冬萌で大地を踏む
きょの更新2です!
藤木田の話を聞いた高橋は、獲物を見つけたように口元をニヤニヤと歪な形に変貌させ教卓にいる田辺を俺の机の周りへ招き始めた。
高橋の手招きに応じた田辺と、釣られるように数人が俺の机の周りに集まるという、俺の人生で初の圧力を体験する事となった。
高橋と藤木田は田辺達にクリスマスパーティーの概要を説明している中、俺を囲む肉壁の一部として機能していたロリ子は、悪魔のような笑みを浮かべている。
悪魔とか現実に存在しないし、顔すら見た事がない。
だが……俺は断言しよう、悪魔とか現実にいるなら絶対今のロリ子のような顔をしていると。
もう面倒だから結果だけ伝えてくれ、俺の机の周りでやる必要が無いだろ、お前らが愛して止まない教卓が泣いてるぞ。
そんな中、普段よりも少し遅く登校した田中は、ロリ子の背後から顔を見せると、引きつった顔で俺の方へ詰め寄ってくる。
「……アンタまた何かしたの!?」
田中から見ても俺の机の周りに、これだけ人が集まっている光景に違和感しか無いのだろう。田中の言葉は外れているが、そう言われても仕方ないとしか言いようがないのが陰キャの俺である。
俺は田中にだけ聞こえるようにボリュームを落として返答をする。
「いや、俺にもよく分からんが、俺と田中にとって良くない事が起きるだろう。と未来予知をしてみる」
「はぁ?」
そんな中、説明が終わったのか高橋と藤木田から概要を伝えられたであろう田辺は俺と田中が望まない宣言をする。
「これもう、みんなでやるしかなくね~?」
主語が無くても何が言いたいのか俺にはよく分かる、田辺は陽キャの中の陽キャ、裏を支配するのが脳筋の池田なら、表を支配するのは必然的にパリピの田辺だ。
俺の考え通りに田中と俺の予定を崩すかのように田辺は言っているのだ。俺達だけに告げた田辺は肉壁の役目を放棄して愛する教卓の前へ帰っていくと手をパンパンと二回鳴らす。
「ちょい! みんな聞いて、めっちゃ突然なんだけどクリパやんない?」
田辺の発言で入学当初のイベントであったボーリングを思い出し、少し懐かしさもあるが、今はそんな場合じゃない。
藤木田の持ち込んだ企画が個人の域を飛び出して、クラス中に拡散されているのだ、拡散しているのは田辺であり、当の本人はオロオロしているが、藤木田としては喜ばしい事なんじゃないだろうか?
そんな事を考えながらも、田辺の説明を右から左へ聞き流すように俺は、汗ダラでしかない。田中ですら「あっヤバイ……」みたいな顔をしているところを見ると俺と同じ事を考えているのだろう。
田辺や高橋が何も言ってこない、そしてクラスでのクリスマスイベントを大々的に開催すると宣言している事から、俺と田中がクリスマスに遊ぶのを知っているのは、恐らく俺達二人とロリ子……そして笠木だろう。
実際のところ笠木が知っているのかは知らないが、ロリ子に言うくらいなら笠木にも伝えていると考えて間違いはない。
手っ取り早い解決策としては、俺と田中がクリスマスに遊ぶと言っちゃえばいいのだが、現実はそう簡単にはいかない。
クリスマスに遊ぶという行為は俺の中では友達同士の範疇であるのだが、今朝ロリ子が言ったように一般的な解釈では特別な意味があると捉えられてしまうらしい。
俺や田中が言い訳しようが少数の意見は、多数の野次に押し潰されるのは明白である。
「……これどうすん?」
「分からん、このまま流れに乗ると俺達も参加させられる事になるのだけは分かる」
田中も俺が何かやってしまったのなら怒りの矛先を惜しみなく、俺に向けてくるのだが、田辺も藤木田も一切の悪気が無く怒るに怒れないのだろう。
俺も早々に藤木田に伝えておくべきだったと、後悔の念が背中に纏わりついているのが分かる。
田辺は相変わらず教卓前で藤木田の企画書を読みながら、クラス中へ話しかけたりクラスメイトからの質問を返していた。
「木立氏! 何か大人数になっちゃいましたがクリスマス楽しみですな!」
「ふっ……俺としては俺達三人が良かったのだが仕方ない」
先ほどまでオロオロしていた藤木田はやはり自分の企画への賛同が多くて嬉しいのか、それともクリスマスを俺達と過ごせるから嬉しいのかは、分からないが楽しそうに笑っていた。
黒川も口では、難を示しているが、口元から察するにイベントに対しては悪く思っていないのだろう。
「じゃあ、二十四日がクリスマスパーティーって事でよろしくぅ!」
田辺が放った二十四日という日程、ならば本来のクリスマスである二十五日はフリーという事になる。俺は依然と机の周りで髪の毛をクルクルと弄って機嫌が悪そうだった田中へ目配せすると田中も俺の方を向いて一度分かっていると合図するように一度だけ頷いて見せてくる。
「流石に二日連続開催とかは無さそうで良かったな、田中……二十五日で問題はないか?」
「うん、アタシもそれ懸念してたけど……その日で大丈夫」
少しだけ機嫌を元に戻した田中に安心する俺。
いや、俺は一切悪くないんだけどな……。
田辺の演説とも言えるクリスマスイベントへの説明が行われながら、俺の机の周りにいたクラスメイトや陽キャが波を引くように少なくなっていく。
「二十五日空いてて良かったね」
やはり、田中かロリ子から聞いていたのか知らないが、笠木は珍しく挨拶以外の言葉で俺に話しかけてくる。
「そうだな、それで笠木も参加するんだろ?」
笠木からの返答はいつもより間が長く感じられながらも、俺の質問に対して不可解な返答でボールが投げられる。
「私が誘われたわけじゃないから、行かないかな」
私が……? 何言ってるんだ、さっき田辺はクラス全員に向けて誘っていただろ。
俺との距離が離れているのは仕方ないとしても、クラスという大きなカテゴリーを遠目に見ている笠木をイメージ出来てしまうのは俺の考えすぎなのだろうか?
「笠木が来ないと悲しむ奴らがいるぞ、何か特別な用事があるなら別だが、笠木が来て文句言う奴なんかいないだろ」
「……ん、そういう意味じゃないんだけど、木立くんは私が参加した方がいいって思うかな?」
俺に放たれたその言葉の主である笠木の表情は、怯えているように見えた。質問と表情がまったく合っていない。
そして……その言葉にどんな思いが込められているのか現時点の俺に知る由も無いのだ。だから決定打になるボールなんて投げてやれないけど、少しでも笠木に触れるように言葉を大海から拾う。
「参加するかしないかを決めるのは笠木の意思だ。ただ……そういうイベントで笠木の姿を探す奴だっていると……俺は思う」
「そっか、じゃあ考えてみるね」
そこで笠木とのキャッチボールは終了し、田辺の演説中に予鈴が鳴った事でクラスの熱狂は一時止む事となった。
俺は未だに笠木の真意を読み取れていない、笠木の目的を。
ただ、確信を得た事が幾つかある。今朝のロリ子の発言、俺の周りに集まったクラスメイト。
恐らく俺は……青春の隅っこの方を抜け出してしまっている。そんな俺とは対照的な位置に笠木がいるように思えるのは、俺の考えすぎだと思いたい。
最後まで見ていただきありがマン!




