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冬萌で彼は神を信じない

 こんにちは、新しい一年。清々しい気分でそう言いたい気持ちはあるのだが……。


 部屋を見回すと、パーティー開けに失敗したお菓子のパッケージ、飲みかけのペットボトル、蕎麦が入っていた器。

 そして、年を跨いで過ごした友人の藤木田と、いつのまにか木立家に侵入していた黒川。


 いや、マジでコイツいつ来たの? FPS能力が遂に現実にリターンされちゃったの?


 とても清々しい気分にはなれず、新年早々にため息を吐き、部屋を後にして一階に降りると、忙しなさそうに廊下を走る母親と遭遇。

 師走は数時間前に終わったはずなのだが、年を越すのを忘れてしまったのかと思っていたが、鏡餅を靴棚に設置したりと新年の風習に勤しんでいるようであった。


「あら、あけましておめでとう」

「黒川はいつ来たんだ?」


 木立家のセキュリティは俺の管轄外だ、むしろ管轄内の仕事なんざ受け持った事がない。

 よって、母親に聞かねばならなかったのだが、母親はあっけらかんとした様子で返答をしてきた。


「えっと……二時くらい?」


 うん、やはりズレている。本来その時間に人様の家を訪ねてくる奴は普通じゃないだろう。

 やはり俺の母親はまちがっている。


「何度も言っているが、俺が寝てる間に勝手に人を入れるな……目覚めが悪い。いや、今回は心臓に悪かった」

「まーくんは起きてたからいいでしょ」

「いや、そういう問題じゃないんだが……」


 これを世代間のギャップと片付けてしまえば簡単なのだが、若者はデリケートなのだと俺は言いたい。

 最近の若者は些細な問題でも、直ぐに病んだり、手首に紋章を刻んだりするくらい繊細なんだ。

 さらに悪化した奴は、ダンプやトラックに救いを求めて異世界転生という甘美で都合のいい世界に逃げようとさえする。

 このようにパーソナルスペースが狭いのが若者の特徴であり、俺もパーソナルスペースが狭いどころか、存在していない。


 昨日の敵は今日の友みたいなヤンチャな時代に生まれた貴女達とは違うのだよ、母上。

 しかし、この考えを言ったとして俺が理不尽に怒られる未来しか見えないのは分かっている、俺は戦略的撤退の如く無言を貫いた。


「それよりも挨拶は?」

「は? あぁ、おはよさん」


 俺の言い方が気に入らなかったのか、母親は持っていた掃除用具の柄で俺の頭を小突いてくる。

 はい、世代間ギャップの悪い部分出ちゃったね。


「あんたはそういうところの常識が足りてないのよ! 新年の挨拶は何て言うの?」


 深夜に訪ねてきた狂人を家に入れるくせに、常識を振り回すのは止めてもらいたいと言いたいところではあるが……新年早々言い合いするのは避けたい気分もあり、「あけましておめでとざいます」と事務的に返して俺は部屋に一度戻る。


 そして、朝に頭が回っていなかった事が理由なのか、ここまでの流れで気付かなければいい部分に俺は気付いてしまった。

 その可能性に気付いてしまった瞬間、自室のドアを前にして俺の動きは止まっていた。


 黒川が昨夜、藤木田の誘いに乗らなかった理由は……彼女といたからだ。

 黒川が来た時間は二時くらいだと母親が言っていた。


 という事はコイツ……高校生にも関わらず日付変更線を跨いでも彼女といた可能性が高いんじゃないか?


 それが何を意味するのか恋愛経験の少ない俺でも理解できる。


 別にそれがどうと言うわけではないが、なんかこう……先を越された気分と言うか……黒川を今後どういう目で見たらいいのか、少しばかりなんとも言えない気分になる。


 いや、高校生ならある意味で普通なのか? いや本来はダメなんだけど、高校生らしいとは言える。


 しかしだ、この手の話題は、俺や藤木田も好んで話さない事から耐性がない。

 聞いていい話題なのだろうか? 仮にダメだとしても好奇心が邪魔をしてくる。


 ……しかしデリカシーが無さすぎやしないだろうか? 友人の素行に目を光らせるという建前が通じるとは思えない。


 何かやましい事があるわけではないのに、静かに部屋の扉を開ける。

 むしろ、やましい事をした可能性があるのは黒川の方だ。


 まるで武士のように壁に背中を預けて寝ている黒川の方を見ないように、なるべく意識を先ほどの不埒な考えから遠ざけるように、藤木田たちが起きるまで、ベッドの上で悶々と過ごす事になったのだった。




 それから数時間経過し、藤木田、黒川の順に起きてきた。

 結局、支度を整え終わったのが昼前との事もあり、親戚の来訪に急かされるように俺たち三人は深雪を足で掻きながら、初詣に向かおうとしていた。


「いやはや、木立氏が日付を跨ぐと颯爽と寝てしまいましたので、某は暇で暇でどうしたものかと思っておりましたが黒川氏が来てくれて助かりましたぞ!」

「ふっ……オレはアシストもこなせるプレイヤーだからな」

「それにしても、あの時間帯まで何をしていたのですかな?」


 言っちゃったか……俺が踏み込めずにいた部分にズカズカと踏み込んでいく藤木田大先生はすげーや!

