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秋愁における舞台で向こう側を見据える

今日の更新になります!

 さて、どうしたものか……何か青春ジェットコースターが発動せずに、すんなりとはいかないまでも笠木を誘えてしまった、不幸中の幸いとはこの事を言うのだろうか? そこまではまぁいい。

 いや、余計な事を考えるな俺。これまでも笠木と二人なんて場面は幾度となく存在した。


 しかしだ……俺の脳内はこれをデートだと認識してしまっている、恐らく一周程度の短い時間ではあるのだが、デート以外の単語がどんどんと脳から蹴り落とされていくのを否定出来ない。


「木立くんはどこか気になるところとかある?」


 トイレで化粧を直したり泣き顔を誤魔化そうと十数分格闘していたであろう笠木は既に泣いていたとは思えない明るい表情で俺に行き先を問いてくる。


「強く気になる事は無いが、ミス北高の後にある有志のバンドは見に行こうかと思っている」

「木立くんってバンド好きだったりするの?」


 バンドは音楽として嫌いじゃない、だけどバンドをしている奴らは嫌いだ。陰キャの皮を被ったリア充が多いからな。ファッション陰キャとはアイツらの事を言う。

 散文詩で暗い単語を織り交ぜながら、うだつの上がらない生活を歌いつつ実際は結構充実してるという人生。

 しかし、笠木にこんな嫉妬深い話をしても仕方ないから肯定だけにしておこう。


「この学校の文化祭のイベントの中では、興味がある程度の話だけどな」

「そうなんだ、私もバンドってたまに聴くから趣味合うかもね! 他にはどこか気になるところは無いの?」


 文化祭では本当に何一つ無いな、青春の大イベントの一つではあるのだが、心から興味が湧かないのは陽キャが輝く為のイベントと認識しているからだろう。

 気になるところ、俺なりのギャグとして振ってみるか、自虐はお気に召さないらしいしたまにはいいだろう。


「校外になるが、学校の付近に紫の屋根のマンションがあるの知ってるか?」

「派手な屋根のマンションかな?」

「多分それだと思う、その付近に寂れて人が寄り付かなそうな雑草が生い茂る寂れた公園があってだな――」

「それ文化祭に関係ないよね!? ちょっとでもいいんだよ? 文化祭で何か気になるお店とか……」


 さっきよりは表情が明るくなっている笠木は可愛い、ギャグとしては言い切る前に突っ込れてしまったが、笠木の表情に彩を足すには良いエッセンスだったようだ。


 しかし、このまま無駄に歩いて貴重な時間を浪費するわけにはいかない、藤木田、黒川……お前らの言葉を借りよう。


「タピ、オカ?」

「言い方が疑問形なの気になるけど……そういえば三年生のクラスでタピオカドリンクあったよね! それじゃ行こ行こ!」


 不意に俺の手に柔らかな感触が触れる、文化祭に楽しみを見いだせないと嘆いていた笠木はわりとはしゃいでいて、俺を先導する。

 そして先導というように俺を三年のクラスまで導こうと手を握っている。俺としてはこの上ない幸福ではあるのだが、咄嗟の事態に案外俺は冷静で周りの視線が気になるのだ。


 笠木は、ミス北高出場者、しかも俺が予想するに笠木が優勝する出来レース。校内屈指と言っても過言じゃないどころか過小評価クラスの美人で品行方正で有名人だ。

 そんな笠木と歩くだけで視線は感じているし、そこは受け入れよう、隣の前髪の奴、誰?と言う声も聞こえた。


 そんな笠木が俺の手を握るとどうなるだろうか? 陽キャでは友達と遊んでいる時に手を繋いでいるのが普通なのだろうか?


 否、それは有り得ない。これはどう見ても『そう見えてしまう』事だろう、俺としては幸福なのは間違いがないが、それは笠木にとっての幸福かと問われると俺は頷けない。

 俺は自ら幸福を手放そうと思う。それが笠木にとって良い事なのだから。


「笠木、モブ共の視線が刺さる」


 前を歩いていた笠木は、俺の方を振り向くと繋がれた手の存在に気付くと足が一度止まり、繋がれた手は瞬時に分解された。


「あっと……その、癖でね、他意は無いかな? うん」

「あぁ、気を付けた方がいいと思うぞ、笠木というステータスに傷がつく」


 他意は無いのか……少しばかり期待してたけど、悲しいなぁ。

 それにしても癖って……俺のデータベースに笠木に彼氏またはそのような存在は確認していないのだが、まさかですよね、ここで青春ジェットコースターさんが仕事するの? ねぇ?


「ステータス……はもう多分気にしても仕方ないかも、いいの! でも木立くんは嫌だったよね、ごめんね?」

「いや、別に嫌ではないのだが……そういえば癖って事は弟とか妹とかいるのか?」


 何か引っかかる物言いをするが笠木は強情だ、口にする事はないだろう。それよりも癖の相手の方が今は重要だ、データベースに登録して絶対に許さないリストを更新しなくちゃいけない。


「えっとね……綾香と遊ぶ時に……その、手握っちゃってね」


 凄いな、女子特有なのか、陽キャ特有なのかは知らんが、女子同士で遊ぶ時は手を繋ぐのか。俺も混ざらないから後ろから着いていってもいいか?

