳴った。


【藤木田:木立氏! かなり早く着いてしまっておりますので店の二階におりますぞ!】


「あーそれじゃあ俺行くわ、藤木田が店内にいるみたいだ」

「そっか、それじゃあね!」


 笠木はそう言って交差点へ歩いていく、違和感の正体はわからなかったが俺たちだけじゃなく笠木にもこれまでの人生が存在する。

 笠木は陽キャなりに陽キャ特有の悩みがあるのだろう、そう思う事にした。


 笠木の素敵な後ろ姿を見送った俺はビル内に入り様々なテナントの看板を見つつ店の二階へ向かう。

 連絡通り店内には既に藤木田が到着しており入口から見える位置に陣取って、セットメニューを注文していた。


「木立氏、某楽しみで早く着きすぎてしまいましたぞ、しかしながら早く着いたからと言って急かすのはどうか迷いましたが待ちきれず連絡してしまいましたぞ!」


 藤木田は少々申し訳無さそうに笑うが、そこまで楽しみにしていてもらえると正直嬉しい。


「別にいいよ、俺も多分藤木田の後になるけどビルの下にいたしな」

「だから到着が早かったのですな」

「そういう事だ、後、今日黒川も来るから」


 藤木田は黒川の襲来に驚いていた、そういえばまだ藤木田には何も話してなかったな事を思い出すが、黒川の話なので追々、本人から藤木田には話すだろう。


「黒川氏とよく交流を深めれましたな……もしかして木立氏はコミュ王の可能性がございますぞ」

「コミュ王ね……」


 コミュ王という言葉で俺の頭に浮かぶのはやはり笠木であった、先ほど会話をしたからなのかもしれないが俺にとってクラス内で最もコミュ力があるのはお喋りバカの田辺でもなくケバ子でもなく笠木一択なのだ。

 黒川が到着するまで藤木田と他愛もない会話をしていると隣のテーブルの三人組音量が大きく耳が勝手に意識してしまう。


「でさ、美里の学校に笠木雪って子いんじゃん」


 聞こえてきたのは笠木の名前、遂に笠木の名前も全国区か……隣の席である事すら誇らしげに感じてしまう…なんて事を思っていた。


「あーいるね……んでソレがどうしたの?」


 女といるのに他の女性の名前出しちゃダメじゃないか、俺みたいな陰キャでも深淵なる掲示板で学んだぞ、ジャージ姿の部活帰りと思われる北高の生徒は笠木の名前を聞いて露骨に機嫌が悪くなる。


「あの子タイプでさ、連絡先知りたいんだよね~ID知んね?」


 コイツ地雷原を踏みつぶし過ぎだろ、一昔前の鈍感系主人公かな?


「私、クラス違うし仲良くないから知らない、てかアイツそこまで可愛い?」


 少なくともお前よりはな、リアルじゃ言えないけど心の中では戦える!

 藤木田も会話が止んだと思ったら話を聞いているようだった。


「ねぇ、笠木雪って白中出身?」


 二人の会話にモブキャラのような面をした三人目の女性が加わる。


「白中の生徒ってウチの高校に来なくない? あっでも聞いた事あるかも」


 笠木は確かに元白中だ、笠木辞典の俺が断言しよう。


「私も白中だけど笠木って陰キャだよね、全然可愛くないじゃん」


 笠木が……陰キャ?


「え? それ何!? 詳しく話してよ!」


 ジャージ姿の北高生の目が輝き話題に食いつく。

 酷く吐き気がした、あの目と顔は間違いなく躊躇なく他人を蹴落とす事の出来る悪魔の物だった。


「え? 詳しくも何もただの陰キャだよ、便所飯とか友達がいなかったりだとか……あっ!」

「他になんか思い出したの?」

「あーなんか頻繁に同じ本読んでるから一回だけチラッとみたら自殺のやり方書いてる本読んでたんだよね……」

「え?それヤバくない? 普通にキモイじゃん、まぁー弱そうだけど使えるネタ拾っちゃったかも」

「えー顔怖いんですけどー、まぁ高校デビューした奴って過去の事、話されるの一番嫌うしね、嫌がらせのネタとしちゃ十分じゃない?」

「女ってマジこえーわ……」


 聞いているだけで虫唾が走る、内容としては酷くはないが元々白中だった笠木が今の高校に通っているのは偏差値の関係もあるだろうが、大きな理由としては新しい自分を育むためだろう、その新しい笠木をコイツは殺そうとしているのだ。


「木立氏、出ましょうか」


 藤木田も悪意ある会話に耐えられなくなったのかセットメニューの乗っていたプレートを片づけに行く、俺も藤木田に続き俺も無言で席を立つ。

 ビルから出て外の空気を吸い一度心を落ち着かせる。


「木立氏、あの会話は……」

「ほぼ間違いなく笠木の事だよ、吐き気のする会話だった」

「同意でございますぞ」

「ただ、こんな気分で黒川に気を使わせたくないからな、一旦聞かなかったことにする」


 藤木田は俺の考えに賛同したのか頷く、そして数分ビルの外で待っていると黒川がやってくる。


「よぉ、黒川」

「すまない、待たせた」


 黒川は藤木田に気付くと一礼をしてスマホを取り出し高速で何かを入力し始める、入力が終わると俺の前にスマホを差し出す。


【黒川:藤木田も一緒に買い物に行くのか?】


「いや、口で言え、口で」


 俺が苦言すると、黒川は再度スマホで入力し俺に画面を見ろと合図してくる。


【黒川:複数人での会話に慣れていない……】


「だからお前この間も注文する時、俺に頼ませたのかよ……」


 そう言うと黒川は親指をグッと立てて正解だと言わんばかりの微笑みを返してくる。

 前途多難だが、こっちの問題は時間が解決してくれるだろう。

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