 だが、俺と違い藤木田は少年の目をしている。やましい事を考えている目ではない。純粋さ故の鋭さは残酷である。

 あくまで会話の一環として聞いているのは間違いないが……黒川も答えにくいだろう。


「ふっ……オレも高校生だからな……言わずとも分かるだろ?」


 この濁し方は間違いない……! 黒川は俺や藤木田より一段上へ登ったんだろう。

 無駄に整った顔で空を仰ぎ見るのも様になっているのが腹立つけど、彼女がいるってそういう事なんだろうな。


 雛鳥が巣立つのを見守る親鳥は、こんな気分なのだろうと思っていたが、藤木田大先生は察しが悪いのか、思春期チキンレースをするかのように更にアクセルを踏み出した。


「んんぅ? 分からないですな! 具体的に聞きたいのですぞ!」

「お、おい……それ以上はいけない」


 無邪気にも程度がある。何より朝から生々しい友人の痴情など聞きたくはない。

 慌ててストップをかけるが、俺の焦りとは裏腹に黒川は、なんて事が無いような表情で藤木田に言い放った。


「実は相方の家に招かれてな……」


 いや、恥ずかしげもなく普通に答えるの止めてもらえる? それとも俺がピュアなだけか?

 後、相方ってSNSで見かける言い回しにイラッとするからそこは普通に言え。


「実はやってみたかったプレイがあったらしく、少々照れ臭さはあったのだがーー」


 俺の思っていた生々しさ通り越してるんですけど?

 ここ往来なんだが? ゴールデンタイムですらないのだが?


 しかし黒川は俺が思春期症候群である事を裏付けるかのように藤木田同様に純粋な恥ずかしさを語るのだった。


「俺がマウスを担当して、相方がキーボードを担当する二者一キャラプレイを体験してしまった」


 そうだな。陰キャだもんな、うん。俺が思春期だったわ、ごめんな。


「それはそれは。随分と難しそうな事をしましたな!」

「あぁ、難易度が高いとしか言えない! オレならもう半歩だけズラして移動するところなのに! と煩わしい気分でプレイする事になり新鮮だった」

「今度は某ともやりましょうぞ!」

「あぁ! 共同作業はオレに任せろ!」


 年度が変わったところで、やはり何一つ変わらない。

 秒針よりも、ゆっくりと、揺蕩うように動くのが俺たちの青春の在り方なのだろう。




 程なくして、地下鉄を乗り継いだ俺たちはこの地方では、尤も有名な初詣スポットに到着していた。


 濃いめの雪化粧を施された社は、幽玄さすら感じられるように思える。

 しかし、その幽玄さとバランスを取るように多くの人間が来訪している様を遠目から眺めて立ち尽くしていた。


「おぉ……! 賑やかでございますな!」

「出店もある、藤木田が欲しがっていた甘酒もあるな」


 黒川が言うように出店が立ち並ぶ光景から初詣と言うよりは地方の祭りに近い気がしてしまっていた。


 そして、俺は祭りに良い思い出がなくどうにも後ろ向きな姿勢を正す事が出来ずに、藤木田達へ声を掛ける。


「んじゃ、俺はその辺に座ってるから参拝はパスさせてもらうぞ」

「何を仰いますか木立氏!? 初詣のメインをせずに何をするのでありますか!」

「何するって……歩くの疲れたから休む以外の選択肢があるのか?」


 そもそもの話で、俺は神とか信じてない無神論者である。

 あっ……でもSNSには神絵師がいるな。まぁ、それとは別だし、どう転んでも現実に神なんざ存在しないだろう。


 仮に神の存在を認めたとしよう。神とか絶対に金持ってるのに賽銭箱という叶わない願望器を餌に、民から小銭奪おうとするんだぞ、詐欺神だろ……。


「また変なところで陰キャの悪い癖が出ましたな……」

「陰キャに良い癖があるような言い方はやめろ、悪い癖しかないぞ」

「藤木田、オレが付き合おう。木立とは後で合流したらいい」


 俺の言葉と黒川のフォローに藤木田は諦めたようで、黒川と募金をしに行ってしまった。


 比較的、雪の少ない石段に腰掛けながら暇つぶしにスマホを触っていると、俺同様に人混みに疲れたと思われる来訪者が、俺の隣に腰掛け始めた。


 こういう時って、変に意識しちゃって逆に疲れるんだよな……。

 地下鉄で席が空いてるのに、隣に座られちゃうみたいな感覚。


 どこか別の場所に移動するかと考えていると、デジャヴ。


「あ」


 本日一度目の「あ」はいりました。


 そして、母親から小突かれて覚えた挨拶を口に出す。


「……新年明けましておめでとうございます」

「えっ、えっと……こちらこそ、よろしくお願いします!」


 この神宮は縁結びのご利益でもあるのだろうか? この邂逅がご利益の賜物だとしたならば、少しくらいは神の存在を信じてやってもいい。

 

 それに、変わらなくていいものもあるな、今年度も笠木は変わらずに可愛い、うん。


「あ、あの……どうしよっかな……」


 俺が笠木の可愛さに見惚れていると、笠木はどこか困ったように呟いた。


「何か困り事か?」


 笠木は俺の問いかけに言いづらそうに間を置いて信じられない言葉をかけてきた。


「木立くんが悪いわけじゃないんだけどね……どこか行ってほしいかなって……」


 ……やっぱ神なんかいないんだよなぁ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] めっちゃ笑いました(^∇^) その流れで合流してたらかなりの猛者ですね [一言] おや、タイミングが悪かったのかな?(´・ω・`)
[一言] 笠木さんの言い方……。まあ仕方ないんでしょうけど。 この二人がどうやって距離を縮めるのか見ものです。
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