青春の黒歴史はしまむらによって始まる
五月某日、例のボーリングイベントが開催される事になっているこの日、俺と藤木田は先に合流を行っていた、俺も藤木田もこのような大人数で遊びに行くことがない為に緊張をしていたのだ、緊張のせいか普段より口数は少なく、まるで合コン初心者のように互いに俯きテーブルで対面をしている構図となっている。
お互い数回麦茶を汲むだけの映像が流れていた、そして藤木田が静寂を切って話始める。
「木立氏、某あいにくボーリングの経験がないでございますぞ、ルール自体はググってみたので大方存じておりますが、実際にやってみるとやはり難しい競技でございましたか?」
藤木田は先ほど注いだばかりの麦茶を早々に飲み切っていた、これだけで彼がどれだけ緊張しているかが読み取れる、俺はあえて触れずに返答を行う。
「試合とかじゃないからテキトーにやりゃいいと思うけど、俺自身もボーリングなんて小学生の時に一度やっただけだから大層な事は言えないけどボーリングボールが極端に軽かったり重いボールより自分が重いと思うものよりワンサイズ下を選んだ方がいいかもな」
藤木田は、俺が伝えた言葉の真意を頭で考察し答えを出す。藤木田は本来受験するべき偏差値の高い高校よりも偏差値の低い現在の高校を選んだため、必然的に学年トップクラスの頭脳を持っている、そのため彼の思考は常人よりも早く解を出せていた。
「ボールが軽いとピンに勢いが負けて狙った軌道とズレるからですかな? ただそうなると重いボールを選ぶ方がいいかと思いますが……」
率直な疑問を俺に聞く藤木田という俺と藤木田を知る人物から見ると、珍しい絵に多少の笑みが零れる、そんな存在いないけれども。
普段は逆の立場だがスポーツ等の身体系の実技では経験がモノを言う事を運動が苦手な藤木田は身をもって理解しているようであった。
俺は藤木田の問いに知っている限りの情報を提示する。
「重いのを投げれる事に越した事はないけどそのボールを思い通りの速度や軌道で投げられる筋力が必要になるだろ? ようするに回転力が足りなくなるんだ。そうなると重いボールでもスピードはでないし回転も少なくなりピンに負けるんだ、だから自分が持てる球ではなく無理をせず投げられるボールを選択した方がいいんだ、プロになるとまた別なんだろうけどさ」
俺が思っているよりも詳しかった事に対してか藤木田は小さな拍手を俺に贈る。
「それでは同年代の男子より筋力のない某は軽めのボールになるという事ですかな?」
「そうだな、お前ヒョロヒョロだからなーわりと軽めのボールがマストだろう。ただ最初に言ったけど競技じゃねーし楽しむ方が重要じゃねーかなと俺は思う、笠木が言うには俺と同じレーンに配置されるみたいだし、楽にやりゃいい」
藤木田は多少緊張が解けたかのように声にいつもの覇気が戻ってくる、そして心なしか嬉しそうな表情をしている。
「そうですな……! それでは木立氏のスーパープレイを拝見してから某は投げるとしますぞ」
互いに話せば緊張は解けていく、俺たちはスクールカースト最底辺であり一人じゃ生きられないくらいに弱い、だからお互いを支え合う。
前回助けられたように今回は俺が藤木田より前に出て道を踏み慣らして行かなくてはならない。
余談にはなるが、藤木田は自身の目標は一切語ったことがない、俺は青春ラブコメが目標だと散々豪語してきたが藤木田は自身の目標を語らないのだ、明確な目標が無いのだとは思う。
しかし、藤木田も自身を鼓舞してあのグループチャットの件で首を差し出したように、変わらなくてはいけないと考えている事は確かだ。
俺は今回その手助けをしたいし何より俺も変わらなくては青春ラブコメに辿り着けない。
俺たちは弱い、だから一人で歩かずお互いを励まし合いながら進む。
今日のクラスイベントのボーリングはその一歩だ、青春の隅っこの方にいる俺たちにも青春はあるんだって証明してやろう。
そして俺は腰を上げ藤木田も同様に立ち上がる、軽い雑談を交えながら自宅を出て集合場所であるボーリング場へ向かう事にした。
