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青春は平等ではないが、掴み取る権利はある

 俺は考えるのだ。


 七歳で百メートル走を十三秒で駆け抜ける人。

 十一歳で難関国家試験をパスする人。

 十三歳で将棋のプロとなり連勝を続ける人。

 十四歳でメジャーから音源をリリースする人。

 十八歳にて球団入りをして年俸で億を稼ぐ人。


 どのような目標を掲げて人生を研磨すると、二次元でしか存在が許されていないような主人公が育つのか? そして俺は主人公やヒーローと呼称される人間がいる中、何をして生きてきたのだろうか?


 机で寝たふりをしながら退屈な昼休みを過ごす。友達がいないわけではない、一人で過ごす時間に俺は拙い思考回路を巡らせる。

 他者と比較する事すら烏滸がましいのに、勝手に比較して落ち込む時間を陰キャブルーと命名してやろう。


 そして……このクラスでもそうだ、偉人ほどではないが、はっきりと人生ステータスの差が俺の目には映っている。


 机に顔を伏せた状態から軽く顔の位置をずらし、教室を見渡すとカードゲームや携帯ゲームに興じ、学校に通う目的を忘れた生徒。

 高校一年から勉学に励み難関大学を目指す生徒、俺と同じように寝た振りをする生徒。


 そして……。


 教卓に座ったり九十デシベルを感知しそうな音量で喋る生徒、掃除が行き届いているとは言い難い床に座る汚い生徒。


 「君どこの店?」と言われそうな化粧の濃い生徒とその取り巻き。

 学年に一人は存在する誰から見ても美人な《笠木雪》を含めた青春の中心に居る生徒達。


 俺も入学当初は、それはもう陽キャに憧れていたわけだ。

 だが現実は成り上がりや高校デビューなどを許してはくれなかった。

 教室で人間観察という名の情報収集をしていると、人には役目という名の縛りポジションが与えられている事に気付いてしまった。


 気付くべきではなかった、いや、ある種の悟りとも言える。


 今では見るぶんにはいいが、友達にはなりたくない。悪く言えば八割くらい侮蔑を込めた視線を送る事すらある。


 そんな教室の隅っこの方にいる俺の視線は、彼らや彼女らには届かない。

 そもそも俺の存在を知らないと思う、知っていたらそんな喧嘩を売るような真似なんかしない、怖いからな。

 

 高校入学から一ヶ月経過した時点の内情を脳内で語ってしまった。

 しかし生産性がない消費豚のように餌を待つだけのキモオタと俺を一緒にしないでもらいたい。


 俺の中で陽キャに対する憎悪や自己嫌悪が生まれたから一種の生産性を含む脳内考察だと言いたい。

 ……無駄じゃないよね? ね?


 とはいえ一ヶ月しか経過していない事もあり、それ以上の感想があるわけもなく、寝ぼけて身体を動かすように教室の中央上部の時計へと目を配らせる。


 秒針が陽キャへ楽園の終焉を知らせるチャイムが近い事を示していた。

 直後、予鈴が鳴り、長苦しい昼休みが終わる。


 少し待てば、五時限目の教科担当が教室へやってくる、教卓を中心に、青春の花を咲かす陽キャに対して口頭で注意を促し、陽キャが茶化しながら席へ着くと授業が開始されるのがデフォルトの流れだ。


 そして俺はその時間を待ち望んでいた。陽キャにはわからないだろう……。


 そう、青春の中心にいる奴には理解出来ない。俺達のような【青春の隅っこの方】に属する奴らにも青春は存在する事を!


 五時限目の予鈴が鳴り、生徒達はそれぞれのクラスや自席へ戻ったタイミングで、俺もフェイクスリーピングモードを解除する。


 陽キャは案の定、教科担当がドアを開け小言を放つまで教卓の周りを離れようとしない、まるで円卓の騎士のように教卓を中心に《KIZUNA》を確かめ合うのだ。


 どいつが裏切者となるランスロットのポジションに就くのか見物である。


 だが、これが彼らの青春の一ページでもある。

 青春という飲み物をまるで乞食のように、最後の一滴までペロペロと舐めるのだ。


 別に貶しているわけではない、彼らが俺と違い陽の当たる場所で毎日笑っているのは、そういった貪欲な姿勢の賜物であると俺は考えている。


 逆に俺がこうして日陰とも呼べる位置で、心の中で文句を好き勝手に言うのも、彼らとは正反対の姿勢で育まれた物であるのは言うまでもない。


 結局のところ与えられた役目を消化して生きるしかないのだ。劇的な変化はファンタジーの世界でしか存在が許されない。

 こうして悪態を心の中で呟いてるくらいが俺の人生には丁度いい。

 

