幕間:冬萌における彼と彼女の結末 if
※190部の分岐したお話になりますଘ(੭ु´・ω・`)੭ु⁾⁾ クリスマスだから丁度いいので投稿しました。4章がまだ完結していなく最新話に投稿すると都合が悪いので190部の後に投稿しました!
恥の多い聖夜を送ってきました。
凍てつき体温を奪われるような感覚。そして……静寂に似つかわしくない振動音がフローリングの寿命を削っているような気がする中、俺は答えた。
「……いや、陰キャには荷が重いって言うか……その……な?」
俺の目の前には、阿修羅が立っている。眼鏡を掛けて、わりと天パで長身の阿修羅だ。
阿修羅を前に、俺は自室にも関わらず正座をしている、フローリングが固くて冷たい。ベッドで正座とかしちゃダメか? うん、ダメだな。
俺の発言に対して阿修羅からの反応がなく、恐る恐る顔を上げようとすると、阿修羅の片足が一度フローリングから離れるや否や、フローリングを勢いよく踏み鳴らしてきて威圧感だけで泣きそう。
何? お前は俺の家の床に恨みでもあるのか?
その音に一瞬だけ驚いてしまい、身体が跳ねる。回答が不十分と言いたいのだろうが、いかんせん理屈じゃなく感情の話になるので、言語化が難しい。
しかし、納得する回答をしない事には阿修羅は去ってはくれないのだろう。俺は拙い語彙力をふんだんに使用して伝えようと思う。
「そのだな……田中に告白されて向き合ってると、言葉にしづらいんだが……こ、この先を知りたいと思ってしまった」
どうにか語彙力を振り絞り、それとなく伝えている途中で恥ずかしさを感じて、声量が尻すぼみしてしまい、叱られている子供のようだ。
しかし、これが本音なのだからこれ以上は何も言えない。
「木立氏……某はポエムを求めた覚えはないですぞ」
「は!? お、お前! 人がせっかく感情を表現したのにあんまりだろ。取り消せよ……! 今の言葉……!」
寛容な精神を持つと自他共に認めている俺にも我慢の限界がある、これは三次元レスバトルをするしかない。負ける気しかしない。
しかし、阿修羅は不毛なレスバトルをするつもりは無いらしく、再度、フローリングを踏み鳴らした。
「な、なんだよ!? じゃあ何を言えば満足なんだ? はっきり言え! はよ!」
阿修羅は仁王立ちをしたまま、呆れたように溜め息を吐いて、俺の痛い部分を突いてきたのであった。
「そこまで自身の気持ち……即ち、田中女史への好意に気付きながらも『保留』という事にした理由を聞いているのですぞ……」
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「アンタが好き。アタシと付き合って」
イルミネーションが煌びやかに空間を彩り、祝福を表現している中、家族以外の人間から向けられた真っ直ぐな好意。
魅力的に映らないはずがなかった。
怯えるような目、キュッと噤んだ口元。
差し出された震える手。
今すぐにでも、その震えを止めてあげたくて仕方がなかった。
ただ……手を握れない原因は田中の勇気に対して俺の勇気が釣り合わなかった、それだけだった。
不確定の未来に怯える俺が放った言葉は、多分田中も予想外だったと思う。
俺も自分の口から出た言葉が、未だに信じられないのだから当たり前の話だ。
「……っと、その……この件は一度持ち帰らせて検討させてもらいたい……」
「……は?」
田中の言葉に、先ほどまでの慎ましやかな雰囲気や怯えは感じられなかった。
むしろ、宿泊研修前の田中に戻ったかのような恐怖すら感じた。
空気感に耐えきれなくなった俺は、半分ほど身体を捻り田中へ告げた。
「あっ……その、また後で連絡するっ!」
負け犬が捨て台詞を言うように取り繕う言葉を置いて、俺は逃げるように、その場を後にした。
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「木立氏はどこのサラリーマンですかな?」
「仕方ないだろ……決断するには全てにおいてステータスが足りない。むしろ保留に出来た事を褒めてもらいたい」
阿修羅は藤木田に戻り、怒鳴り疲れたのか俺のベッドに腰を下ろした。
「……スマホ鳴っておりますぞ」
先ほどから頻繁に掛かってきている着信は田中からだと言うのは、確認するまでもなく分かっている。
「……代わりに出てくれ、こわい」
「木立氏はバカなのですかなあぁぁぁぁぁ!?」
バカなのは重々承知している。田中との未来に期待する反面ーー俺は怖いのだ。
彼氏とは何をしたらいいのか?
関係が変わる事によって、俺は今よりも田中に期待されてしまうし、俺も田中に対する要求やハードルを上げてしまう可能性がある。
失望されてしまったら? 俺が隣にいる事によって田中が嫌な思いをするのでは?
俺みたいなーー俺ごときが田中の彼氏だという事実によって、田中を不幸にしてしまったら?
この変化は俺たちだけじゃなく、周りにも影響を与えてしまう。
俺が欲した未来に、俺は怯えている。
「木立氏……関係が変わるという事はお察しかと思いますが、自身だけではなく周りへの変化も生じますぞ」
「そこを上手く飲み込めない、俺はそういう奴なんだよ……」
「某も神ではございませんから、木立氏に軽々しく未来を確約する事は出来ませぬ……しかし」
藤木田は、一度大きく間を置いて再度諭すように口を開き始める。
「今も木立氏に電話を掛けてきている田中女史のお気持ちはどうお考えですかな?」
藤木田の言葉で、ようやく目を背けていたスマホの着信画面に目を配らせる。
俺の好きな女の子の名前が表示されているスマホに手を伸ばす。
少なくとも、告白の返事ではなく田中を置き去りにしてしまった事に対する謝罪だけは、伝えなくちゃならない。
「……すまん」
最初に出てきた言葉は謝罪だけだった。
「流石に、いやマジで……あの場面でアンタが逃げるとはアタシも展開読めなかったんだけど?」
機械越しに伝わるイントネーションから田中は怒りを通り越して呆れているように思えた。
俺が田中の立場だったなら、田中同様に呆れているに違いなく、ここで言い訳を並べても、後の祭りでしかない。
俺が何も言えないままでいると、田中は変わらずに、いつもの口調で俺に優しさを投げかけてくる。
「あのさ、アンタって変に考えすぎるから今も悩んでるんだろうけど、アタシ待つから」
答えを出す側に立つ俺にはない辛さを田中は抱えている。
いや、俺の不甲斐なさが辛さを生んでしまった。
「すまん……」
「でもーー」
少しだけ辛さを漏らしつつも、希望を見据える田中は強かであり。
「期待はしてもいいよね……それじゃあね」
田中の言葉で少しだけ、楽になれた俺がいた。




