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冬萌は氷の彫像の中にある

 勢いを増した雪に鬱陶しさを感じながら、午前中に足を運んだ店へ向かう。


 俺を嫌ってるとは思えない笑顔で、他愛も無い話をする笠木、目的地で起こり得る不安の種を片隅に置きながらも、雪が春に溶けてなくなるように、あの文化祭後の光景も一時の悪夢であり、幻想だったのかと逃避的な考えを持ってしまう。


 どうやら俺は自分で思っていたよりも、あの出来事がショックだったらしい。半分くらいトラウマと化していると言っても過言ではない。


 それなのに、こうしてまだ横に並び立ちたいなんてどうかしている、本当に。


 メンタルが弱いのか強いのか曖昧にも程がある……しかしだ、嫌われようがお節介を焼いてしまいたくなるのは俺の性分なのか? 笠木だけに良く見られたいのか? 定かでは無いが、執拗に降りかかる雪を払う姿を見ているのだ、俺の好意は行為となるのは必然であった。


「すまん、コンビニに寄っていいか?」

「うん!」


 そう言いながら、再度、雪を払う仕草をする笠木を見つつ店内で傘を一本購入する。

 笠木は律儀に用事な性格か、寒さから逃れるように店内入るのを躊躇っているのか、両手で囲いを作りに白い息を洩らしているようであった。


 俺一人なら傘なんて買わず、雪だるまの中の人として活動を続ける事も可能なのだが、二人も使うんだ、三百円くらい安い出費だろう。


 俺は購入した傘の包装を店内に備え付けられているゴミ箱へ捨てて、外へ出ると笠木が振り向きながら俺を急かすように目的地へ出発する合図とも取れる言葉を紡ごうとする。


「それじゃ行こ――」


 笠木の言葉を遮る形になってしまったが、購入したばかりの傘を広げてみると、わりとサイズが大きく一人だと邪魔になるが二人で使う事を考えたらさほど大きくはないのだろうと思う。


 笠木は、俺か傘かどちらかを見ているのか分からない視線を送りながらも、先程同様に俺の言葉を待っているように思えた。


「……別に笠木の為じゃない、そろそろ雪を払い除けるのにも飽き飽きしていただけだ」


 まだ何も言われていないのに、弁解するように俺は誰も聞いていない言い訳を口に出す。


 恥ずかしさではなく、笠木は自分が人を助ける事は好きでも、人に助けられる事が好きではないと判断しての俺なりの配慮だ。


「しかしだ……女子と歩いているのにも関わらず、男である俺が一人で傘に入っていたら、それはそれで周りの視線が気になるわけだが、どうする?」

「どうするって……入らない――」


 マ!? 流石に予想外なんだが……。


「って言ったらどうする? って、顔すごい引きつってるよ!?」


 笠木も随分と性格が悪くなったようだ、まさかこんな場面でおちょくられるとは思ってもいなかった。というか心臓に悪い。


「き、気のせいだろ、どうする? という問い掛けだが……」


 何やら悪戯を仕掛ける親戚の子供のように、笠木は微笑みとは違う、俺の反応に笑いを堪えるような顔をしていた。


 その顔を見てると、配慮は笠木に伝わっていて、そもそもの話で、この程度の事は配慮する程でも無かったのだと思い始める。


「その答えは、この傘を利用するという返答として受け取る」

「相変わらず遠回りするように言うよね」


 してやられた感が拭えず、敗北感よりも恥ずかしさが先行する俺は、顔を逸らしながらも笠木が入るように傘を差し、ゆっくりと歩き出す。


「傘いくらだったの?」

「三百円だが?」

「今、お財布出しづらいから後で半分払うね!」


 本当に律儀だ、助けられる事が嫌いなのは間違いないのだろうが、貸しを作る事すら笠木の中では無いらしい。


「いや、百五十円くらいなら別にジュースを奢ったみたいなもんだろ、俺の勝手な買い物だ」

「じゃあ、木立くんに傘を差してもらってる行為に対する対価って言うのはどうかな?」


 笠木は意地でもお金を払いたいらしい、俺としては別に意地を張る必要は無いので折れるのが正解だろうと考えた。


「それじゃ、後でな」

「綾香に見られたら勘違いされちゃうかもね」


 田中……? 何故このタイミングで田中が出てくる。


「……え? 本当に分かってないのかな?」

「何の話だ? 田中がどうしたって言うんだ?」


 俺の横で、少しだけ笠木の顔が引いているように思える、また何か、しでかしてしまったのだろうか?


 そんな思いが芽生え始める中で、笠木は解答を俺に教授してくるのだった。


「もしかしたら男子は馴染みが無いのかも知れないけど……私達の状態、相合傘って思うかな……」


 確かに……ギャルゲやラノベでもたまに見るが、そもそもの話で俺は笠木が横にいるだけで、口調は慣れたとは言え、別の意味で意識しているのだ。


 文化祭の時の、間接タピオカじゃあるまいし……強く意識する程でもない。


 しかしだ……笠木もやはり女子らしく、俺を男性として意識しているのだと判明した事には、喜びを隠すようにニヤけそうな口元を固く結ぶ俺がいる。


「そこまで気にするほどでもないし、笠木と一緒にいるのに俺だけ傘を差してる光景を、田中に目撃されたとしよう。田中の手が俺の後頭部を捉える未来が訪れる」


 笠木は俺の言葉通りの光景をイメージしたのか、「ふふっ」と微かに息を洩らす。笠木は少しだけ笑ってしまったのを恥ずかしく隠すように話題を、他の方向へシフトさせてくる。


「そういえばクリスマスの日って綾香とデートするんだよね?」


 やはり、ロリ子だけじゃなく笠木も田中から聞いていたのだろう。女子特有のネットワークってマジ超高速回線な、光とか置き去りにしてる。

 黒川の家が、契約してる回線よりも速そうだ。


「デートの定義が分からないが、俺の中では友人と遊びに行くってだけの話だな。それがたまたまクリスマスだったという偶然だ」

「綾香は……そう思ってないんじゃないかな?」

「田中がどう考えようが……俺の中のデートは付き合ってから発生するものとしてる。それに俺にはやらなくちゃいけない事がいくつかあるんだ」

「やらなくちゃいけない事?」

「あぁ……」


 当の本人に言うつもりはないが、少なくとも俺が問題と考えている笠木との確執を排除出来るまでは、田中の好意を受け入れるつもりはないのだ。

 それに、この状態で受け取ったら夏祭りの二の舞である。


 あんな残酷な間違いを、二度と俺は起こすわけにはいかないのだ。


「変なところで頑固だよね」

「それはお互い様だ」


 徐々に下がる気温。その反面、俺の中では少しづつ氷が溶けるような感覚を抱かせるように「そうかも」と笑う笠木が幻想で無いように祈るばかりであった。

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