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青春ジェットコースターは加速する

 俺と藤木田は学校に到着しそれぞれの席をへ着く、相変わらず教室の前方の教卓には陽キャが円卓の騎士ごっこを繰り広げている姿を見るのが恒例行事となりつつあった。


 ケバ子にバカの田辺、キョロ充の高橋、あざといロリ子、恵体の池田、そこで一人足りない事に気付く。

 今日は珍しく笠木の姿が教卓の周りに無かった、毎朝ケバ子と一緒に来ているのにいないという事は休みなのかもしれない。

 すると予鈴が鳴ると同時に教室のドアが開き笠木がやってくる、結構息切れをしていてレアな笠木を視認出来て俺は笑みを浮かべる。

 笠木は前方の席の陽キャ軍団に挨拶を交わしながら俺の隣の席へやってくる。


 席に着いた笠木はグデっとした体勢で疲れ切っていた、昨日の誤解を解消してくれたお礼を言いたいが普通に話しかける事すらハードルが高いのにこの状態の笠木に話しかけるとか無理があると考え、俺は前方を向き直すが、ふいに声を掛けられる。


「はぁ……おはよう、木立くん」

「ふぇ?」


 笠木は腕を机に伸ばした状態のまま顔をこっちに向けて挨拶をしてくる、いつの間にかラブコメが始まっていたようだ、青春ラブコメの主人公はこんな気分なのだろうか?


「木立くん……?」

「あ、おはようございます。笠木さん」


 相変わらず敬語が抜けきらないのと語尾が縮小されていく癖は治らないが俺にとって大きな一歩であることは間違いない。

 ここから、始めましょう。一から……いいえ、マイナスから!

恐らく評価的にはマイナスと言っても過言ではないが、とあるアニメキャラの名言が俺の頭にはセットされてしまっていた。


 今日から始まるんだ俺の――

 Re:マイナスから始まる青春ラブコメ生活が!


 そこで俺は我に返る、いつもの流れではないだろうか? 早とちりし勘違いをして絶望に染まる青春ジェットコースターではないかと……。

 ダメだ! 調子に乗るな、ぬか喜びをするな、絶対に急降下するぞ、復唱しろ! 俺は陰キャ俺は陰キャ俺は陰キャ俺は――。


「昨日誤解解けて良かったね!」


 再三に渡る注意事項だが、俺は陰キャである。

 どれだけ自制心が強かろうが、非の打ちどころの無い美人である笠木に挨拶をされただけでも称賛に値する、そんな男が笑顔を向けられる。


 俺は青春ジェットコースターに乗車するしかなかった。


 脳内では僅かながらの自制心とスタンド藤木田が必至で俺を止めている、しかし俺は安全バーを装着せず青春ジェットコースターに乗り込む、もう自制心は見えなくなっていた。

 この笑顔は多数に向けられたモノではなく俺だけに向けられた言葉と笑顔……いいんでしょうか? 俺は幸せになっても……雪と添い遂げてもいいんでしょうか?


「あ、あぁ、ありがとう! 笠木さんのオカゲダヨ!」


 やはり女子と喋るのは緊張する。相手が笠木なら尚更意識してしまってまともに話せない。


「アハハッ! 息切れてるのに笑っちゃうから、どういたしまして!」

「そ、そういえば遅刻ギリギリだったのは何かあったのか?」


 素直に疑問を投げかけてみる。


「んー今日は朝から犬の散歩しててね、後は夜更かししちゃって」


 笠木がチャットのアイコンにしていたポメラニアンを思い出す、しかし夜更かしって事はグループチャットで深夜までワチャワチャしていたのか……体力すげーな、俺だったらダルすぎて休むわ。


