青春のトリックスター
しまむらーこと黒川は自身のファッションセンスに疑問を抱かず遅刻した事さえ悪びれる様子はなくモデルがレッドカーペットを歩く様に堂々とボーリング場の入り口へ立つ。
各レーンに配置されている上部のモニターを確認すると俺と藤木田のいるレーンまでカツカツと先の尖がったクロコダイル風の柄の靴の踵を鳴らし歩いてくる、見ているこっちが恥ずかしくなる服装と歩き方だ。
ボーリング場は、先ほどまで陽キャ軍団のリーダーである田辺のイベント開催演説で和気藹々とした雰囲気だったが、それが今は静まり返り黒川の歩く音だけが響いている。
黒川は目的のレーンに着くとゆっくりと椅子に腰を下ろした、会場が静寂に包まれる空気を切り裂いたのはこの男だった。
「黒川氏、おはようですぞ!」
「……」
「えっと、黒川氏?」
藤木田もまさかシカトされるとは思っていなかったようで黒川の返答を待っているのか反応に困っているのか分からないが再度静寂が訪れる。
「黒川、ボーリングシューズに履き替えなきゃボーリングできねーからカウンターに行ってこいよ」
服装を見て確信した。
間違いなく黒川は陰キャであり、恐らくボーリングも初めてだろう、ようするに状況が掴めていないまま自身の名前が表示されたレーンまで来ただけである。
そして俺の口調が強気なのは理由がある、俺は陽キャにはとてつもなく弱い、語尾すら小さくなって限界を超えるとロボットのように棒読みになるくらいだし陽キャと目が合いそうになると視線をわかりやすく逸らす、自分で言ってて悲しくなるが俺はそのくらいショボい。
しかし、相手が自身同様に陰キャなら俺は比較的強気であり臆せず話せる、黒川は雰囲気が近寄りがたく陽キャ陰キャ問わずに避けられていた、登場した黒川の服装は間違いなく親に買ってきてもらった服装だ。
黒川のファッションセンスは俺が中学校時に既に通った道であり黒歴史と化している、そのため同種であると確定できる。
黒川は俺の発言を聞き、無言で立ち上がりカウンターへ移動し靴を履き替えカツカツ音を鳴らさずキュッキュッとグリップの効いた音と共に歩いてくる、毎回歩き方が気持ち悪い。
黒川の表情は何一つ変わらず真顔だったが会話のキャッチボールは出来ないまでも一方的に投げつけたボールを捕球する事は可能であった。
黒川が再度、席へ着いたのを確認し、俺は先ほどからどう進行して良いかわからずオロオロしている陽キャ軍団リーダーの田辺へ手を振って合図する。
田辺はその合図を受け取ると、宣言を始める。
「そ、それではちょっとしたタイムロスはあったけど北高一年四組クラスイベントであるボーーーーーリィィィィィィング大会を……始めようぜー! 個人スコア一位とレーン毎の合計スコア一位のグループにはささやかながら商品も俺の自腹で用意してるから楽しもうぜえぇぇぇ!」
田辺の開始発言を皮切りにキョロ充の高橋とその仲間達が声を出し盛り上げる、各レーンに配置された他の生徒たちも盛大な拍手や口笛を鳴らし盛り上がりを演出する。
あれ自腹だったのかよ、やっぱり田辺はバカなだけで悪い奴ではないんだよな……バカだけど。
藤木田の様子を確認するも他の生徒同様に拍手を行いイベントの雰囲気に同化しているようで安心だ、不安要素はあるが藤木田が楽しめるならそれでいいと俺は思う、このボーリングを皮切りに藤木田は変わろうとしているのだ、ならば俺は藤木田をサポートする義務がある。
ただ藤木田が田辺ではなく俺の方を見て拍手しているのはどうしてだろうと少し気になった。
田辺の発言を皮切りに各レーンにピンがセットされゲームがスタートされた。
俺と藤木田のいるレーンでにもピンがセットされる、各々が自身にあったポンド数のボールを取りに行く様子を見て俺と藤木田も立ち上がりボールを取りに行こうとするが黒川は藤木田の言う通り物凄い速さでスマホをイジっていた。
「黒川、ボール取りに行かなきゃ出来ねないぞ、もしボールの重さに拘りが無いなら俺か藤木田が持ってくるの使えばいいけどどうする?」
黒川は俺の言葉でスマホをイジるのを止めて、立ち上がるが動こうとしなかった。
藤木田は先にボールを選別しに行って今は重さを確かめている、俺も人がいなくなったのを見計らい球の選別に行こうとすると後ろに嫌な気配を感じた。
後ろを振り向くと、黒川が俺の真後ろでRPGのパーティーメンバーのように付いてきていた。
え? 何俺なんかした?
