冬萌における彼女の秘密
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父親から臨時収入であるダブル諭吉を受け取った翌日の土曜日、俺は朝早くに目を覚ましていた。理由は高揚である、父親を部屋から追い出しベッドで諭吉の出口を探しながら就寝をした。
そう、俺は今日、藤木田と黒川と一緒ではなく、自身の目的の為だけに街へ出掛けるのだ。
スマホの画面に指で軽く触れると、時刻は午前八時に数分で表示が切り替わるだろう。そんな中、社畜の父親に少しでも労いの言葉と感謝を伝えようと、一階の居間へ移動すると、父親の姿は無かった。
恐らく、社畜ならではのムーブで早々に出社したのだろう、俺は心の中で敬礼しつつ居間のソファで寝転がっている母親へ声を掛けた。
「飯は?」
言葉だけ聞くと完全にダメ男の発言そのものだが、そんな発言は聞き慣れているとばかりに母親は一度俺の方を向いて冷蔵庫の方に指先を向けていた。
俺は無言で冷蔵庫から幾つかの皿を取り出し温めようかと思ったが、冷蔵庫に入れられてからそれほど時間は経過していなかったのか、手に持った皿は熱を持っていた。
そのまま、居間のテーブルへ朝ご飯を移動させてルーチンワークのように口へご飯を運んでいると母親から話しかけられる。
「土曜なのに朝早いなんて珍しいけど、どっか行くの?」
「本屋とか……」
母親も度々俺の部屋へ洗濯物等を置きに来ているので、俺の趣味は把握しているのだが、流石に母親に「アニメショップへ美少女キャラクターのグッズを買いに行くんだ!」などと言えるわけがない。
「あらそう、用事無いなら今日おばあちゃん家に顔見せに行こうと思ってたんだけど行かないのね?」
何が楽しくて、青春真っ盛りの高校生が祖母の家に顔を見せに行かなきゃならんのだ。祖母や祖父の家に孫が行くときは小遣いをねだる時くらいだろ。
全国の高校生が陰陽問わずに俺に賛同する事だろう。
しかし、後に俺はここが最後のターニングポイントだったと悟る事になるのだ。
「それにしても高校生になってから外に出るようになったけど、中学と比べて変わったわねー」
「変わらない人間なんていないだろ、人間なんて意識一つで別人だ」
「斜に構えた痛い発言は変わってないけど、周りに感謝しなよ」
母親が息子に痛いなんて言うなよ、母親から今風の言葉聞くと別の意味で痛くて恥ずかしさが出てくるだろ。
しかし、周りが俺を変えたか……それにはグウの音も出ない。
「ごちそうさん」
いただきますは言わないのに、母親との会話を遮るように俺は食事を終えた挨拶を発する。
「まぁ、大人になると言いたい事も言えない世の中に気付いちゃうんだから精々後悔しないように……まぁ絶対に思うところは出てくるんだけどね」
流石、俺の母親だ。良い部分で言葉を終わらせればいいのに、不安を残す様な言葉を付け加える辺りがそっくりだ。
朝ご飯を食べて自室でパソコンのモニターに齧りつき、実物を確かめにいく商品の情報を再度確認したりと時間を潰していると、モニターの右下に表示されている時刻は午前九時四十分過ぎ。
少しだけ身支度を整えて地下鉄に乗って中心部へ出掛ければ完璧な時間だ。
俺は再度一階へ降りて身支度を整え始める、藤木田と黒川に優しくイジられる事が癪で普段は大きく髪を弄る事も無いのだが、今日に限っては少し冒険をするかのように長い髪を弄くり回す。
それだけ俺の気分は高揚していたのだ、スクールバッグに恥ずかしさから付けられず、部屋のインテリアと化すアニメキャラのグッズなんて無意味な物を買う。
でも、それがいいのだ、オタクとは元来そういう無意味で生産性が皆無と評されるような事にこそ注力をする人間なのだ。
間違ってるなんて言わせておけばいい、先程の母親の言葉に感化されたわけでは無いが、後悔が無いように、大人になっても嘆くより苦笑い出来るくらいに俺の青春を彩りたい。
そう思いながら、少しだけ気恥ずかしさを覚える髪の毛を触りながら俺は、肌寒さに身構えながら、限りなく水色に近いマフラーで口元を隠すように巻いて家の扉を開け放った。
外の空気は予想より寒く感じなかったのは、マフラーのおかげなのか気温が冬にしては高いからか、太陽の日差しがここ数日の中で一番強く感じられる。
家から少しだけ歩いていて気付いたが、どうやら昨晩は雪が降ったらしい、真新しい足跡や撥ねた泥の模様が付いていない白銀の道に足跡を残していく。
少しだけいい気分になりながらも、駅へ歩みを進めて行く。流石に駅付近まで近づくと、俺以外の人間の足跡や汚れた雪が目立つようになってきた。
地下鉄の入り口で少しだけ靴に付着した雪を、靴のつま先で地面を鳴らして落とす。溶けた雪が水分に変わり地下鉄入り口の段差を輝かせている。
雪が降る街の人間なら理解出来るその脅威への対策として設置されている、手すりを掴みゆっくりと階段を降りていき、券売機で切符を購入して改札を通り抜ける。
地下鉄が到着するのをボーッと待っていると、数分で地下鉄が到着する、土曜という事もあり空いている車内に入り込もうとすると、俺専用の脅威と目が合う。
「あっ」
先に声を上げたのは俺。その後に続くように彼女は少しだけ嫌そうな顔をして俺と同様に「あっ」と発した。
そう、この時点で間違っていたのだ、俺は少しだけ違う位置で地下鉄を待つか、時間をズラすべきだったのだと後に思うのであった。
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