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青春は些細な出来事でも大袈裟に語られてしまう

 藤木田正敏は考えていた。


 友人である木立純一には縮こまった青春の中で楽しむのもいいが青春を謳歌する為に、もう少しだけATフィールドを取っ払って外の世界へ飛び込んでほしいと。

 彼の一番の友人が自分であり彼にとっても一番の友人が自分である事に間違いはないと確信を得ている、そして彼が自分以外のクラスメイトと仲良くなっても変わらずに接してくれる存在であると断言出来る、だからこそ彼には彼の悲願である青春ラブコメを送らせてあげたいのだ。


 しかし昼休みのグループチャット攻略作戦の最後に彼が嫌な笑みを浮かべた事が気になっていた、木立はテンションの浮き沈みは激しくメンタルが激弱だ、狂メンタルではあるが狂メンタルが良い方向へ傾いた事は自分が知る限り一度もない、むしろ毎回、調子に乗って残念な結果で終わっている。


 昼休みの最後に彼が浮かべた口元の端をニヤリとしたあの顔は確実に碌でもない結果を残すであろうという悪寒にも近い映像が頭に浮かんでいる。

 最悪卒業までイジり倒され学校へ来なくなる結果さえある、それは友人と過ごす青春を送れなくなる自分にとっても良くない結果であると同時に木立が自身の首を絞めるのと変わらない哀れな最後になるであろうと確信していた。


「やはり、し……親友である某が無理やりにでも阻止しなくてはならないでございますぞ!」


 藤木田は決意する、親友という自身がこれまで口に出す事を恥ずかしさから拒んでいた親友という単語をつぶやく。

 我が親友を救ってみせると。

 まるでタイムリープアニメの主人公の様な気持ちで彼は授業中に呟くのであった、そして彼は思ったより声がデカく対象である木立に何か独り言を放っていたのを露見している事に気付いていなかった。



 俺は考え事をしている最中に聞き覚えのある声がする事に気付く。声の主の方へ俺は顔を向けると、藤木田が何やら授業中にしては比較的音量の高い声でなにやら独り言を言いながらガッツポーズをしている事に気付いた。

 

 俺同様に隣の女生徒も藤木田の奇行に気付いたようで数秒その姿を眺めると、自身の机を俺の方へ寄せてくる、後で教えてやらねば藤木田が今よりも更にクラスでの地位を低くしてしまうので教えてやろうと思う。

 しかし今は藤木田よりもグループチャットの件が優先である。

 俺はグループチャットにて送信する最初の発言を考えていた、普段は笠木ウォッチングしかする事のないような陰キャではあるが、このクラスで俺という存在の認知度は限りなく低い。

 ストーカー疑惑事件にてケバ子が俺の存在を覚えていなかったのが何よりの証拠だ。即ちグループチャットでの俺の発言がクラスの人間にとっての第一印象となるのだ。


 人は第一印象が全てと言っても過言ではない、それは見た目だけではなく言動も含まれる、今回のグループチャットにおいて言うならば全てである。

 その為、藤木田の教授の通り、一部の人間に嫌悪感を抱かれやすいアニメ等ではなく万人受けするような発言を行う必要があるのだ。しかしその他大多数に埋もれてはいけない。

 嫌な尖り方をするのではなく先端が丸い尖り方、主張をするべきであると俺は考えているが、いかんせん難しい。


 滅多に使わない思考回路を使用したせいで笠木成分が足りない事に気付くと俺は横目で笠木ウォッチングを開始する。

 今日も笠木はエンジェルだ、相変わらず艶を主張する茶色い髪と毛先を内側に流すようなミディアムボブ、そして横顔からでも見とれる鼻筋もクッキリしている、そしてクリッとした目も相まって似合っている、良かったな笠木のパーツ達……いい宿主に恵まれたぞ。

 そしてそんな笠木を見て思い出す、授業中に笠木が猫のイラストを描いていた事を。


 となれば笠木受けを狙うならば、単純に猫関連がいいのではと思い、俺は自身のスマホで所有するスタンプを確認する。

 どれもこれも藤木田に送るしかないアニメスタンプばかりで話にならなかったが、以前スタンプを購入する為にチャージした金額の端数が余っている。

 俺はスタンプショップへ移動し検索ワードで【猫】と入力するといくつもの猫のスタンプが表示される。

 その中でもリアルな猫ではなくアニメ風に描かれたスタンプをチョイスして俺は購入を確定させる。

 これで準備万端だ、やはり日々の笠木ウォッチングは大事であり、これからも続けようと心に誓った。


 そして、俺が考え事している間もチラホラ聞こえてくる友人の声が気になり再度顔を向けると、両手で小刻みにガッツポーズをしながらニヤけている姿が見て取れた。

 藤木田は隣の女生徒が更に距離を空けた事、前方の席の男子が後ろをチラチラ警戒し始めた事に気付かずに一人何かに没頭しているようであった。


 そして授業が終了し俺は藤木田に授業中の奇っ怪な行動を問いただす事と率直に気持ち悪かった事を告げる為、席を立とうとすると藤木田の方から俺の席まで足を運んできた。


「木立氏、スマホを貸してくだされ、設定で忘れていた事がございましてな」

「設定? あれ以上何かあるのか? アニメ系の画像や気持ち悪い文章は削除したはずだが」

「ハハッ! 某ウッカリしておりましてな、一ヶ所だけ忘れておりましたぞ!」


 先ほどの授業中の様子のおかしさとわざとらしい笑い方に違和感を覚える。

 コイツに限って何かイタズラとかするとは考えにくいな、だけど今日コイツ変だからなぁ……。


「なぁ、何か隠してない? というか授業中も変な動きしてたし周りドン引きだったぞ、隣の女生徒なんか机をガタガタさせてお前との距離は取ってたぞ、独り言うるさかったし」

