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冬萌と田中綾香の決意

こーひんできました!

 クリスマス会も終盤に差し掛かったところで、話し疲れた俺は自席へ戻り配膳された料理を片付けるようとしていた。


「アンタ……心当たりとかないの?」

「何がだよ?」


 俺が席に戻ってくるのを待っていたのか、椅子に座る前に田中が知りたかったであろう事、俺が言及を避けたかった事を聞いてくる。


「さっき……めっちゃ質問きてたっしょ、あれの事」


 クリスマス会という会場のせいなのか、それとも別の要因からか田中の声は普段よりも覇気がないように聞こえた。


「あー、……ないな」


 そもそも当事者である俺ですら、あの質問がなんだったのか回答が出ていないのだから嘘ではない。


「ふーん」


 俺の言葉が不服だったのか田中は先程同様に覇気のない話し方と違い、イントネーションから僅かだが機嫌の悪さを感じる。


 この返答で機嫌を悪くされても知らんもんは知らん。むしろ俺が教えてほしいくらいなのだ。


 ただこう機嫌が悪い田中が隣に座っていると無言の圧力というか恐怖を感じてしまうのは俺が陰キャだからではないと信じたい。


 俺が田中の言葉に返答をせず少しばかり時間が経った頃に唐突に「ごめん」と呟くように聞こえた。


 何に対しての謝罪なのかは理解しているので聞き返すまでもない、この場合の返答は何て言えばいいのか分からない。


 だから俺はコミュ障の陰キャを装い話を転換させる事にしよう。


「それより明日、どこ回りたいとか決めておいてくれ」

「え?」

「明日……こんな茶番じゃなくてクリスマスだろ」


 話の逸らし方が急過ぎたのか田中は返答に困っているように思えた。


 訂正しよう。コミュ障を装うとか思っていたが素でコミュ障だわ、うん。

 ならば補足は必要な事くらいは理解しているのが救いだ。


「俺は陰キャだ。だから俺にエスコートみたいな事は期待するな、田中が行き先を決めてくれ」

「そりゃ最初からそのつもりだったけど、男としてどうかと思う発言……ただアンタらしくて色々悩んでたのがバカみたい」


 田中は肩の高さを落とすように溜息を吐いた後、何かを気にするような視線とは違い、俺の全体……いや、中身を確認するかのように瞬きもせずに見つめてくる。


 その見透かすような視線が恥ずかしいのか、怖いのか反射的に顔を逸らして誤魔化すように田中へ言葉を投げかける。


「おい、やめろ。陰キャは三秒以上注目されると心臓のBPMが跳ね上がって呼吸が辛くなる特徴を持っているんだぞ!」

「明日……」


 俺が誤魔化そうとするも田中は一言、何気ない言葉に間を置いてくる。


 そのまま田中の言葉を待っていると、軽い衝撃と共に肩に手を回される。


「木立ェ……なんかいい感じの雰囲気じゃんよ」


 本当にそう思っているならお前の行動は悪手だと言えるぞ高橋。


「なんか俺ら邪魔しちゃった感じ? でもラブ見つけちゃったらやっぱ絡まずにはいられなくね?」

「い、いやいや! 何勝手にその……そーゆう話してるって決めつけてんの!?」


 田中は相変わらず、見た目とは裏腹にそういった話に弱い。

 むしろ俺の方が耐性はあるくらいだと思う。


 コイツらもそんな田中の反応が面白くて絡んだり茶々を入れてるんだから田中はもう少し堂々とするべきだ。


「つーか綾香もピュアなんは分かるけどさ……このイベに乗っかって一歩先進んじゃっていんじゃね?」


 そういう事か、焚き付け二回戦……どころか雰囲気を利用して一気に決めにきた感じか。


 たしかに俺もコイツらと夏祭りという背景を使い過ちを犯しそうになった苦い思い出はあるが……それはあくまで当人達で決めるべきで、第三者の立場であるお前らは場違いであり、あの時の俺とは違う。


「それな! やっぱ付き合うなら早い方がよくね? もう高一の冬だし青春って有限だし……めっちゃいい事言ったわぁ」

「マジ深いわー」


 そうだな、マジ不快だわー。

 逆張りに定評のある俺は流れに逆らう事に慣れているから雰囲気には流されない。


 だが、田中は俺じゃないし俺みたいに成れない。だからこそ今、田中が何を考えているのか俺には分からない。


 しかし、一つ俺の考えを改めよう。陽キャのコイツらは悪いやつではない。

 ただ良いやつでもないのだ。


 コイツらが求めているのはエンタメやドラマであり、他者の気持ちを配慮する。と言うよりは自身の為に利用しているのだ。


 展開の気に入らない漫画や小説に「俺だったらこうするね!」と感想というよりは、願望を押し付けて悦に浸る層と一緒だ。


 自分にとって都合のいいように展開を誘導する、それは賢いし本人はさぞかし楽しいだろう。


 ただ、俺はそれが気に入らない。


 お前らが舵を取れるほど田中の人生は安くないんだ。


 多分お前らの方が田中綾香という人間との付き合いが長く、俺の知らない田中を知っている。


 けれども、お前らの知らない田中綾香を知っているのは俺も一緒だ。


 サバサバしてそうに見えて面倒見がよくて情に熱い姉御肌。強そうに見えてナイーブなところがあるとか、耐性の少ない方面では陰キャのようにキョドったり、その仕草が外見とのギャップで可愛いとか。


 俺のために自分の趣向を捻じ曲げて、化粧まで変える健気な田中を知っているか?


 俺は知っている。


 お前らの知らない田中を知ってしまった。


 だからこそ少々……いや、結構イラついている。ここまでこんなくだらないお前らの催しに付き合ってやったんだ。


 今からこの場をぶっ壊すけど許せよな。


 肩に乗っている高橋の手を払い除け、立ち上がろうとした時。


「そういうのいいからーー」


 マイクを使わずとも、通る声質と声量だが突き放すような冷たさを持った言葉で騒がしかった体育館は静まり返る。


 田中は、椅子に座ったまま田辺と高橋へ拒絶を放った。


「……え」

「あっいや……何で綾香、怒ってん?」


 まさか田中がキレると思ってなかったのか戸惑う田辺たちに田中は二つ目の言葉を放る。


「アタシの事はアタシ自身が決めっから、横やり入れんなや、帰る」


 田中はその後、無言で席を立って体育館の入り口へ踵を鳴らし歩いていく。


 その堂々とした姿に目を奪われているのは俺だけじゃないだろう。


 体育館を出て行った田中の後を追うように笠木とロリ子が小走りで駆けていき、程なくして体育館には騒めきが訪れた。


「やっちまったかー、後で謝んねーとな」

「だな、いやーあそこでブチってくるのは予想出来ないべ」


 横で失態について反省している二匹に掛ける言葉は必要ないと判断し混乱に乗じて俺も体育館を後にする。


 薄暗い夜の廊下は不気味だけど日常に付随する喧騒は皆無で俺の足音が響く。

 少し遠くに見えるクリスマス特有の装飾が目に入る、明るい場所から反転した夜の暗さと静寂のせいなのか、少しだけ足を止めて見入ってしまう。


 田中は既に校舎を抜けたのだろう。そう思っているとポケットに入れているスマホが点灯した。


 メッセージは田中からで、何一つ悪くないのに先程の態度に対する謝罪と明日の待ち合わせについてだった。


 そして、田中も俺と同じ光景を見たのか、俺が先程思っていた事と同様の内容がメッセージの最後に付け加えられたように書かれていた。


 明日は俺に似合わないイルミネーションを眺める事になりそうだ。

最後までありね!

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