秋愁と青春の終焉
今日の更新です、エピローグが21時にあがりますので本日は19時投稿になります
田中との約束も終えて、難なくと言っては嘘になるが俺は藤木田達と例の如く階段で合流をしていた。文化祭も終盤となり、廊下はわりと静かで既に体育館へ多くの人は移動してるようにも見えた。
「というわけで某達三人の時間がやってまいりましたな!」
「ふっ……ここからが本番だ」
これが本番なら、初日の階段でダレていた時から本番じゃねーか。それにしても……ずっと階段に居たとは思わなかった。どれだけやる事が無かったんだよ、少しくらい文化祭回ってくるとかそういう考えに至らないのが陰キャたる由縁だろう。
「それじゃ次は木立氏の楽しみにしていたミス北高ですな!」
「いや、そんな事一度も言った覚えが無いが……」
少なくとも笠木本人があまり望んでいない事、先程の三上のような人間もいる事を加味すると素直にミス北高というイベント俺は喜ぶ事が出来なかった。どちらかと言えば俺は三上寄りのポジションであり、負け続ける辛さは人より多く味わってきているつもりだ。
「しかし笠木女史が出場しますが見に行かないのですかな?」
ミス北高を見に行くというよりは笠木の様子を見に行くと言ったほうがしっくりくる。笠木は大丈夫だ。と言っていたし、少なくとも俺が笠木を信用してない事は無いが、心配なのは変わらないのだ。
笠木の言葉は何やら俺には蝋燭が消える前に大きな輝きを放つのと同一のように思える。
「行くけど……まぁ、いいや」
「何か腑に落ちない言い方だな、何かあったのか?」
「いや、特には無いんだけどな、それよりも体育館埋まるから早めに行動した方がいい」
妙に察しのいい黒川は俺の様子を心配しにくるが、俺としては笠木が心配というだけで黒川が心配するような事は何一つ無い。
俺は腰を上げると藤木田と黒川も同様に腰を上げて体育館へ移動しようとする。そんな時に藤木田と黒川のスマホが同時に着信を告げる。
何か俺だけ仲間外れにされた感があるんだが……二人だけで一緒のソシャゲでもやっているのだろうか? 俺も混ぜて欲しい。
「木立氏! グループチャットを見てくだされ!」
いきなり大声出してなんだよ、グループチャット? あぁグループチャットの通知か、そりゃ俺は通知を切ってるからな、ピロンピロンしないわけだ。
そう思っていたのも束の間で俺のスマホも遅れて振動する、画面には田中からのメッセージが表示されていて俺は藤木田の言葉の意味を理解した。
「せっかく三人集まったところだが、一度バラける必要があるな」
「あぁ……それじゃ見つけ次第、連絡する」
藤木田と黒川の言葉を聞く前に俺は階段を走り降りる、しかし宿泊研修の時もこうして笠木の為に走っていた気がする。
走っている途中に校内放送が流れ、ミス北高の開催のお知らせと笠木の到着を急かす様なアナウンスが流れる。
幾つかの教室を確認してると田中も俺同様に走り回っていた。
「アンタどっちから来たの!?」
「あっち方面だ、その様子だとまだ見つかってないのか?」
「うん、連絡も付かないし……雪ってこういうの苦手なの忘れてた、無理やりにでも止めれば良かった……」
田中のせいでは無いのに、田中はまるで自分の事のように自分の配慮が欠けていたと嘆いているが、そんな事はない、これは笠木の選択で田中に一切の非は無い。
「何時から笠木が見当たらなかった?」
「アンタと行動して帰ってから一度教室で見たんだけど……いなくて、多分一時少し前とかだったと思う」
という事は正午過ぎから、約一時間。グループチャットから十数分、ある意味駅にも行けるし、駅に行けるならどこまでも範囲を広げて逃げる事も出来るわけだ。
「分かった、一先ずは俺は田中の来た方向じゃない場所を探してみる」
「う、うん、見つけたら体育館に連れてこなくていいから一度アタシに連絡して!」
そう言うと田中は、俺の来た方向に向かって走っていく。その姿を見送らないまま、俺も走りながら考える。笠木という人間の思考を。
何も考えずに走り回っても見つかりはしないのだ、先ほどから顔の知らない奴らも走り回ってるところを見ると、校内など既にほぼ探し終えている。
考えろ……ちゃんと考えなきゃダメだ。
陽キャの殻を被った陰キャであり、八方美人で誰にでも愛想が良く、人の責任を笑顔で受け入れて自分の事は勘定に入れず、自分の許容量を見誤って潰れてしまった人間の思考を。
そういった人間の望みと行く先を想像しろ。
俺だったらどうする? 俺が笠木なら……少なくとも校内で身を隠すのは不可能と考える。だとしたら校外……思い出せ、俺の笠木との会話を全部、全部……!