「な!?」


 俺の一言で藤木田は固まる。


「やっぱり気付いてなかったか……友人として忠告するけど止めた方がいいぞ」

「そこまで狂人じみた行動を某がしていたという事でございましたか?」

「あぁ、正直俺を狂メンタルとか言うが大概だぞ、やはり似た者同志が集まるように出来てるんだな、陽キャがそうであるように」


 俺が藤木田を慰める様に少しお道化た会話をしていると藤木田の顔から表情が消えた。


「……木立氏、とりあえずスマホを渡してくだされ」


 いきなり藤木田が冷静さを取り戻して真顔で手を差し出す事に俺は得体の知れない恐怖を覚える。


「え? なんか怖いから嫌だ、設定の話なら教えてくれたら自分でする」

「某を信用していないでございますか?」

「いや、それとは話が別だけどお前真顔で目が死んでんだもん、さっきの狂人行動もあるから何をされるかわかったもんじゃねぇ」

「わかりましたぞ……では!」


 言葉を放つと同時に藤木田は俺の手からスマホを奪い取り教室から走って出ていく、予想だにしない藤木田の行動で俺の思考は一瞬停止する。


「は? お前ええぇぇぇ! ちょっと待てえぇぇ!」


 数秒フリーズした後に追いかける。

 時間にして十数秒程度だった事と藤木田の足の遅さも相まって直ぐに捕まえる事ができた、藤木田を捕まえた後、スマホを奪い取り中身を確認するが異変は見当たらない。


「おい、何しやがった」

「某の勝ちですぞ……!」


 藤木田の言葉の直後、俺のスマホの画面が明かりを灯し、藤木田のチャット以外で使用される事の無かったはずのアプリからの通知音が鳴る。


「は?」


 藤木田しか友達リストに入っていないのが俺のスマホである。

 当人が目の前にいる状況でチャットアプリの通知音が鳴っている不可解な現象であった。


「これで某も木立氏も救われたのですぞ」


 スマホをスライドさせチャットアプリを開く、そして何故か訳の分からないアカウント名と会話履歴にはそのアカウントが存在している、そして一件の着信はそのアカウントからであった。

 

 《よろしくね!》の文字の後に猫の絵文字が付いた可愛らしい文面、そしてタップしたアカウント名と異なる名前表示からのメッセージであった。


 【笠木雪:……? えっと、よろしくね】


 この時俺の理解は現実に追いついていなかった。


「木立氏、気付きましたかな?」

「いやよく分からんが笠木と思われるアカウントからメッセージが届いたな」


 息が整った藤木田は満足げに言う。


「某が木立氏をグループに入れて既に挨拶を済ませておきましたぞ!」


 そして藤木田はグッと親指で合図をしてくる。


「え? これグループなの? だからアカウント名がウチのクラス名になってたのか、ていうか挨拶したって何を送りやがった」

「木立氏が嫌な笑みを浮かべておりましたのを某は気付きましてな、妙な一言を送ると予想して無難に【よろしくね!】とだけ送らせていただきましたぞ!」

「妙な一言って俺が送ろうとしてたのはスタンプだぞ」

「木立氏が送ろうとしていたのはどうせ、美少女キャラしか映っていないスタンプでしょうに」

「いや、猫のスタンプだけど」


 藤木田と木立、温度差はあれど彼らのいる廊下の時が止まったように感じる。


「そ、そんなスタンプ木立氏が持っているわけ…」

「だからさっき授業中に買ったんだよ、笠木ウォッチングしてた時に笠木がノートに猫のイラストを描いててな、好きなのかなと思って」

「も、も、申し訳ないでございますぞおぉぉ! 木立氏!」


 いきなり廊下で崩れ落ちながら叫ぶ陰キャ、その行動の対処が出来ずオロオロする陰キャ、クラスのドアから生徒が出てきたり顔を覗かせたりで注目される。

 まるで見世物小屋の住人になった気分だ。


「藤木田、いいから立て! 注目されすぎて具合が悪くなる」

「許してくだされえぇ! バカな木立氏がそこまで考えてるなんて某は……! 某は!」


 謝りながらディスるとかどういう顔していいか分からないから止めて欲しい。

 俺は注目から逃れる様に藤木田を引きづって人目から離れる様に移動する。


(なーあの小さい方、陰キャじゃないのか? デカイ陰キャ泣いてたぞ)

(え? 大人しそうなのに、片方土下座させられてたよね?)

(土下座までしたのに引きずってたぞ、アイツヤバイ奴なんじゃね?)

(先生呼んでないの?! あれイジメだよね?)


「まぁ俺を心配しての行動だったのは分かったけどさ」

「えぇ、某が見誤っておりました……」


 俺はスマホをから視線を離さず藤木田に伝えるのだった。


「いや、グループチャットに打った俺のアカウントからのメッセージよく見てみろよ」


 木立の言う通り藤木田は自身のスマホでグループチャットを確認する、笠木雪のメッセージの上には……


【木立純一:よごしてね?】


「お前、焦って打ったから疑問形になってるし、何より誤解されそうな内容なんだけど……」

「す、すまぬ……!」


 この時の俺は知らない、変態且つ友人を廊下で土下座させるヤバイ奴として認識され始めている事を。

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