冬萌における開戦宣言
きょの更新になります!
十二月二十四日であるクリスマスイブ、本来ならば日頃から陽キャに当てられた毒気を癒すために存在する土曜日に俺は陽キャの要望通りに学校へ訪れていた。
「まさか部活動にも入っていない俺が、土曜日に学校へ来る日が存在するなんて思わなかった」
「某も別の意味で木立氏が来ると思っていなかったので、驚いておりますぞ」
藤木田の言っている意味はもちろん陽キャの悪巧みの事であり、もちろん俺も忘れているわけではないし、本日の重要事項であると頭に置いている。
しかしクリスマスイベントと言うからには、ラノベやアニメでよくある風景を頭から拭いきれない俺がいるのも事実。
だが、結局は幻想である。
クラスイベントというからには、大掛かりな物を想定していた俺が浅はかだった。
会議室に置かれている足元がガタガタの長テーブル、多少なり雰囲気作りの為か敷かれている白い布、腰を掛けた瞬間に嫌な音を奏でる交響楽団こと、ネジが数本外れたパイプ椅子。
そして誰の金で買ったか分からないようなスーパーの総菜らしきチキンやケーキ……星型に整えられた海苔を纏うおにぎり等の食べ物。
ラノベやアニメにありがちな、教師よりも権力の持った生徒会が存在しない高校のクラスイベントなんてこんなもんが現実だ。
しかしだ、俺も貶すばかりではない。どう交渉したのかは知らないが、一学年の一クラスが体育館を土曜日に貸切る事が出来たのは偉業と言ってもいいだろう、人数に対して体育館が異様に広いのは置いておくけどな。
「木立氏の表情から察するにアニメのクリスマスイベントやギャルゲのクリスマスイベントでも想像していたのは分かりますぞ」
「外れだな、アニメやラノベだ」
「……あまり変わらないでしょうぞ」
俺から見ると藤木田も多少の落胆を否めない表情をしている、陽キャは定かではないが二次元狂信者からするとクリスマスイベントってのは特別で尊い物催しなのだと、俺は代表として声を高々に宣言したい。
「でも木立氏は本当に今日来ても良かったのでしょうか?」
「正直に言うと悩んだが、俺も色々考えがあっての事だ、心配するな」
正直な話で、今朝までは仮病濃厚ではあった。
だが、俺が陽キャの立場で俺が来なかったらどう思うか? 簡単だ、藤木田が情報を俺に洩らしたという考えに至る。
その結果どうなるか? なんて高橋みたいな猿でもわかる。
陽キャは藤木田に良い印象を抱く事はなくなる。藤木田は中学までと異なる青春……クラスに溶け込む事を目的として高校生活を送っていると言っても過言ではない。
他の奴らなんかどうなろうが知った事じゃないが、俺が藤木田の歩く道に石を置くなんて行為はしてはならない。
その事を懸念した、ただそれだけ。
それに顔だけは出したんだ、具合が悪くなった振りをして途中で退室しても文句を言われる筋合いはない。
「それで黒川は?」
「黒川氏ならあちらに」
藤木田の目線を追うと黒川は、自席に置かれた料理を食べ終えていたようで、名も知らないクラスメイトから料理を恵んでもらっているようであった。
「スマホで会話してた頃が懐かしい、最早そういったキャラを演じていた疑いすらあるな」
「どうしたらあそこまで自由に振る舞えるのかを某は知りたいですぞ」
クリスマスイベントとは名ばかりで、まるで休み時間のような雰囲気で俺としては気が楽なのだが、どうやら静かに今日を終わらせる気が無いらしい。
「メガネ、悪いんだけど席変わってくんない?」
「わ、わかりましたぞ!」
今回のターゲットの一人である田中は、藤木田という防壁をいとも簡単に引き剥がし俺の隣へと腰掛ける。
「何か用か?」
「用がなきゃ来ちゃダメなわけ?」
俺の言葉で少々不機嫌そうな……いや、俺の方へ向かってきている時点で不機嫌そうな表情をしていたが、理由は知らない。
それにダメではない、藤木田大先生が用が無くても他愛のない会話をするのが友人である。と言っていたわけだしな。
「何か用があるのか? という意味の振りだ、嫌がってるわけじゃない」
「用は無いけど、アンタ昨日もチャット既読無視したっしょ!」
田中の怒っている理由は俺が返信をしなかった事に対してだったようで、そんなのいつもの事だろう。と言いたいが、口に出してしまったら俺の後頭部さんが痛い痛いしてしまうのでお口にチャックだ。
「既読無視とは人聞きが悪い、既読して返信しようとは考えたが眠気に負けただけだ」
「じゃあ起きたら返すって考えはないわけ?」
「ないな、終わった会話を掘り返してるみたいで嫌だろ?」
「それ含めて、既読無視って言うんだけど! それよりもアンタそれ食べないの?」
残念テーブルに置かれた総菜、その隣の紙皿に並べられているおにぎりを田中は顎の動きと目線で教えてくる。
「俺は母親の握ったおにぎり以外食べられないんだ。どんな奴が握ったか分からん握り飯なんか食えるか、もしかしたら高橋の汚い手で握られたモノかもしれない」
「それ、アタシが握った」
ふーん、そう。
こういう場面でラブコメさんはお約束と言う名のテンプレ仕事をするのか、いつもはロクな仕事をしないくせに、いらない案件ばっか持ってくる営業マンみたいな事しやがって、滅されろ!