 予鈴から五分程度で授業開始のチャイムが鳴り、教科担当の教師が円卓の騎士を蹴散らす。

 この瞬間を俺は待っていた。ここからしばらくは、俺のターンである。


 普通の生徒ならば授業開始のチャイムを耳にして、嫌々授業に取り組み次の休み時間や放課後に思いを馳せながら過ごす事になるだろう。

 しかし俺は違う、俺にとっての授業中は至福の時間となるのだ。その理由は……ただ一つ。


 教師に蹴散らされた円卓の騎士の一員でもある笠木雪。


 艶やかなミディアムボブと言われる髪型に、派手さを排除した高校生らしいオシャレな薄い栗色の髪、幼さを感じさせるナチュラルメイク。


 前世でどんな善行を積んだのだろうか? と考えさせられる各パーツの造形と配置、まさに神に愛されていると言っても過言ではない容姿。


 聞く友達のいない俺の聞くところによると、入学から一ヶ月と少しではあるが、既に笠木が同級生から上級生含め、告白された回数は二桁に突入しているし、なんなら学外まで奇跡の容姿が知れ渡っているまである。


 信じがたい内容ではあるが、二次元ラブコメの正統派ヒロインのような経歴を持っていると言っても差し支えないだろう。


 そんな笠木の席は窓際の最後尾、そして俺はその隣の席をクジ引きにて獲得した豪運の持ち主だ。既に高校用にストックされていた運は空になったと言っていいし納得してる。


 俺が陽キャでは無く陰キャに身を置く事になったのは、この為に運を温存していたとさえ思っている。


 その豪運のおかげで、陽キャグループのキョロ充担当である高橋に嫉妬を抱かれ、イジられた件に関して当時は殺意を抱いたが、今となっては些細な出来事だったと流してやろう。


 ただ……席が隣になったとはいえ、ラブコメは展開されるわけでもない、なんなら次の席替えまで一切話さない自信すらある。


 俺に与えられた権利は、たまにくしゃみをする笠木とか、風邪気味でマスクをつけた笠木とか、お昼休み後にウトウトする笠木とか。

 笠木という天使のような生き物の生態を、授業中に限り横目でチラッと見る、それだけだ。


 仮に俺のような陰キャが話しかけてみろ、キョロ充の高橋が目敏く次の休み時間や放課後の陽キャの絆集会を某ファストフード店にて開催され、俺の話題を肴にキャンプファイヤーをして楽しむだけである。


 そんなリアル炎上なんてさせてたまるか。


 陰キャは、陽キャの話題になる事だけは避けて生活をしたいのだ。

 だから【青春の隅っこの方】に属する俺が手を出していい範囲はここまでだ。


 これが俺の青春。これ以上を望むと罰が当たる、授業そっちのけで思春期らしい自論を脳内で展開しつつも、黒板を打つチョークの音は、教室中央上部の秒針と共に流れてゆく。


 授業開始から数十分のインターバルが経ち、本日の笠木ウォッチングをしようと考えていると、笠木は板書をノートに写す事もせず、スマホでチャットをするのでもなく、青い鳥のSNSで【隣の席の陰キャの横顔激写!】と炎上するような事もせず、ボーっとしている様子であった。


 口が半開きでバカみたいな呆け方ではなく疲れ切った目で、ひたすらに前を向いているだけであった。


 レア笠木だな……なんて事を思いながら、五時限目終了のチャイムが鳴る。

 本日最後のインターバルである休み時間に、笠木は先ほどの表情と打って変わったように表情に生気を戻して、席を立ち教卓にいる陽キャの元へと歩んでいく。


 笠木みたいな八方美人タイプは、色々と気疲れが多いのだろう。その面倒な生き方に心の中で敬礼をする。


 笠木が教卓へ向かい歩いていく姿を、後ろから眺めながら俺は思うのだ。

 この退屈な休み時間を削っていいから、そのまま六時限目に突入して笠木ウォッチングをさせてくれと。


 友達の少ない陰キャにとっての休み時間など、授業中よりもやる事がないのだ。

 しかし、友達や話す相手がいないと思われるのも癪なので、俺はフェイクスリーピングの体勢に移ろうとすると、不意に声を掛けられる。


「木立氏、毎回休み時間の度に寝たふりをしていると、逆に高橋氏にイジられる可能性がありますぞ」


 半分伏せかけていた顔を上げると、特徴的な喋り方にヒョロくて長身、そして天然パーマに眼鏡、如何にも陰キャと見た目で判断される俺の友人である藤木田が机の前に立っていた。


「フェイクスリーピングの事か? 大丈夫だ、基本的に高橋は教卓の近くにいる同胞である陰キャの古川をイジる傾向がある」

「見事なまでにクラスをよく見ておりますな、観察力は陰キャの固有スキル、某も持ち合わせておりますが木立氏ほどの研磨はされておりませぬな!」

「そりゃどうも、それに視界が暗いと落ち着く派なんだ。俺は今、俺の中の闇と向き合ってんだよ」

「発言の暗さと、中二病の融合で陰を強めておりますぞ。それと単純にフェイクスリーピングって文法的に間違っておりますし、ダサいから変えた方がいいですぞ……」


 ヤダ……恥ずかしい、平然装わなくちゃ!


