冬萌の風に揺れるマフラーの意味を知ってほしい
何かに怯えるように笠木は落ち着かない様子で視線を俺に合わせず、キョロキョロと周りを警戒しているように思えた。
笠木から放たれた一言は、開幕グレネードを喰らって抵抗するタイミングすら無く、モニターを眺めているのと似た気分になる。
いや……俺と一緒にいるのを誰かに見られるのは不本意だというのは重々承知しているのだが、もう少しオブラートに包んでくれ。陰キャは直ぐに病むんだ、もうマジ無理……。
「あっ…言い方悪くてごめんね! あの……木立くんが嫌なわけじゃなくて、都合が悪いかなって。私じゃなくて、むしろ木立くんが……」
笠木の言葉の悪さは焦りから来ているものだったらしく、言葉がリフレインするくらいにはダメージを受けているが、俺にとって都合が悪いって……どういう意味だ?
しかし、俺が笠木に詳細を聞くよりも先に、笠木が危惧していたシーンは長い冬の季節とは反して、足早に俺に都合の悪い現実を見せつけに来た。
「雪ー! 焼きイカと甘酒買ってきたけどーー」
背後から聞こえた。聞き慣れてしまった声はあの日の涙を拭えたような、多少の明るさを含んでいた。
それを少々寂しく思う反面、良かったと安堵する俺がいる。
「あっ……なんかゴメンね。遅かったかも……」
ばつが悪そうに、俺から目線を逸らす笠木。事の顛末を知っているからこそ最悪のタイミングを避けたかったのだろう。
「謝る事なんかない、タイミングが……悪かっただけだろ。気遣ってくれてすまんな」
笠木の判断や言葉は何一つ間違っちゃいない。俺が笠木の立場でも似たような事を言ったはずだ。
俺と笠木は似ているから、よく分かるよ。
だが、実際に新学期が始まったら嫌でも俺と彼女の関係の変化は周囲に露見する事になるだろう。
結局、その場を回避しようが後回しになるのと変わりはないと思う。
だったら、ここらで状況を見定めるのは悪くない。
笠木へ声を掛けている最中で、俺の存在に気付いてしまった田中の方へ俺は振り向き、先制攻撃を仕掛ける。
俺は分かりすぎてしまっている、田中がこういった不測の事態に弱い事を。
だから、少なからず俺が橋架けをしなくてはならない。
ただ……あけましておめでとうの言葉は喉元を通らなそうだから、いつも通りに何事も無かったかのように日常を零すように一言を告げる。
「よぉ……」
目線は俯きがちで田中の表情は見えない。辛うじて見えるのは、変わらずに揺れる薄い水色のマフラーだった。
「ア、アンタも来るんだ、こういうとこ……」
「付き合いでな」
予想してなかったわけじゃないが、会話が止まってしまう。
普段、俺と田中は何を話していたんだっけ? 考えれば考えるほど分からなくなる。
それほどに田中綾香という存在は違和感無く、俺の日常に溶け込んでいたのだろう。
あの日の出来事は都合の良いファンタジーじゃなくて、現実なんだと再認識させられているように思える。
お互いが前に進めるようになったはずなのに、止まった会話は残酷な時間を突き付けてくる。
「ねぇ、寒いからどっか入らないかな?」
止まった秒針を無理やり動かし始める声がして、振り向くと、わざとらしく大袈裟に身体を震わせるバカがいた。
何を考えているのかは知らないが、彼女が目指すのはいつだって理想の自分という事。
笠木の理想を知っている俺だから、俺は笠木に縋るように信じてみたくなるんだ。
「三人で……? それにコレどうすんの?」
笠木の提案に難色を示す田中は手に持っていたイカ焼きと甘酒を強調するように、笠木に差し出していた。
「ん、それより先にどうにかしなきゃいけない事あるのは分かってるよね?」
俺との会話を避けたい田中の言い訳を、冷たく斬り捨てる笠木は鬼だと思う。笠木も変なところで強情なのもあり引かないだろう。
「雪には関係ないじゃん……」
「五月からあれだけ相談してきて、その言い訳は無理があると思うなぁ、クリスマスの時だってーー」
「ちょっ! 分かったから……!」
必死の抵抗も虚しく、笠木の脅迫に近い説得で折れた田中は落胆したように肩を落としていた。
「よし! じゃあコレ片付けてくるね。藤木田くん達は参拝の方かな?」
「あ、あぁ……」
俺の返答を聞くと、笠木は田中の手に握られていたイカ焼きと甘酒を拝借して参拝列の方へ走り去って行った。
「アンタは時間大丈夫なの?」
「まぁ……流石にこんな状態のまま新学期を迎えたら周りが何を言うか分からんからな。しかし、田中が二度と俺と関わらないつもりならーー」
「それだけは絶対にないから」
俺の配慮はどうやら田中には必要がないらしい。
その言葉が何を意味するのか、俺にはまだ分からなかった。
いや、分かろうとしなかったんだ。