俺と藤木田がボーリング場についた時には既に多くの人数がいて今回の目的とは反して各グループ毎に各々会話に華を咲かせていた。
藤木田の晒し首によって参加を決めた元ぼっちの参加者達も身を寄せ合いこの場の雰囲気に気圧され周りをキョロキョロ見ながらもボーリングが始まるのを楽しみにしているように感じた。
そんな中、カウンターには教卓に集まるかのように陽キャ軍団の池田と田辺が店員の方と打ち合わせをしていた、普段ただ意味もなく教卓に集まっている彼らだったが今日ばかりは陽キャの本領である管理能力とコミュニケーション能力を発揮し場をクリエイトしていく。
そんな周りの様子を遠目から眺めながら俺と藤木田も溶け込むように会話を始める。
「休日なのにこいつらの顔を見る事になるとは思いもしなかったな」
「某もでございますぞ、しかし青春を楽しんで無事帰還できるといいですな」
俺から見た藤木田は緊張からか多少瞬きが少なく感じた、恐らく藤木田から見た俺も似たような感じで普段と違和感があるだろう。
改めて俺は周りを見渡す、ここで他の生徒と自分たちで気になる点が出てきたのだ。
「なぁ、俺らの服装って変じゃないよな?」
「木立氏も気になりましたか」
俺が気付いたように藤木田も同様に気になっていたようだ。
高校生は本来、大人を指標に育っていく存在であるがファッションに関しては別である、ファッションという分野についての指標は社会人でも大学生でも無く高校生であるのだ。
大学生ともなれば既に多少落ち着きをみせるファッションを展開する人間が多い中、高校生に関しては派手めなファッションをしても背伸びをしたファッションでも映えるのだ、ファッションに関しての嗅覚、トレンドを離さない握力、何をとっても高校生が先行できる分野と言っても過言ではないのだ。
最近まで中学生だったとは言え今回は高校入学後、初のクラスでのイベントであるからこそ自己顕示欲の権化である彼ら彼女らは別方向から見ればファッションショーを開催しているようにも捉えられる。
春らしいパステルカラーを基調とした服装やバリバリのハイブランドで身を包んだり、夏が待ち遠しいのか暑がりなのか夏っぽさを感じるハーフパンツを着用した者までいる。
俺と藤木田だけではない、クラスの大半がここに到着して周りを見て自身のファッションは如何なものだろうか? と自身に問いかけていただろう。
率直に言えば俺と藤木田の服装は特筆すべき部分は無く年相応である、しかし隣の芝生は青く見えるという汎用性の高い言葉をフィルターとして見ると自身の服装に疑問を感じざるを得ない。
しかし彼らが気兼ねなく感想を聞ける相手はお互いのみとなっている、交友関係の狭さから互いを見つめる。
「なぁ藤木田、俺の服装変じゃない?」
そう言われ藤木田は俺の服装を前から後ろから隅々まで確認する、獲物の周りをうろつくハイエナのようにファッションレベルを測る。
「特に何も変ではありませぬぞ! ただシャツに髪の毛が付いておりましたので排除させていただきましたぞ!」
その言葉に安心する、そして俺ももちろん藤木田の服装を確認するため同じように藤木田の周りをうろつく。
「問題はないな、変じゃないぞ」
藤木田もホッとしたように肩を休める。
スクールカースト最底辺の俺達にとってファッションはまるで興味が無かった分野である、また交友関係の狭さからファッションに対しての認識は似たような感覚となっており何の問題もないと判断するのは至極当然であり正当な評価とは言えない。
しかしお互いに手を取り合う事で安心という気持ちをそれぞれが持ち俺達は心音パターンをグリーンに保つことに成功した。
しかし青春のイベントはまだ始まったばかり……。
いやイベント自体は始まってすらいない、これから始まるボーリングでイジられず周りと如何に交流を深めるかが成功条件の藤木田、そして藤木田のバックアップをメインミッションとし無事帰還を悲願とする俺。
そしてサブミッションとして俺は笠木ウォッチング校外版を行う事を目標としていた。