「グループのヤツとか?」


 笠木は珍しく小悪魔みたいな顔をして俺を見つめる。

緊張して俺も視線を動かせないでいると、笠木の薄い口元が多少吊り上がり発するのだった。


「それもあるけど木立くんから返信ずっと来なかったからねー寝てるかもとは思ったんだけども少し待ってみたの」

「え?」


 俺はこの時、笠木が何を言っているのかを理解出来ていなかった、朝からのイベントで俺の弱メンタルメーターは限界を振り切っていた。


「その返信待ってたら寝れなかったなー」


 笠木は机の下で足をパタパタさせながら再度伝える。


「グループチャットで俺宛に何かチャット送ったとか?」


 笠木は多少驚いた表情をして足を動かすのを止めた、俺は今の発言で何故笠木の様子が変化したのかを理解出来ていなく困惑していた。


「え? もしかして届いてなかったりする?私、木立くんに個別のチャット送ったんだけど……」


 藤木田、俺今日ラブコメするみたいだ、見守っていてくれ。


「個別にチャット? あー多分見ていないかも……です」


 またしても敬語が復活してしまうくらいに緊張していた。


「また敬語出てきちゃってるね、同い年なんだし使わない方が自然だから本当に気にしなくていいんだよ?気付いて無かったなら仕方ないよー」

「すみま……ごめん、今確認するんで」


 俺は机の横にかけたスクールバッグからスマホを取り出しアイコンをタップする。


 通知には大量のグループチャットの通知と藤木田からの深夜アニメレビューのメッセージ、笠木からのメッセージが表示されていた。


 藤木田とグループチャットの通知をスルーしてポメラニアンのアイコンからのメッセージをタップする。


 【笠木雪:みんなに誤解解くの終わったから安心してね! 後、友達登録よろしくね!】


 というチャットと猫が両手を広げたスタンプ。


 本当にあの笠木からのチャットが届いている事への感動と俺は笠木とチャット交換をしてしまっていた事、犬も猫も好きなのかというこの場に関係のない考察が頭の中をグルグル回転していた。


「見たかな?」


 腕に頭を委ね、笠木は着席後からの体勢を崩さずに伺ってくる。


「……うん、えっと改めてになるけど助かった、後、気付かなくて悪い」


 これだけの為に彼女は夜更かしをしたのだろうか、健気過ぎるのではないか? そう俺が思ったところで笠木はクスクスと顔を隠しながら笑いだす。


「そのせいで夜更かししたのは冗談だけどね」

「え?! そうなの?」

「うん、返信を待つようなチャットじゃないし待たないよー意地悪しちゃったね」


 笠木にしては珍しい、というか初だが、小悪魔笠木は有りだな! 打ち解けるというのはこういう事を言うのだろうか?

 そして聞き取りづらいような小ささで笠木は《とある言葉》を放つ、そして俺はそれを聞かない事にしてスマホに目を配らせる。

 笠木が夜更かしした原因が自分じゃなかった事の反面、自分が原因でありたかったという天使と悪魔がガタガタ言っている。


「……いや気にしないでっ! あっ友達登録したのでよろしくです」

「ありがとう、こちらこそ改めてよろしくね、木立くん」


 言葉を言い切るのと同時に笠木は姿勢を正し一時限目の授業の準備を黙々と始める、先ほどとは打って変わって、メリハリのある行動をする様を俺は横目で見ていた。


 今回の青春ジェットコースターは非常に緩やかだったと思う、実際のところラブコメのラブの部分が欠如しているのでラブコメとは言えないが、それでも振り落とされずゴールまで辿り着いたのは事実であった。


 しかし俺は考える、引っかかるあの発言を。


 俺は別に一時期流行った難聴系主人公ではない、むしろ耳が良いとまで自負している、笠木は美人でスタイルが良く成績優秀でクラスの陽キャでありながらも陰キャに偏見の目を向けずに接している、エンジェルのような存在である、ただ……彼女のあの呟くような発言は間違いなく陰キャが持つ思考と似ている


 聞かれてもいいと思ったのか、俺に聞こえる様に言ったのかは定かではないし真意はわからない、しかし笠木は俺の前で恐らく円卓の騎士連中には言えないような事を話したのだ。


《ただ私は既読無視とかそういうの結構気になるのは事実かなーなんか怖くて……》


 笠木雪という量産型のテンプレ天使ではなく、笠木雪という人間の一言が俺の頭の中で延々とリピートされてしばらく離れる事はなかった。

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