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冬萌における彼と彼女の結末11

次、22時です。

 タクシーに乗り目的地へ向かう途中、車内では極端に田中が静かになり、違和感を感じていた。息苦しさは感じない程度で、会話は無いにしろ田中は落ち着かない様子で、ソワソワしているように俺の目には映っていた。


 僅かな時間ながら心地悪い静寂を感じながら、車窓から薄暗くなった外を眺めていると、少しだけ雪が降り始めていた。

 こういった状況をホワイトクリスマスって言うのだろうか? そんな事を考えていると、中心部からさほど離れていないショッピングモールへ到着した。


 暖房の効いた車内で寒さよりも暑さが勝ってしまった田中は外へ出るや否や、背筋を反り、身体をほぐし始めていた。


「そうしてると温泉にいるおっさんを思い出すな」

「アンタ、やっぱりデリカシーがないよね……例え方が悪い方向に極端すぎ」


 そんな事を言われても、イメージしてしまったものはしょうがないだろう。

 デリカシーなんかを俺に期待する方が間違っている。


「でも、冬だと温泉とか行きたくなるよね。こたつにみかん的な感じでさ」

「それは同意する。なんなら俺は年始を少し過ぎた辺りで旅行に行くぞ」

「え、マジ? 家族で旅行とかめっちゃいいかも! アンタのお母さん面白いし楽しそう」


 あの状況で面白さを見出せる寛容な精神には賞賛を送りたいが、家族と旅行とか色々勘弁してほしい。


「いや、藤木田と黒川と行く」

「あっ、そうなんだ。つかアンタ、バイトしてないのにお金どこから出てくるの?」

「分かり切ってる事を聞くな」


 そう言って俺がニヤニヤしていると田中は呆れたように溜め息を吐いて話を切り替えるように歩き始めた。


「んじゃ、ぼちぼち回るよ! アタシもここ久々だし、ちょいテンション上がる!」


 田中は先導するように歩き始め、建物に入っていく。

 建物に入ると田中が「え? めっちゃ綺麗じゃん!」と独り言のように呟いて指差した方向を見てみる。

 どうやら、このショッピングモールはクリスマスには派手なイルミネーションやツリーが飾ってあるだけではなく、併設されているスーパーの入口までもクリスマス仕様になっていて多少なり特別感が出ていていた。

 目を惹かれながらも、田中の背後霊の真似をしつつエスカレーターに足元を預ける。


「それにしても、ここまで混んでいた印象は無かったがトレンドに合わせた飾り付けやイメージ戦略はバカに出来ないな。さぞかし売上も良さそうだ」

「えっ……あぁ、うん。そうかも」


 俺から田中に話題を提供するが、この会話に意味などはない。

 タクシーに乗った後から、田中の口数は明らかに減っていた。普段は田中が話題を提供するため会話に困る事はないのだが、会話が無い事に怯えた俺が無理やり出した話題にすぎない。


 このタイミングで緊張するって事は……大方予想通りの展開が待っているという示唆でもある。

 エスカレーターに乗っている間も田中は幾度となく足を遊ばせるような、落ち着かない仕草をしていた。


 エスカレーターが上階に到着して少し歩いた後、田中は俺の方を振り返り、固い表情で準備を告げてきた。


「ア……、アタシちょっとトイレ行ってくるから、アンタ少しまってて!」

「ん? あぁ……って早いなアイツ」


 田中は、俺の返答を聞く間もなく早足で駆けて行った。


 俺も丁度、瞼に当てていた氷が溶けているから捨てに行った方がいいだろう。

 何より、少しは痛みに慣れておいた方がいい。そう思ってしまった。

 多分、痛みしか残らない結末になるのだから。意味もないと分かっていながら、意味のない事に縋り弱さを肯定してしまう部分は何も変わっちゃいないのだ。


 ロックアイスを捨てて、少しばかり待っていると、タクシーを降りた直後の違和感の正体である緊張が解けたように、いつも通りの田中は戻ってきた。


「よし! じゃあ適当に、そこの雑貨屋から回っていい?」

「あぁ、俺はよく分からんから好きなように案内してくれていい」

「アンタって雑貨とか興味無さそうだよね」

「雑貨って言葉自体が分からんからな。雑貨の示す範囲が広いから、逆に置いてある商品の見当がつかんからな」

「ん……アレ! アンタたちが好きな人形あるっしょ? あれも雑貨みたいなもんじゃない?」


 失敬な、オタクが一括りにフィギュアを好きって固定概念は捨ててもらいたい。好きだけど。

 それに雑貨って言葉で括られる程に雑な作りになってるのはゲーセンのフィギュアくらいだ。


「フィギュアは雑貨じゃなく芸術品の類だな、雑貨にカテゴライズするのは不当な扱いだと発言の撤回を要求する」

「はいはい、つか見て見て! 時期だとクリスマス関連の雑貨多くて季節感バチバチなんですけど!」


 田中は俺の袖を引っ張りつつ、自身の隣へ寄せてくる。やってる方は無意識なのだろう。

 しかし、緊張をほぐした田中と違って、俺は逆に緊張を高めてきたから嫌でも意識してしまう。


「あっ……」


 一言、気付いたように田中が言葉を発し、商品を手に取っていた。

 しばらくの間、手に取った商品を愛おしそうに眺めて田中は、俺に自身の願望を語りかけてくる。


「……後で、この店もう一回来るかも」


 その言葉に俺は返答をしないまま、田中が触れていたハートと俺にも見覚えのある花をモチーフにしたペアネックレスから目を逸らす。

 


 きっと残り時間はもう無い。

 それなのに覚悟が掻き乱されている、中途半端な答えは絶対にしてはならない。そう言い聞かせる分だけ覚悟が薄れていく感覚がした。

次22時、クリスマス編ラスト

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