青春は始まった
ボーリング場から数分歩き俺は、黒川のいる処刑場へ到着した、場所が目立たないだけに混んでいるとは思わなかったが休日だからか店内は賑わっていた、俺にとっては逆に好都合である。
黒川からの暴力を受ける可能性を考慮していたが此処でなら心配は少なくなるだろう。
俺は意を決して店内に入る。
「いらっしゃいませ、おひとりさまでございましたか?」
「いえ、待ち合わせです、自分で探すんで後はいいです」
店員に手間を掛けるのも悪いし、そこまで広くない店内ならば自分で探す方が手っ取り早い。
辺りを見回すと一番奥の禁煙席に黒川は座っていた。
また黒川も俺に気付いたようであった、俺は黒川の座る席の方へ歩く。
そしてナメられないように大袈裟に音を立てて座る。
「そ、それで何の用事ダ?」
態度だけはどうにか強気に保とうとしたが声が上ずってしまった。
「……好きな物を」
「え?」
「好きな物を頼め」
どうやら黒川の目的は暴力ではないらしい……いや、最後の晩餐という事か。
「あ、あぁ」
その後にボタンで店員を召喚してドリンクバーとミラヌ風ドリアを注文している最中、目の前にスマホが置かれる。
【俺も同じもの】
「あっすいません、ドリンクバーとミラヌ風ドリアもうワンセットお願いします」
店員に注文の追加を伝え
「とりあえず飲み物取りに行くわ」
俺は席を立つ、案の定、真後ろから至近距離で黒川が付いてくる。
お互いに飲み物を汲み、席へ戻る。
そもそも俺をシメるためじゃないならコイツが俺を此処に呼んだ理由は何なのだろうか? それともアレかさっきから距離が近いのはラブコメか? いや俺は異性との青春ラブコメを送りたいだけであって同性との青春ラブコメや友情エンドなんてギャルゲの外れルートを選ぶつもりはない。
「すまないな」
黒川はいきなり謝りだす。
「え、何がだ?」
「今日は迷惑をかけた」
俺が唖然としていると黒川は続けて喋りだす。
「ボーリング初めてでルールとか学んだ」
「あぁ、別にいいけど……」
「それと、蒼き鳥の深淵を見たな?」
例え方は気持ち悪いけど、黒川はやはりスマホを見た事を話題に出してくる。
これは流石に誤魔化しようがないし、こんなところで話を誤魔化しても先へ進まないだろう。
「あぁ、それは悪い、なんかテーブルにあったから」
「誰にも言わないでほしい」
そう言って黒川は深々と頭を下げる。
「いや俺、友達とか藤木田しかいねーから言う相手なんていないし言わないでは無く言えないけども」
自分で言いつつ少し悲しくなる、友達百人出来るかな? と俺に幻想を抱かせる言葉を言い放ったあの保育士を俺は許さない。
「助かる」
「それより人間の頭をボーリングみたいにして毎日転がしてやってるとか書いてたアレは一体なんなんだ?」
「いや、そこまで書いてない、俺はネトゲが趣味なんだ」
え? お前の趣味とか聞いてないけど語り? 隙あらば? 隙あらばなの?
「人間の頭を転がすゲームをやっているって事か?」
「半分くらい違わないが銃で敵を撃ち殺すゲームだ、FPSって知っているか?」
「あぁ、ジャンルだけならな」
「木立が見たのはそのゲーム用のアカウントだ、俺はそういう事をやってるのを人に知られるのが怖い」
黒川の言いたい事は俺には分かる、人間という生き物は偏見の塊と言っても過言ではないくらいに自身の中で人を評価してしまう、もちろん例外から漏れずに俺も同様である。
ただ、その偏見を内に留めておけばいいものを他者に言いふらしたり自身の地位の向上のために利用し他者を蹴落とす行為に涎が止まらない人間も存在する。
黒川が怯えているのはそういった心の無い連中の事である。
「さっきも言ったけど俺は誰にも言わねーよ、まぁ気持ちは分からんでもないしな」
「助かる」
「そういや今日黒川がボーリングに参加した理由が分からないんだが、こういうの参加するタイプだっけ?」
「いや、普段はしないが、今日はネトゲが大型アプデの日でメンテに入る日だった。それとSNSやゲームの仲間にイキッてしまったからだ」
「なんて言ったんだ?」
「俺は所謂廃人クラスのプレイヤーでニートや引きこもり、ぼっちとバカにされていて最初はスルーしていたんが……だんだんイラついてきて陽キャのフリをしてしまった」
「それとボーリングの何が関係あるんだ?」
「今日は友人とボーリングをしに遊びにいくといった内容の話をしてしまってな、経験した方が話に信憑性が出る」
「それで参加したと」