『その付近に寂れて人が寄り付かなそうな雑草が生い茂る寂れた公園があってだな――』
二度目の校内放送、そしてスマホに表示された時刻はミス北高までニ十分と少し。この際ミス北高とかはどうでもいい、俺は俺の為に笠木を探すだけだ、そして俺しか知らない情報を信じよう。
廊下を走り、階段を二段飛ばしで駆け降りる、靴なんか履き替えてる暇なんて無い、そのまま玄関を飛び出し校門とは逆方向へ走りスニーカーを土埃で汚す。
裏の鉄柵のよじ登り、脱走するかの如く跳び、痺れるような痛みに気付かない振りをして走る――ひたすらに走って俺の放った言葉を信じて小さな公園を目指す。
確証なんて何一つない、これは賭けだ。ただ俺だったらそこへ行くってだけの話だ、紫の屋根のマンションの左に雑草が生い茂ている公園、唯一の錆びれたブランコ。
陰キャの思考なんて案外単純な事だ、逃げ道の無い暗闇で光差し込む、それだけでバカみたいに救いを求めてのが俺達だ。そうだろ?
息は上がってるが、敢えて整えさせてもらう。いつだってヒーローはカッコいい画面しか見せないのが鉄則だからな。そして俺のやるべき事の為に準備をさせてもらおう、こんな部分の設定なんて今時、何のためにあるのか分からなかったが……案外役に立つものだ。
俺は軋む音を立てるブランコへとゆっくりと歩き出す。
「奇遇だな、一人になりたいところ悪いとは思うが、人の嫌がる事をするのが陰キャである俺のライフワークだ」
笠木は俺の姿を見て一瞬だけ信じられない物をみたように目を見開く、二日連続で泣き顔とか勘弁してくれ。俺は特殊な趣向など持ち合わせちゃいない。
「すごいね……本当に。でも、大丈夫、ちゃんと戻るから」
そんな俯いて手を握り締めながら言われても説得力なんて無いだろ、やりたくなきゃやらなければいいのにと俺は思う、しかしその考えを放棄したからこそ今の笠木があるのも事実。
俺のように振り切って考えられる人間も別の意味で生きづらい。本当に方向は違えど俺達はよく似ていると思う、生きる事に対して向いていないのがそっくりだ。
「その台詞、前にも聞いた覚えがある。それに、俺は別に笠木を連れ戻す気はないぞ」
「え?」
田中は後から納得してくれるだろうが、俺は俺のやり方でやらせてもらう。未だに笠木を探している奴らには悪いとは思うが、お前らに俺の役目は渡さない。
ヒロインを救うのは主人公兼ヒーローである俺の役目で、お前らじゃ役不足だ。
「他の奴とは目的が違うからな、と言うより笠木はもう戻る必要は無いんだよ」
「何……言ってるの?」
「スマホの電源は切ってるのか?」
「う、うん」
まぁ知ってたけど。俺なら絶対に電源を切るし連絡が付かなければ当たり前の話だ。とりあえず第一段階はクリア、上手くやれよ木立純一。
「まぁ、笠木が居なくなってからそれなりに時間は経っていてだな……」
俺は笠木へ向けて自身のスマホの画面を見せると笠木は、驚いた表情を見せる、それもそのはずだ。
「え……もう始まってる、なんで……?」
「あぁ、だからもう間に合わないんだよ、だから連れ戻す必要はない。とりあえず皆が心配してるのは笠木の安否だから田中経由で連絡して構わないよな」
笠木は無言のまま俯き続ける、俺はそれを肯定と判断して田中に状況説明の連絡をする、これで笠木の安否を証明出来たと同時に俺は機内モードにして全ての連絡を遮断する。
「まぁ、過ぎてしまった事は仕方ないからな、落ち着くまで休めよ」
雲一つない空を眺める、秋にしては温かい気温で実に心地いい空気、そんな中で悲観は似合わない。これで第二段階クリア、残りのタスクはあと一つだ。
「嬉しかったの……ミス北高に選ばれて」
しばらくの静寂を破り笠木は、ポツリポツリと言葉を洩らし始めた、その声色から読み取れるのは後悔のみだった。
「必要とされてるんだって……人前に立つの苦手だし怖いし向いてないって知ってた」
笠木の自己分析は俺が笠木に抱いていた笠木の中身と同一の内容だ。
「だろうな、人間の根は変わらないもんだと俺は思ってる」
「それでも頑張って、頑張ってね……必要とされたくて弱い自分を変えたくてね、歩いてきたつもりだったんだけど……」
俺でさえ分かってるんだ、恐らくクラスの奴ら全員が分かっている。笠木の努力は美しく健気で誰も否定出来ない。
