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秋愁のエピローグ

 祭りの後とは言い難い状況であり、グラウンドにて後夜祭という最後のイベントが和気藹々と行われている様を俺は見ている。

 来場者ではなく、主催である生徒が主役となる打ち上げに近い。結局俺は教室へ戻る事は無く、適当に時間を潰しながら今に至る。宿泊研修で見たような派手さは無いが、肉の焼ける匂いが鼻を掠めても俺の気分は高揚する事なく芝生に座りながら俺以外の生徒が楽しむ姿を遠目に眺めている。

 やはりこういう立ち位置が俺には相応しいと思う。


「おい、木立ぇ、雪知らね?」

 話しかけられると同時に肩へ腕を回される、こんな事を俺にする存在は唯一人だ。そして暑苦しいというか汗臭いから俺から離れろ。そもそも俺じゃなく田中にでも聞けばいいじゃねーか。


「知らん、お前らのグループだろ」

「いや、今日も雪の居場所探し当てたのお前だろ? まぁ知らんならいいわ! 後これやる! お前ヒョロいから肉食っとけ、じゃあな!」


 無理やり肉を口に突っ込もうとするな、まぁ食うけど。

 それにしても、田中が余計な事言ったのか。まぁ別に口止めしていたわけじゃないから構わないが、また笠木は行方不明なのか、どれだけ俺が策を練ってもミス北高をぶっちしてしまったという事実は消えないから輪に入りにくいのかも知れない。

 

 高橋が消えたのも束の間、後ろから『だ~れだ?』と何やら青春ラブコメが突如として訪れる。思わずビックリして即座に目を覆う手を払いのけ後ろを振り向くと、ロリ子が不服そうな顔で俺を見下ろしていた。


「……もっと喜ぶとかそういうのねーの? 陰キャにとってのご褒美だべ?」

「悪いが俺は特殊な性癖や趣向を持ち合わせていない、お前のファンクラブの連中にでもやってきたらどうだ?」

「オメェ、遠回しにウチの事バカにしてね!? それより雪どこにいんの?」


 どいつもコイツも何で俺に聞くんだよ、俺は笠木の保護者なんかじゃないのだが……。


「何で俺が知ってると思ったんだよ、返答としては知らんとしか言いようがない」

「あれ? そいえば何でだ? 聞く相手間違えたわ。それとこれやる」


 何……? この上げて落とされる感じ? 陰キャだって分かってるならもう少し俺に優しくしてほしい、ある意味本日のMVPなのだが?

 そしてお前も俺に供え物を置いていくなよ、確かに俺は地蔵のような置物でしかないけれども。


「ね、ねぇ、雪またいないんだけど……まだ引き摺ってたりすんのかな? どうしよ……」


 三人目入りまーす。

 そりゃ、普通に考えたら引き摺って当然だ。それにしても笠木の事となると随分優しい、いつもの強気な態度は微塵も見当たらない田中は新鮮だ。

 しかし、ここまで聞かれると俺も多少なり不安に駆られるな。


「田中はクラスリーダーなんだから此処にいろ、俺が探してくるから」

「う、うん……後、雪がもし来づらいって言ったら、これ渡して……お腹減ってるかも知れないし」


 お前は笠木の母親かよ、肉の山を片手に探すとか面倒だが、とりあえず校舎の中の可能性を探ろう。俺は重い腰を上げて校舎へ向かう。


 下駄箱を確認すると、外履きの棚に一足だけ靴が置かれている生徒がいる。

 これで、俺達のクラスの内、一人は校舎内にいる事が分かる。恐らく笠木は校舎……というか教室にでもいるのだろうと外履きと化した上履きの土を取り除き、階段を駆け上がり二階へ向かう。

 足音を暗い廊下に反響させながら俺は一年四組を目指す、笠木に会いたくないのだが……いや合わせる顔が無いの間違いだな。

 一年四組の教室の前に立つとドアの窓から、笠木がグラウンドの後夜祭を眺めているのが分かった。


 そんなに気になるなら行けばいいのにとは流石に言えない俺は教室のドアを開ける。片手にある紙皿を適当な机に置いて笠木に話しかける。


 教室は薄暗く、後夜祭の灯火が教室へ薄く差し込んでいた。


「みんな、外にいるけど行かなくていいのか?」


 笠木は言葉を発さずにの外を眺めている。どんな表情をしているのかは分からないが、その背中から明るさは感じられなかった。

 そんな笠木を青春のド真ん中へ引っ張るように一人会話を続ける。


「田中を筆頭に色んな奴が笠木の事を聞いてきてな、居場所を尋ねられて困った。悪いが俺を助けると思って顔を見せに行ってくれ」


 続けて放った一言に笠木の影は揺れる、俺の方を振り向いているが表情は未だに読み取れない、宿泊研修の時のように雲間を裂く月光は笠木の表情を照らさない。


「助ける? 私が木立くんを?」


 嫌な予感がした、声の温度が冷たく俺の肌を突き刺すように通る。


「あ、あぁ……アイツらの相手をするのは俺の役目じゃないからな」


 顔の見えない笠木は、衣擦れの音だけを立て俺の方へゆっくりと歩いてくる。


「ねぇ、木立くん。今の貴方がそれを言ってどんな説得力があると思うのかな?」


 声の温度に続き、貴方という言葉で俺は認識を間違えていたのだと悟る。


「騙していたのは悪かった……ただ俺は笠木を救いたくて……」


 笠木は一度足を止める。


「うん、知ってる。私が言いたいのはそこじゃないんだけどなぁ……」


 笠木は再度歩み始め俺への距離を詰めてくる。幽かな足音が俺の恐怖や後悔を助長する。


「貴方には……はっきり言わないと分からないみたいだから言うね」


 確かな敵意を感じた。教室の入り口にいた俺へ数歩で笠木は辿り着く。

 そう考えている内に笠木は眼前に立つ、暗くて見えなかった笠木の表情が露わになる。


 笠木はいつからこの表情を浮かべていたんだろうか? いつからだ? いつから俺は笠木という存在の認識を誤っていた? 彼女は何を求めていた?

 表情と違わない明確な怒りと拒絶を、放つ――。


「助けてくれてありがとう……とは言いたくないくらいです。ここまで言えば、察しの悪い貴方でも気付いてるよね?」


 その先を言われる為に俺は君を助けたんじゃない、止めてくれ――。


「私は貴方が嫌いです、もう二度と私には関わらないでください、迷惑……です」


 冷たさは消え、笠木は教室から姿を消した。後夜祭へ行ったのか分からない。

 いや、今はそんな事、どうでもいいだろ。


 違う……全てが凍てついた様に救いようが無く、どうしようもなくなってしまった。俺が何をしてしまったのか? 何を見ていなかったのか? 俺の罪が何なのかさえ分からない。


 一つだけはっきりした事は、俺に青春ラブコメは訪れない、スタートラインにすら立つ事は許されていなかったという事実。


 佇んでいる間にポケットに入れているスマホが何度も振動を伝えてくる。全てから逃げるように俺はスマホの電源を切り教室を後にする。

 自分で予防線を張っていただろ? 青春ラブコメはファンタジーだって。


 なら大丈夫、俺は大丈夫、大丈夫だから。

 木立純一、大丈夫だ、分かっていたはずだ。何度も自分を守ってきたじゃないか。

 大丈夫、陰キャだって言葉の鎧を纏って耐え抜いて生きてきただろ? 大丈夫だ、元通りだ、大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫。


 俺は大丈夫だから。


  【第三章 青春ラブコメは俺を殺した 了】

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