俺は得体の知れない恐怖を感じながらも13ポンドの球を手に取り重さを確かめる。
やはり、小学校の時にやった以来だけど今ならこの辺か一つ下の12ポンドの重さかなと考えていると、黒川も13ポンドを手に取ろうとしていた。
黒川は見た目通り筋力が無いようで13ポンドの重さで顔を顰める。
「それより一つ下の軽いのならこの紺色で12って書いてるやつな、多分もっと軽い方がいいと思うから隣の棚で合うの探した方がいいと思うぞ」
俺は黒川にアドバイスをすると黒川は隣の棚を確かめ10ポンドの球を持って戻ってきたが、自分のレーンではなく俺の横にピタリと張り付く形で静止する、いや冗談抜きで俺は黒川という存在に恐怖を覚えていた。
藤木田の方に助けを求めると藤木田はボールリターンの上に置いてあったクリーナーでせっせとボールを磨いていた。
黒川とパーティを組んだ俺が戻ると藤木田は笑顔でクリーナーを手渡してきた。
「木立氏! これでボールを拭くでありますぞ」
「あ、あぁ」
アッパーな初心者、ガチモノの変人、そして多少齧っただけの陰キャしかいないこのレーンでまともにボーリングが出来るのだろうか?
そして各レーンの生徒がボールを取り終わり一投目を投げ始めていたので俺も立ち上がりボールを手に取る。
「ストライクですぞ!」
藤木田のテンションが妙に高くハードルを無駄に上げようとしてくる。
「俺は人の期待に応えない事に長けている男だぞ、そんなん取れるか、いいから投げ方見てろ」
そう言い放ち俺はジャストポケットの前で一度静止してボールを胸の高さまで上げ両手で支える、そこからお手本のようなフォームで一投目を投げるボールは予想通り進み心地いい音を響かせピンを弾き飛ばす。
「おっ、ストライク取れたな」
そしてレーンのモニターにはボーリングボールが転がりピンを全て倒すアニメーションと共にストライクという音声と共に軽快なBGMが流れる。
「木立氏、流石ですぞ。某が参考にしていたサイトと同様のフォームでしたぞ!」
藤木田は興奮し手を広げ喜んでいる。
「やめろやめろ、ハードル上げられると後半でガッカリされるだけだ」
内心嬉しいがは性格上素直に喜べなく照れくさそうに言う、黒川も今回はスマホをイジらずに投げ方を見ていたようだった。
「黒川も初心者だと思うけど、投げ方分かったろ?」
黒川は無言で立ち上がり俺の飲み物を差し出してきた、何か入れた可能性があるが黒川の瞬きのしない目が怖いので受け取っておくことにした。
黒川から渡された飲み物を飲んでいると黒川からの強烈な視線を感じる。
飲み辛ええぇぇ! 本当に何なの? 帰り道刺されちゃうの? 俺。
そして助け舟の藤木田は何か勘違いして頷いていた。
「それでは某も投げさせてもらいますぞ!」
藤木田はそう言って立ち上がりボールを一度クリーナーでサッと磨いて見よう見まねで持ち上げる、何度か投げるフォームを確認した後ジャストポケットとは少しズレた位置からボールを放った。
ボールはガーターとまではいかなかったが中心からは大きく外れ再度のピンを一本だけ倒す結果となった。
藤木田は外国人のように大きいリアクションで悔しがりなら
「くぅ~! 予想より上手くいかないものでございますな!」
地団太を踏み、ボールリターンから自身のボールが返ってくるのを待っている。
「最初からそんな上手くいかねーよ、というか俺も次そうなるから安心しろ、とりあえずスペア狙っていけ」
俺は藤木田を気楽に投げさせようとハードルを下げようとする、黒川は藤木田の一投目を確認するや否やスマホの高速タップを開始していた。
コイツがぼっちな理由ってこういうところだろうな、まぁ俺もぼっちだったら同じ行動取ってるだろうけど……。
