幕間:とある××××の苦悩
今回の幕間は笠木さんの視点でございます。
本棚に並べられた本の中から読みたい本を探すけど、どれも擦り切れるくらい読んでしまったのが理由なのか、どうも手に取る気にならなかった。
学校から帰って制服を着替えて、今日の出来事を一つ一つ思い出す、関わってきた一人一人の顔を鮮明にどのような表情をしていたのかを考え自分の失言を探す。
ベッドの上に身体を預けていると、今朝空になった炊飯器の事を思い出す。そういえばお米炊かなきゃ、おかずは……無かったら無かったでいいや。
「ちゃんと出来てたかなぁ……」
誰からも返答の無い独り言を空気に混ぜる、私はちゃんと《笠木雪》を演じれているのだろうか? 強がってみて中学時代とは打って変わって大海に身を置いた。
たくさん勉強も頑張ったし、運動も頑張った。苦手だったけどコミュニケーションの方も頑張った。
その結果で、たくさんの人の笑顔を見た。たまに悪意を向けてくる人もいるけど……。
考えてもキリがないかな? それでも考えちゃうんだけど……。
「また嘘吐かれちゃった……私、まだ頼りないかなぁ」
ベッドの上で身体をゴロンと回しながら壁に掛けられたコルクボードを見ると、高校で出来た友達との写真が溢れている。
入学式、遅めのお花見、宿泊研修、夏休みの海、そしてハロウィン。その中でも真新しいハロウィンの写真は穴だらけになっていた。
自分でも最低な事をしていると分かっている、ただ、もう一つの気持ちと身体がベッドから私を剥がしコルクボードの前へ誘う。
今日も彼の言葉や態度が私の存在価値を薄めていくから私は画鋲で写真の中の彼を何度も刺す、刺す、力強く――何度も穴だけで彼の存在が消えるように刺す。
「ごめんなさい……」
彼に悪気が無い事、むしろ善意でやってくれている事は伝わってきている。客観的に考えて私の行為の方こそ非難されるのも分かってる、ただ他の皆は知らない、私にとって彼は悪意無き悪役である事を。
一通り何度も写真の中の彼を刺していると、スマートフォンが鳴っていた。最後の一刺しをして私は、スマートフォンには、最近無理やり連絡先を交換させられた上級生からの誘いが届いていた。
もう高校に入学してから何度も似たようなメッセージを貰った。最初の頃はそれが怖くて仕方なかった、今ではもう何も……。
そのまま上級生からのメッセージを閉じて賑わっているグループチャットを開くと、今日彼がまた何かやったみたい、大吉や圭太が直接的では無いにしろ彼を賞賛しているのが分かった、また彼は悪意無き悪役として私の存在を薄めてきている。
ふと、鞄を見ると彼の友人から渡されたサンドイッチとお茶が未開封のまま入っていた。こんな些細な事ですら彼は気付いてくれるのに、彼の善意を踏み躙るように私はゴミ箱にゆっくりと彼からの差し入れを落とす。
「ごめんなさい……」
誰が私の行為を見ているでも無いのに罪悪感だけは消えてはくれない。
彼は紛れも無い私にとってのヒーロー、彼が中学時代にいたら私を救ってくれたと思う。多分だけどそんな気がする。そうだったら私の未来は違う方向に進んでいたって言える。
本棚には幼い頃から両親に買ってもらった本と自分でコツコツ買い集めた本が存在を主張していた。誰かを助ける為に存在する私の憧れがいっぱい詰まった宝物、綾香ですら知らない私だけの秘密。
しかし、自分すら救えない私に、誰かを救うなんて大義は出来なかった、それでも足掻いた。
私に出来る事からコツコツと、地道に――そして些細な事で逃げ出した私の前に、ノンフィクションのヒーローが現れた。普段の彼からは想像出来ない大胆な行動と言葉。
そして救われて私は彼に憧れた、彼のように成りたかった。
そして彼が私を必要といってくれた時は嬉しかった、ヒーローの彼が私を必要と言っている気がした、全部取り繕った嘘だったけど。
そんな彼の存在は、先程のグループチャットのように私の領域を侵食し始めた。まだ大丈夫、大丈夫だから、頑張って私、頑張って《笠木雪》頑張れ。
そう唱え続けて、どうにか踏み止まってるけど限界に近いと思う。
正直なところ、ミス北高には気が進まない、そういった対象として見られるのは自分でも違うと思うし辞退出来るなら直ぐにでも辞退したい。
それでも、私にしか出来ない、私がいないと成り立たないと言われると断れなかったし私はやるしか無くなる。だって私が必要とされなきゃ生きてる意味が無いから。
ミス北高、それは彼には出来ない事であるし私の最後の砦、ここで逃げてしまったら私はもう……。
彼は褒めてくれるかな? ちゃんと出来たら私の事を認めてくれるかな? 穴だらけの彼に向けて視線を送るが、もう目すら無い彼が私を見る事は無かった。
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とんでもない事を言っちゃった、もう取り返しは付かない……今まで積み重なった彼への憧れを憎しみと嫉妬が覆い潰した。
去り際に見た彼の表情は、私が見た事の無い顔をしていた。その瞬間に後悔したけど、もう手遅れ。
私は理想の私から遠ざかっていくのが分かる、誰かを救うどころか、彼を壊してしまった。
助けられて嬉しかった、彼が私に最大限まで配慮して負担を軽くしてくれた事も知っていた。昨日だって彼と回った文化祭は思いの外、楽しくて嬉しくて嫌な事を忘れさせてくれた。
ただ、今日はダメだった、私に出来ない事を軽々とする彼へのドロドロとした感情が……積み重なった彼へのストレスが私の殻を決壊させた。
今直ぐにでも謝りに行くべきなのは分かっている、ただ……もう元には戻らないと思う、足は動かない。
彼は私にとっての悪役で、私は彼にとっての悪役になったみたい。
もう誰も救われない。
最後まで見ていただきありがとうございます!




