冬萌の萌え萌
人はしがらみから逃れたい生き物である。これは俺の人生哲学として掲げている言葉であり、中二病を発症していた時の名残でもある。
人間という存在は生まれる前から強固な鎖で雁字搦めに囚われている。寿命だったり、両親だったり、世間体だったり、環境だったりと。
年齢が上がるにつれて鎖の数は増えていく。一定の年齢に達した後、いくつかの鎖は自然と外されていく。しかし寿命という名の鎖は錆びつつも決して壊れる事はなく、俺達が死んだと同時にようやく、パキッと音を立てて朽ちていく。
そんな俺達も高校生ながらに日常という鎖、そして青春という鎖に縛られつつ、日々をそれなりに消化しているだけに過ぎないのだ。
しかし、抑制だけの人生は辛かろうという事で、人は娯楽や安息を求めエンターテインメント産業が発達した。
もちろん俺も日常からの脱却として普段は味わえない風景、匂い、食事、娯楽、療養と様々な目的を理由として旅行に来ていたはずだった。
そう。
はずだったんだ。
「ほぇ~まーくんって北高なんだ、頭いいねぇ~」
「べべべ、別にそんなこ、ことは、ななないでござ……いますぞぞぞ! んひ!」
クリスマスですり減らした神経や学業の疲れ……うん、合っている。それらの鎖を一時的に取っ払う為に学生にとっての非日常である旅行をしていたんだけどなぁ……。
「え~凄いよ~、萌、頭の良い人……カッコイイと思う~」
「あ、あ、あっ! そそ、それほどでもないでございますぞ! 人の頭の良さは偏差値や勉学ではなく、どれだけ社会貢献や希望する未来に活かせるかであり、高校生というモラトリアム期間は結果へ繋がる為の過程なのですぞ、人生で言えば途中もいいところなのですな。そのため、高校生という枠組みで勉学だけが全てではなく、今こうして会話をしている事も未来の自分を構築するための、旅の途中であり、某達は掴みたい未来のために手札を増やしている……と言えば分かりやすいですかな。萌女史が口にした言葉、頭が良い人と某を判断するには早計であると言いたいところではありますが…………某はもう一段階上の偏差値の高校も目指せたのは事実でありますな……んふっ!」
「ほぇ~いっぱい喋れるんだね!」
俺が当事者ではないにしろ、目の前で青春ラブコメが繰り広げられている。これをどう捉えるか? いやいや、旅行に来てまで青春ラブコメを所望した覚えはない。
そして藤木田……キモオタの悪い部分しか感じられない喋り方をするのを止めろ、それは悪手だ。バッチバチに煽られてんぞ、気付け。
こんなバスの中で青春ラブコメを繰り広げるなんてどうかしている、今の俺には毒薬でしかない。今か今かと待ち望んでいないイベントで俺の人生で出てくる脳内単語を活用したいと思う……『どうしてこうなった』
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冬休みに入って、田中とのクリスマス、年始に太陽と月の邂逅を経たところで劇的に変化しないのが現実である。
しかし、夏休みと異なり俺の起床時間は冬休みだと言うのに規則正しく、日常というしがらみから逃れられていないのだと……出社する父親の背中を見ながら思う。
「it'a true wolrd.狂ってる、それ――」
「朝から気持ち悪い……何言ってんの?」
そう、冬休みに規則正しい生活をしているおかげで、独り言を母親に聞かれて赤面したり、突っ込まれる機会も多くなっている。
実に遺憾だ。使いどころは間違っている気もするけど、今の俺の気持ちを代弁してくれる言葉である事は間違いではない、言葉などニュアンスでそれとなく伝われば、目的は果たしていると俺は言いたい。
「別に……」
「今日旅行でしょ、待ってるから準備しなさいな」
いやいや、母親よ。自分が旅行に同行するような言い方に聞こえるぞ。これは明らかに正しくないニュアンスだろう。
「待ってるのは藤木田と黒川だろ……待ち合わせまで時間なんか余ってるくらいだ。それにヒーローは遅れて登場するのが世の習わしだからな」
「あんたなんか下っ端構成員がいいところでしょうに……りょうちゃんは来てないけど、まーくんは待ってるから早く支度しなさいな!」
いやいや意味が分からない。
しかし父親が先程地獄へ向かって姿を消した玄関に、派手で大きなサイズの靴が揃えられている、うん……待っているんだろうな。気付いちゃったよ純一。
ついでに母親は自身の異常性にも気付いてもらいたい。素直に俺が寝てる間に、俺の友達を居間に招くのを止めてもらいたい。
俺は無言で母親の横を通り抜けて居間に顔を出すと、行儀よくソファに座り、スマホをタップしている大きな靴の持ち主に声を掛ける。
「おい、今何時だと思ってんだよ」
俺の言葉で俯いていた顔を上げて、表情をパアっと明るくさせた藤木田がソファから立ち上がり声を近づいてくる。
「おはようですぞ! 木立氏!」
普段ならば、初手文句をかましてやるところなのだが、俺は学習している。俺の母親は挨拶等、礼儀についてはうるさいのだ。そんな母親が背後にいる状態で初手文句は悪手である。
「あぁ……おはよさん。それで何でいるんだよ?」
「いやはや! 旅行が楽しみで早く起きてしまって、家にいるのは気が進まなく、木立氏の家に迎えに来たのですぞ!」
「そうかよ……しかしだな、家主である俺が寝ているという状況を加味するべきだと俺は言いたい」
「あんたがいつ家主になったの?」
これは非常によくない、前には藤木田、後ろには母親。オセロだったら負けてる。いや、今から負けます、俺。
しかし抵抗するで……言葉で!
「近い将来、相続して俺が家主だ。少し先走っただけであながち間違いではないはずだ」
「あんたねぇ……屁理屈ばかりで将来が心配、まーくん迷惑かけてゴメンねぇ~?」
「ご安心を! 某が木立氏を立派に更生させますぞ!」
いや、いつの間に俺が加害者側に立ってんの? 何? it'a true wolrd.狂ってる、これ誉め言葉じゃないけどね。
「俺はどこぞの奉仕部のヒキタニくんじゃねぇぞ、俺はむしろ自ら進んで変化してる。……とりあえずシャワー浴びたりするから、後でな」
日常から非日常である温泉地へ旅行へ行くのは、少しばかり先のようだ。