いつの間にか受付には池田と田辺の他にケバ子と高橋、そして笠木が集合していた、制服やジャージ以外の笠木の私服は派手ではなくタイトなネイビーのデニムにブラウンを基調とした黒のボーダーが差し色となったゆったりとしたサイズのシャツ、派手さは無いが、笠木らしい落ち着いた服装をしていた。
というか素体が良いので元々着飾らなくても笠木の場合は何でも似合うのだろう。
今日は休日を潰してまで来た甲斐があった。
某ソシャゲのSSRくらいレアな笠木だ、入場者特典なのが惜しいけどな。
反対にケバ子はまるで歓楽街にいそうなキャバ嬢のような恰好をしていた、どうしてあの対照的な二人が仲良くしているのか不思議である。
微々たる時間だが笠木ウォッチングをしていると、陽キャ軍団と受付の話し合いが終わりモニターには各レーンの参加者名が表示されていた、自身の名前を探すと一番右端のレーンに俺と藤木田の名前が表示されていた。
しかし俺と藤木田は自身とお互いの名前を確認すると同時に最終レーンの最後の参加者の名前に目を奪われてしまった。
《黒川》
紛れもない、俺と藤木田が陰王と勝手に呼称している黒川の名前が表示されていた、彼の名前に驚いた訳ではない、陰王と呼ばれる黒川はこのようなイベントに参加する程コミュニケーションが高くない、そしてぼっちである。
彼は間違いなくこの催しに不参加だと決めつけていた、彼には彼なりの理由があるのだろう、そう思い俺と藤木田は目を合わせたお互いに頷く、藤木田も黒川の参加を予期していなかったのだ、そして俺たちのレーンは間違いなく黒川の参加で異質を放つ特殊なレーンとなっていた。
それどころか既に参加者を把握していた陽キャ軍団を除く全ての参加者が俺たちのレーンのモニターを確認していた、誰しもあの黒川が参加すると思っていなかったのだ。
「藤木田よ、ぶっちゃけ黒川ってどんな奴なんだ? 俺の印象だと暗くて無口でバリバリの実でも口にしたのかってくらい他者を寄せ付けない雰囲気なんだが……」
「某も黒川氏についてはあまり存じておりませぬが、一度黒川氏の席の後ろを通った時に物凄い速さでスマホをイジっておりましたな」
「ぼっちならではのスマホ依存症か、まとめサイトの巡回か元となる掲示板でンゴンゴ書いてたのか? 高橋ほどウザくないなら何でもいいか」
「まぁ高橋氏も悪い部分だけではないのでしょうけどな、某はせっかく同じレーンになったのですから黒川氏とも交流を深めたい所存でございますぞ、もうすぐ宿泊研修がございますし同室になったら会話に花も咲くでしょうしな」
やはり藤木田は高校に入学してから異常な速度で成長をしている、自分と周りの環境をより良い方向へ持っていこうとする努力は良い事だが黒川に関しては完全に自分の世界を持ってる分、悪手ではないかと頭をよぎる。
話しながら俺たちは受付でボーリングシューズのサイズを指定し靴を履き替える、またカウンターの奥を確認するとささやかながら今回のイベントの優勝賞品と見受けられるプレゼントが隠してあった、隠れ切ってないけどな。
そうして周りを見渡すも依然として、黒川の姿は見当たらなかったがクラスイベントの開始時に黒川は姿を現した、周りはもちろん遅刻してきた事もあるが黒川に目を奪われる。
黒川は陰キャながら顔が非常に整っている、長身というわけでもないがモデルのように足は長くスラっとしたスタイルでモデルのようだ、実際街中でスカウトらしき人物と話しているのを見たという声もある。
黒川は陰キャの中でも異質なのである、恵まれた容姿を持ちながらもゲヘナに堕ちてきた存在、北高のルシファーと呼んでもいいくらいだ。
しかし、今回クラスの注目は黒川の顔には無かった。
極端に丈が短くシャツに意味の分からないデカデカと主張する英字プリント、胸元にある謎の穴と紐、これでもかという長さの余った二つ穴のベルト。
サイズが合ってないと思われるパンツ併せて両サイドのポケットには謎のチェック柄の装飾、そして膝付近に貼られた髑髏のワッペン。
「き、木立氏! あれは……」
藤木田すらも驚愕させる男の登場。
「あぁ、間違いないな」
ファッションセンス皆無な俺と藤木田でさえ分かるのだ、クラス中の誰もが理解していた。
黒川はしまむらーである。