「言い訳じゃなくて……本当に少しだけ休んだらミス北高に行こうと思ってたの、でも時間も感覚も無いくらいに私……疲れてたのかな?」
力無く笑う笠木の顔が見たくて俺はここに来たんじゃない、ただ今はこの時間が必要だ。笠木が後に俺を軽蔑するとしても……。
「そうだな、背負いすぎだ。それにこれ以上背負わなくても笠木の事は皆もう分かってる」
言葉通り、笠木は背負いすぎだ。身の丈に合わない事すら引き摺る笠木は俺の目には何かに取り憑かれているようにも見えている。
「でも、ダメなの……! このくらいで壊れるようじゃ私は……私が成りたい私に成れないッ!」
先ほどまでの声色と異なり、一種の恐怖さえも感じる程に笠木の本音は笠木雪という殻の亀裂から放たれた、その眼球は三上と取り巻きに囲まれていたとは思えないくらいに力強く俺を見定めていた。
俺には笠木が何を言っているのか分からない、恐らく笠木も言わないだろうと思った。
「情けないよね……昨日は大丈夫なんて言っちゃったのに、結果がコレだもん」
「そのくらいで情けないって言うな、笠木のこれまで積み上げてきた功績はその程度じゃ揺るがないだろ」
「……木立くんからはそう見えるんだね」
「そうとしか見えないからな、ミス北高に限って言うなれば笠木は確かに失敗した……だけどな、笠木目当てで集まった来場者や有象無象なんか知ったこっちゃないが、クラスの連中だけは笠木がミス北高に出れない事よりも笠木の安否を心配してた」
これは事実だ、こんな事は調べて確認するまでもない。確証なんて何一つ無い。それでも断言していいくらいに俺にはそう思える。一年四組に限って笠木に文句を言う人間、付けられるように出来た人間は存在しない。笠木のこれまでの努力はそのくらい俺達には映えているし慕われているのだ。
「それに、あの時も言ったが、誰がなんと言おうが俺だけは常に笠木の味方だ、だから怯えるな」
もうこの辺でいいだろう、恐らく俺の目的は達成されているはずだ。これ以上は引き延ばしても仕方ない。
「うん、謝らなくちゃ……みんなに」
「まぁ、軽い謝罪くらいでいいとは思う、あっ……今の内に言っておくが、何の話をしてるか分からなくてもとりあえず肯定しといてくれ」
「え? う、うん」
よし……言質は取れたが、どうなるかは笠木次第だろう。スマホを手元で確認すると順当な流れで進んでいれば、そろそろ終わり頃だ。
俺は昨日とは異なり先導して学校への道を歩く。
「そういえば、木立くんが興味あるって言ってた有志のバンド演奏の時間だよね、ごめんね……」
笠木が謝るのは俺以外の人間であって、俺に謝る必要は無い。謝られると余計に俺が辛くなる。
「……気にするな、それよりもうすぐ学校だ、もう大丈夫か?」
「うん、心配させちゃってるし謝らなくちゃ……あれ、時間押してるのかな?」
時間は順当に文化祭プログラムを消化しているはずだ、いや多少は押しているのだろう、まぁもうどちらにせよ時間の問題だ。
「木立くん……どういう――」
笠木が俺に言及する前に校門に待機させていた田中は駆け寄ってくる事で笠木から俺への言及は遮断される。
「雪ッ!」
「綾香……その、あのね――」
「具合悪かったなら最初から言いな! 心配したんだからね! アンタも肝心なところで繋がらなくなるし!」
「え……?」
何も分からない笠木は俺へ状況を確認する視線を送ってくるが、俺は一言だけ笠木に言葉を放つ。
「肯定」
その言葉で俺が何をしたのか笠木は理解したはずだ、校舎の上部で存在主張する遡った大時計の秒針、田中の言葉、そして肯定だけしていればいいという俺の言葉、未だ聞こえないバンド演奏。
笠木の表情は信じていた人間に裏切られた顔をしていた、夏祭りのあの時よりも更に深く、深く。
「は? アンタいきなり何言ってんの? 校庭って何?」
「あぁ、校庭の方に行って休む、どうせ校内は人だらけだからな」
「アタシは教室に雪連れてくから、アンタもその内帰ってきな、なるはやで!」
「はいよ……」
笠木は何も言わない。さぞかし俺を恨んでいるだろうと思う。だから俺は笠木の方から目を背けて理由も無く校庭へ向かう、先延ばしにするだけなのは分かっている。
笠木のように俺は逃げ出したくても向き合うなんて強さは持ち合わせちゃいないのだから。
最後まで見ていただきありがとうございます、21時に三章エピローグあがります。