「場所についても何もわからなかったけど、木立が色々教えてくれたりしたから助かった、トリプルストライクも取れたしな」
黒川は普段の真顔ではなく少し楽し気に言う。別に好きで一人になったわけじゃない黒川だって本当は自分の居場所を見つけたいのだ、ディスプレイ越しの世界ではなく、今足を付けているこの世界で。
「三連続はトリプルじゃなくてターキーって呼ぶぞ」
「そうなのか、知らなかった」
「というか陽キャのフリとまでは行かなくても友人を作ればよくないか?」
「俺は喋るのが苦手だし面白い事なんて言えない、趣味も引かれる、みんなから避けられてるのも分かっている、だから俺と仲良くしてくれるヤツはいない、今までもこれからも」
黒川は恵まれた容姿ではあるが、恵まれた容姿ゆえにこれまで嫌な思いもしてきたし陰キャになるまでの過程があったはずだ、また近寄りがたい雰囲気と黒川と話さずに決めつけていたのは、黒川のせいではなく黒川の周りの人間である。
そのような雰囲気を感じ取らせる黒川にも責任は無いとは言い切れない、そして外見に見合わない趣味を持つ黒川は自分の好きな物を否定される事は自分自身を否定されるのと同一であり、黒川はこれまで否定され続けて生きてきたのだ。
藤木田も俺も黒川と一緒なのだ、だから俺は今ここで黒川という一人の人間と向き合うべきだ。
黒川の話を聞きしばらく考えていると注文していた料理が届く、お互い身体を動かしていたせいでカロリーを求めていたのか無言で食べ続ける。
「なぁ黒川、俺も藤木田もなんだけどさお前を近寄りがたいと思ってたんだよね」
「やはりそう思われていたか、すまない……」
黒川は悪くないのに謝ってくる、そう俺たちは似ているのだ、何も悪くないのに言葉を向けられると無意識に謝罪をしてしまう、心では悪いなんて思っていないけど謝罪をする事によって相手の機嫌を損ねないように自分がこれ以上傷つかないように反射的に謝るのだ。
「いやお前は悪くねーよ、ただこうして話すと俺は今後お前を近寄りがたいなんて思わないぞ、なんならケバ子の方が近寄りがたいまであるね」
「ケバ子?」
黒川は誰だソイツ? といった顔をするがここは無視して話を続ける。
「だからさ、話してみたらなんて事は無いって思うやつもいるんだから何かあったら俺や藤木田に話しかけてもいいし、お前が気になる場所とかに付き合う事くらいするぞ」
「それは悪い、俺みたいなのに付き合わせてしまうのは……」
「悪くねーよ、同じ趣味を共有出来るだけが仲良くなる理由ではないし、お前の趣味を他の奴が楽しいって感じる事もあるんだ、逆に他のヤツの趣味にお前が付き合う事でお前が楽しいって思える事もある」
自分を卑下する黒川は、悪意に怯えているのだ。
黒川はテーブルの上で手を結び手何かをこらえる様に下を向く。
「今日のボーリングだってそうだろ、参加した理由は関係ないけどターキー取ったのお前楽しそうにさっき言ってたろ」
「……嬉しかった」
「俺たちはまだ高一だ、まだ何かを諦める年齢でもねーよ」
黒川は無言で手を握り続ける。
別に義務なんて大層な物は発生していないけど、殻を破り今日一歩踏み出そうとしている黒川を拒絶する理由も無い。
「少なくとも俺と藤木田はお前に対して壁は作らねーよ、後はお前がどうするかだ、言えよ、お前が欲しいもの」
既にテーブルに水滴は落ちている、喋るとバレてしまうし周りからは何か笑われるかもしれない。
それでも俺は黒川の口から言わせたかった、黒川にとっても必要なことであるし青春の隅っこの方でもいい、彼を救える自分で在りたかったから。
「お、俺と友達になってくれないか? もう…一人は嫌だ!」
整った顔が台無しである、顔面偏差値79から2くらい下がっているだろう、それでも黒川は本心を言い切った、人目を気にせずに彼は言い切った、ここで彼を嗤う奴がいたら俺がぶん殴ってやる、負けるけど。
黒川の勇気は俺が求める青春の形の一つだった。
「あぁ、よろしく黒川」
今日、俺と黒川は紛れもない友人になれたのだろう。
その後、店内で多少注目されながらも黒川は泣き止み落ち着きを取り戻す。
「すまない、取り乱した」
「いや、気にすんなよ、青春にはよくある事だ」
「青春……そうか、なら問題ないな」
黒川はそう言って微笑む、俺も同調するように笑うのであった。
青春ラブコメは未だ見つけられない、陽キャにも成れないし何なら陰を極めつつある。
それでも青春の隅っこの方でも俺は今日間違いなく
青春をしたと断言できる。