 しかし、意味自体は断片的な英単語から伝わるのでいいんじゃないかと、俺は言いたくもなる。

 なんなら休み時間程度の会話でいちいち反骨精神を誇示していても何の得にもならない。


 俺は平然を装い気にしてない素ぶりを演じて藤木田へ返答する。


「え……? ま、まぁ、あいつらと話すわけでもないからいいだろ、それで何か用か?」


 藤木田は、そんな俺の問いかけにキョトンとした顔を浮かべる。

 何かおかしい事でも言ったか? と言葉を思い返していると、藤木田は真っすぐな視線で眠たそうな俺の視線を捉えて言うのだ。


「ん? 用がなくても他愛もない会話をするのが友人の証ですぞ、木立氏の思考は、まごう事無き陰キャのテンプレでございますな!」


 藤木田はバカにするのではなく、単純に楽しくて笑う様を見せつける、笑われても嫌な気分にはならない。

 見た目と口調が特徴的なだけで、根は良い人間なので友人として悪くないし気立てもいい。


「あーそういうもんか、陰キャ過ぎて友達という概念が頭に無かったわ」

「はぁ、木立氏は素直じゃないですな……そういう年頃なのは分かりますが、程々にしないと白い目で見られますぞ」


 俺の親かよ、余計なお世話だ。

 それに元々白い目で見られてるから、後半部分に関してはノーダメージだ。

 年頃という立場に胡坐を掻いて、自分を主張したい時だってあるのだ、陰キャの自己顕示欲は陽キャの比じゃないぞ。


「そういえば先ほどの授業中、笠木女史の方を、すごい頻度でチラ見しておりましたが、何かありましたかな?」


 うわっ……俺の目線バレ過ぎ……?


 しかし、こういう会話に慣れていないから避けたいという願望。

 そして、一般的な高校生が中学校で通ってきているはずの過程である淡い恋愛というマスを、踏めていないのが俺の陰キャたる由縁である。


「見てねーし……」

「ガッツリ首が動いておりましたし、あの行動で見ていないというのは少々無理があるのではないかと思いますぞ」


 俺は誤魔化す為に、ニヒルに笑い窓の方向に顔を向ける。

 恥ずかしさで顔が赤面していたら困るからな、うん。


「蒼天井を見ていただけだ、気にするな」

「イチイチ気持ち悪い言い回しはしないでほしいですぞ……某も見たくなる気持ちは分かりますぞ。笠木女史は外見が美しいですからな」


 俺の弱みを指摘しつつも藤木田も笠木という完成された美を理解しているようであった。

 藤木田の返答に俺が納得したところで、藤木田は先程の授業中に俺が危惧していた嫌な考えに触れてくる。


 「しかし半分ストーカーのような観察も程々にしないと蒼い鳥のSNSに横顔写真を暴言付きで投稿されますぞ」

「あれ? 藤木田、お前サイコメトラー?」

「嘘つき特有の汗と目の泳ぎ方をしておりましたからな。他愛の無い会話と言いながらも、半分は忠告ですな! では、そろそろ予鈴が鳴りますので某は席へ戻りますぞ」


 俺をハラハラさせる言葉のナイフでチクチクと突き刺しながら、藤木田は背を向ける。

 その姿を流し見て僅かな時間ではあるが、頬杖を付きながら授業中の笠木のようにボーっとしていると予鈴が鳴り笠木が席へ戻ってくる。


 おかえり、俺のエンジェル。と口に出しては言えない言葉を頭の中で言ってみる。


 もちろん返答はない。近いうちに脳内に笠木のイメージを確立して、俺専用の笠木でも作ってみようか?

 そう思いながら笠木のイメージを確立する為に、五時限目同様に笠木ウォッチングを開始する。


 六時限目も変わらず笠木は、時折疲れきったような、死んだような目で前方を見つめていた。

 もしかして前の席の小山さんに恨みがあってメンヘラ化した可能性すらあり得るな、なんて事を考えながら六時限目の授業は終わり放課後がやってくる。


 この日の些細な出来事が俺の青春に良くも悪くも影響を与えるなんて、この当時の俺は気付かなった。

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