そうこうしてる内に遠くのレーンから陽キャの騒がしいパリピ音が聞こえてきた、どうやらケバ子がストライクを取ったようだ、ケバ子を中心に喜ぶ笠木の姿もあり眼福と言える光景が広がっていた。
笠木……尊い、そしてケバ子アイツあの付け爪の長さでどうやってボール投げてんだよ
いつの間にか藤木田も二投目を投げ終わりピンを五本倒して終わったらしい。
「いやはや、難しいものですな! しかし思ったよりボールに身体が持っていかれますな」
「初心者ならそんなもんだろ、そういや知ってるか? ボーリングボールの重さって人間の頭と大体一緒らしいぞ」
「そうなのでございましたか? 自分ではわかりませんが、人の頭っていうのは重い物なのですな!」
暇つぶしに雑学を披露していると、ふと視線を感じて視線の主の方を向くと先ほどまでスマホを弄っていた黒川はスマホを弄るのを止めて俺の方をジーッと見つめていた。
もう何も思わない、言わない。だからスマホだけ見てろ、怖いんだよコイツ!
その後に、再度スマホの高速タップをし始める黒川
何コイツ俺の悪口でもSNSにでも書いてんのかよ、悪口だけはいいけど写真だけは止めてくれよな、ネットタトゥーとか社会的に死んじゃうから
「次は黒川氏の番ですぞ!」
黒川は無言だったが人間の言葉は聞こえているようで、立ち上がり自身が選んだボールを手に取り、ジャストポケットと思われる角度からボールを放る。見事にボールは理想的な速度でレーンの上を走り、ストライクを取る、モニターには先程の映像とは異なるウサギのキャラクターがボールと共に突っ込んでいきストライクを取るアニメーションが流れていた。
「なんですと! 黒川氏もストライクでございましたか!」
藤木田が驚愕し悶えている、一喜一憂が激しいのが藤木田の特徴である。しかし俺の視線は黒川がテーブルに置いていったスマホに移されていた。
黒川のスマホはわりと大きくそして画面を開いたままであった。
そう俺もも人間であり聖人とかではなくどちからというとクズの部類に属する人間だ、罪悪感も無く黒川の画面を見てしまっていた。
《DarkRiver卍Häyhä:知ってるか? ボーリングの球ってのは人間の頭と同じ重さなんだぜ、俺は毎日ボーリングの球を弾き飛ばしちまってるようなものだ、そして今日は人間の頭を片手で転がしているのさ、リアルでもネットでも俺は常に殺戮を求めているかもしれない》
フォロー:6048 フォロワー:572
俺はこの時見てはいけない物を見てしまったのだと後に気付く、そう黒川は中二病であると同時にネット弁慶でありイキリ陰キャであった。
そんな黒川のスマホの画面を見ていると、誰かが横に立っているように俺の姿に影が重なる。そして顔を上げるスマホの持ち主である黒川が俺の横に立っていた。
これ、二回目だけど言わざるを得ない。
わりぃ、俺、死んだ。
黒川は俺をジーッとしばらく見つめていたが、俺が反応しないと分かると自分の椅子へ座りテーブルにあるスマホをイジりはじめた、俺はアングラ掲示板の創作ホラーのスレに迷い込んでいるのかと錯覚していた。
「黒川氏は木立氏の順番だと言いたいのではないですか?」
いや、既にそういった次元じゃないくらい見られているからな。
俺は藤木田の言い分に無理やり納得しボールを持ち二投目を放る、左端のピンだけ残し二投目の二回目もスペアチャンスを外していく。
「ドンマイですぞ、木立氏! さてさて某も二投目でスペアくらいは取っておきたいところですな!」