しかし、言葉通りに他人の握ったおにぎりとかマジで食いたくないんだが……食わざるを得ない、うん。
「……い、いただきましゅ」
田中が横から俺の咀嚼を見ているのが分かって食いづらい……。こう人に咀嚼を見られるのってあまり気分がいいものではないな。
しかし、抵抗はあったが食べてみると味は普通だ。ここで気の利いた台詞を言うのがギャルゲの主人公だが、生憎のところで俺はそんなキャラじゃない。
「普通のおにぎりだな」
「はぁ……そりゃそうっしょ、おにぎりなんて不味く作る方が難しいし」
そりゃそうとか言いながら俺の咀嚼を見ていたのは何でだよ……まぁいいけど。
「だから昨日のチャットでおにぎりの具の事聞いてきたのか、返信しなくて悪かったな」
「グルチャでみんなに好き嫌い聞いてたんだけど、一人だけ既読つかなくて絶対アンタじゃん。だから個別に聞いたの」
「俺がグルチャを見るなんて一ヶ月に一回くらいだ、それで全部のおにぎりを田中が握ったのか?」
「んなわけないっしょ。流石に総菜だけってのも味気ないじゃん? だから女子全員で早めに来て作った感じ」
しかし田中の発言で一つ腑に落ちない事がある。
「このおにぎりがよく自分のだって分かったな」
「アタシの作ったの誰が食べるとか気になるじゃん? だから海苔の形で分かるようにしといたんだよねー、アンタのテーブルにアタシが作ったの行き届いたのは偶然だけどね」
そんなわけあるか。
偶然にしては出来過ぎている。そして俺の懸念していた俺と田中をくっつけ様としている策は既に始まっているのだろう。
さっきから俺と田中の方を見てニヤつきながら視線を送ってくる高橋と田辺。そして物凄い睨んでくる池田。
池田は別件としても残り二人の猿がジャブを打ってきたのは間違いない。しかし致命傷には至らない、恐らく本番はこの後だろう。
「でも、おにぎりなんて買えやいいのに何で手作りなんだ?」
「ササセンのキャパオーバー」
そうか、この総菜は佐々木の財布から捻出したものか……担任のポケットマネーで食う飯は最高だな、どこにでも売ってそうな総菜でも至高の料理へと変貌する。
「それと女子的には料理出来る事アピールしたいって子も多いかんね、アタシは別にどっちでもよかったけど、おにぎり程度は大した手間じゃないしね」
「真冬なのに青春らしくてムカついてくるな」
「ア、アンタも明日青春らしい事するでしょ……」
まぁ……うん、たしかに。
しかし他意は無い。
それは……俺だけの話にはなるんだけどな。
流石に俺は鈍感系じゃあるまいし気付いている。と言うより体育祭であそこまで言われたら普通の男は気付くに決まってんだろ。
ただ、それが枷になって腫れものに触れるかのように、実らない果実を壊さないようにしてしまっているのは俺の罪だ、目を背けていた爆弾であり……もう爆発する寸前なのだ。
恋は惚れた方の負けと耳にした事がある、俺も同意する。
だがしかし、向けられた好意を一刀両断出来ない俺は勝ち負けでは無く悪人なのだ。明日少しだけ何かが変わる予感がするのは、俺の気のせいだと目を背けていたい。
俺は真実から背を向けるように田中との会話を続ける。
「しかしだ、他人の幸せを見るよりドロドロの情事を見る方がワクワクしないか?」
「相変わらずアンタらしいわ、でも渦中にいたらたまったもんじゃないんだけどね……」
田中が少しだけ思い悩んでいるように見えて俺は声を掛けようとすると猿の学生達の声がスピーカーから飛んでくる。
「んじゃ、みんな結構盛り上がってきたみたいだし、ここでクリスマスイベントの第一弾やりまーっす!」
意気揚々と場を仕切りだす田辺、そして横で堂々とイベントの進行をサポートする高橋。
やはり先ほどのはジャブで、ここから本番が始まるのだろう、高橋のニヤついた笑みが俺の考えが正しい事を教えてきていた。
いつもより少し文字数多いですがmとくにいみはないです!!!




