冬萌における彼女と彼の交差点
きょの更新になります
笠木の去った喫茶店でゆっくりと時間を掛けてコーヒーを飲み終わった俺は、母親に宣言した通り駅付近にある大型の本屋へ足を運んでいた。
この街では大型の本屋でメジャーな単行本から参考書、そしてマイナーなレーベルのラノベまで幅広く取り扱っている本屋であり、俺が中心部であるこの地に足を踏み入れる理由の大半を占めていると言っても過言ではない場所であった。
本日、三回……笠木との邂逅を果たしている事から、また笠木がいるのではないか? という不安が拭いきれなかったが、仮に笠木がそこへ足を運んでいたとしても、店内が広いおかげで出会う確率などほぼ皆無である。
……というか、待て。
何故に俺が怯えなくちゃいけない、なんなら配慮する事すらおかしいのだ。俺はストーカーをしているわけではなく、単純に休日を過ごしているだけである。
文句を言われる筋合いなど一切無い、そうだ! 俺は無実だ! 国家権力のお世話になる要素など微塵も存在しない。
よし、俺は完全に気持ちを切り替えた。俺は休日を有効活用しよう。俺はたかが本屋に入店するだけで、ここまで思考を張り巡らさなければいけないという事実から目を背ける事にした。
店内は暖房が程よく効いていて、暑くも無く、寒くも無いという配慮がなされていた、元々書籍全般に言える事だが、書籍は気温や水分と言った自然由来の要素に弱い傾向がある。
その為、本屋では空調整備に気を使っている事が多く、ここも顧客に配慮……と言うよりは本に対する配慮なのだろうが、俺にとっても適温である事に変わりはない。
それに梱包が雑だと薄い再生紙を使用している単行本などは直ぐに曲がってしまう、本を読みものという用途だけではなく、本棚を彩る一部として保存するコレクターにとっては、曲がってしまった本は初版でも購入を躊躇う事も多い。
俺の場合は初版に拘る事は無いのだが、購入した書籍が初版だと嬉しく思う。ただ男の子特有のコレクター魂から曲がってしまった本は俺的に無しだと声高らかに宣言したい。
そんな中で、この本屋の梱包は特別に防御力が高いわけではないが、少なくとも折れ曲がっていたりする事もなく丁寧な部類に入る。
俺が本屋に来た理由は幾つかの参考書を確かめる事と、メジャーな書籍ならアニメショップよりもこっちで購入した方が何かとポイントの関係で都合がいいからである。
笠木の存在を警戒するように店内を見回しつつ、エスカレーターで二階へ移動する。気分的にはロールプレイングゲームの終盤、レベルが上がり切っていない状態でダンジョンのセーブポイントを目指す勇者である。
懸念していた笠木の存在は木立レーダーでは感じ取れず無事セーブポイントへ辿り着き、幾つかの参考書を手に取って中身を確認している間に時間は過ぎていった。
流石に笠木の姿は、本屋には無いのだろう。そう判断するのに必要な時間でもあったと俺は思っていた。
一階に降りて、いくつかのアニメ雑誌が発売されていた事を本屋にしては派手なポップで知り、雑誌コーナーにて俺は雑誌を手に取ると青春ジェットコースターさんはいつの間にか、俺を乗せて発車していた事を数秒後に悟る。
本日四度目の「あっ」は存在しなかった。
俺と笠木はまたしても横並びで視線を交差させる、憤怒や嫌悪感というよりは、恐怖と言う感情を抱いているのが笠木の引きつった顔から伺えた。
そして、恐らく俺も顔が引きつっている。何も疚しい事はしていない、堂々とするべきだ木立純一。
だが……笠木の立場ならば俺は間違いなくストーカーの類である、それも全く知らない人間ではなく、笠木の立場からしたら明確に敵意と拒絶を伝えた人間……それが俺だ。
そんな人間と短時間で複数回遭遇するという結果。
この事象が、どんな意味を持っているのか、笠木曰く察しが悪い俺でも流石に分かってしまう。
笠木は取り繕う事もせず、読んでいた雑誌を棚へ戻すと、半分くらい走っているような速度で店内を出て行く。
純一ちょっとショック……。
それにしても、ここまで巡り合ってしまうとは良くも悪くも運命というファンタジーな要素が働いているのではないか? と、頭の片隅に芽生えてしまう。
しかし、笠木がこんな雑誌を読むなんて意外だった。田中から多少聞いていたので驚きはしないが、少しだけ俺の想像していた物とは違った。
興味があるから雑誌を見ていたのは間違いがないのだろう。
俺はそう思い、笠木が読んでいた雑誌をレジまで持っていき購入したのだった。
買った後に気付くが、笠木が読んでいた雑誌を買うなんて、これ完全にストーカーの気質がある。実際はそんなつもりは全く無い。
だが、第三者が事情を知って結論を出すならば、ゴミ箱から異性の私物を漁る変態と、俺の行動は変わらないのではないか?
どちらにせよ……これは必要だと思ったから購入したのだ、他意はない。
誰に言い訳するでも無く、俺は自身の行動を正当化するように心の中で呟くのだった。
最後まで見ていただきありがとうございました!