藤木田は純粋にイベントを楽しんでいるようで安心するが、俺は気が気ではなかった、黒川という異質な存在の行動が読めなかったせいもあるが、やはり先ほどスマホの画面を見ていたのがバレているのではないか? という考えが頭を離れなかった。
そうして藤木田が二投目を投げ終わり戻ってくると同時に黒川は立ち上がり自身の二投目を投げに行く。
先ほど同様に黒川はスマホをテーブルに置きっぱなしで画面を点けたままである。
黒川の行動が怖くて二回目を見るのは止そうと考えていたが、気になってしまう……好奇心に俺は負けたのだ。
《好奇心は猫を殺す》ということわざがある。
元はイギリス発祥のことわざであり日本語に訳されても意味事態は変わらないことわざである、猫という単語が入っているが意味合い的には猫ではなくても当てはまる。
和訳では《強い好奇心は身を滅ぼす》という意味合いが強い。
そして今回の俺の行動は例文と言っていい程にこのことわざが当てはまる。
俺は黒川が放置したスマホの画面を確認する。
先ほどはSNSのツイート内容が表示されていたが今回は違った、メモの画面が開かれており一文が書かれているだけであった。
【見たな】
あっ……バレてるわ。
「木立氏、どうしましたかな?」
「べ、別に……」
そのやり取りの最中モニターからストライクという音声と共に軽快なBGMが流れる。
「おぉ! 黒川氏、またしてもストライクですな、ダブルというやつですな!」
藤木田は黒川に近寄りハイタッチを求めるがスルーされる、黒川は藤木田に目もくれないまま、俺の真横に立つのだった。
三投目気が気ではなく黒川の得体の知れない恐怖に怯えた俺はダブルガーターを出し、藤木田は初のストライクを出して喜んでいた。
そして黒川の三投目……黒川からの恐怖のメッセージが表示される時間である、俺は後七回も黒川からの恐怖のメッセージに耐えなくてはいけないのかという考えで頭が一杯になっていた。
そして敢えて見やすいように黒川はスマホを俺の前に移動させて三投目を放りに行く。
二回目同様にメモが開かれており中には……。
【ボーリング終了後、駅前の地下にあるカフェにこい、一人で】
これ校舎裏に呼び出されるパターンと一緒じゃねーか、陰キャなのに武闘派なの? 俺死ぬの?
行かないという選択肢はある、しかしここで逃げても同クラスにいる以上いずれ黒川に捕まってしまう。
要件は済んだのかその後に黒川がスマホをテーブルに置くことはなかった。
ボーリングでは案の定陽キャの中で最も恵体を持つ池田が200以上のスコアを魅せた事で優勝、そしてグループ戦に置いても池田のグループが優勝という結果になった。
その後に、併設されているカラオケにて二次会を開催する事になっていた、それぞれがグループの垣根を越えて新しい友人として和気藹々としている中、俺も不本意ながら、藤木田とのデュオの垣根を越えて黒川という武闘派イキリ陰キャと駅前のカフェで二次会を開く事となっていた。
「木立氏、二次会のカラオケに某誘われてしまいました。行きましょうぞ!」
この様子だと藤木田はクラスイベントに夢中で気付いていない、俺が現在どのような状態にあるのかを。
逆に良かったかもしれない。これに藤木田を巻き込んでも仕方ないし、屍が二体に増えるだけだ。
「悪いな、用事があるのとカラオケ苦手なんだよ、アニソンしか知らんからな」
「某もアニソンしか知らぬでございますぞ、行きませぬか?」
「いや、遠慮する、それよりお前の行動の功績で誘われてんだから楽しんでこいよ」
そう言って俺は藤木田の方をポンと押す。
「さようでございましたか、それでは某、戦地へいざ行かん!」
そう言い、藤木田はカラオケ組の陰キャの方へと走っていった。
そして俺は黒川がいるであろう処刑場へと歩き出すのだった。