 そう考えると藤木田と黒川がたまに深いスキンシップをしている事も普通で俺が過剰反応してるだけではないか? と考えてしまう、いや本当にそれかもしれない。


「笠木と田中なら田中が主導権を握るように見えるが、そうでもないのか?」

「うん、たまに言われるんだけど、綾香は何に対しても結構フラットな目線で見るの、私は気になったお店とかあったら足が向いちゃうから自然とね」


 それは意外だ、しかし笠木が田中の手を引っ張り困り顔の田中も想像出来る事から嘘では無さそうだ。イメージとしては勝気な田中が先導しそうに思えるが、当事者にしか分からない事があるのだろう。

 止まった足をお互いに動かしながら俺は気になった事を笠木に聞いてみる。


「なぁ笠木、一つ質問だ」

「何かな?」

「男同士が、過剰に身体に触れ合ったり、温かな吐息でお互いの名前を囁いたりしてるのは普通か?」


 あっ……もう言わなくても分かった。笠木の表情が全てを物語っている。


「え……それはちょっと普通じゃ……でもでも、うん! 人それぞれだよね!」


 藤木田、黒川、お前らは普通じゃないみたいだ、やはり俺の認識がこの部分は正しいのだ、危ない、もう少しで飲み込まれてしまうところだった。

 他愛もない会話を続けていると、素人感たっぷりの雑な【タピオカドリンク】と書かれたシンプルなワードと奇妙なイラストの看板を見つける。


「なんかイラストから美味そうには見えないんだが」

「もしかして飲んだことない!?」


 え? そんなにマストアイテムなの……確かに言葉だけなら俺でも知っていたが飲んでない奴は人権すら無いレベルなのだろうか?


「あぁ、言葉だけは知っていたからどんな物かと思ってな」

「えっとね、味の無いグミみたいなのがタピオカだよ!」


 それ、遠回しに不味いって言ってないか? そんなもん飲みたくないんだが、ここまで来た以上は飲まなくちゃいけないのだろう。

 さっきから三年が、入るならさっさと入れという視線を送ってきてるのが怖いし……。

 

「二名様お入りいぃ!」


 タピオカって可愛らしい響きなのに、ちょっとしたこだわりをわざわざ書き殴って壁に掛けてるラーメン屋みたいな掛け声はどうかと思う。

 木立ポイントは差し上げられないぞ、笠木も掛け声で少しドギマギしているようにも見える。


 机を二つ並べて布を敷いただけのテーブルに案内され腰掛けると回転率を意識してなのか店員は足早に近づいてきて俺と笠木に注文を訪ねる。


「木立くんは何にするの?」

「正直何でもいいが、タピオカ初心者の俺に飲みやすそうなのはミルクティっぽいな、笠木は?」

「私は……揚げタピオカ入りのミルクティにしようかな」


 何その地雷臭しかしないの、タピオカはもう古くて揚げタピオカが主流なの? 俺が陰キャ過ぎるだけなの? 俺と笠木の言葉を聞き、店員は勝手に注文を確定し黒板手前で忙しなく作業をしていた。ここの接客、どうなってんだよ。


「揚げタピオカとか初めて聞いたが、美味いのか?」

「ん~わかんない、私も初めて見て頼んじゃった!」


 確かにこういった素人ならではの発想をブートできる文化祭ならではの飲み物なのだろうが、冒険が過ぎるだろ。しかしこういった部分を知ると、笠木が田中を引っ張って田中が今の俺みたいになってるのを想像できてしまうところをみると笠木が行動の主導権を握っているのは間違いないのだろう。


 幾分か笠木と他愛も無い会話をしながら、モブキャラの嫉妬という視線に耐えつつも注文したドリンクが運ばれてきた。

 俺のドリンクは予想通りだが、笠木のは見るからに油浮いてるんだけど……ミルクティと油が分離してるから余計目立つ。


「……ちょっと予想外かも」

「冒険しすぎたな」


 百聞は一見に如かずとも言うし飲まない事には何も分からないだろう、俺も手元の飲み物を飲むと非常に飲みづらい……飲み物を飲んでいるのに時折ストローから運ばれるタピオカが口に入ってくる感触が気持ち悪いし、笠木の言う通り味の無いグミという表現は間違っていない。

 悪いが、俺はこれに金を出したくない、俺TUEEE系の書籍を買った方がまだマシだと思えるくらいだ。俺が素直な感想を一人脳内で垂れ流しながら笠木の方を見ると笠木は随分と難しい顔をしていた。

 他に適切な表現が無いのかと自分を疑うが、難しい顔をしているとしか言えない。


「どうだ?」

「えっと……ひ、人を選ぶ飲み物だね」


 そこは素直に不味いって言っていいと思う。しかしレア笠木と言えど、あんなコップ越しに油が分かるくらい浮いてるんだ。どう見ても不味い。

 これは俺の中ではデートだ、だとしたら俺のやる事は決まっている。


「一口飲ませてくれ。興味がある」

「え? でもこれ凄くキツ……人を選ぶと思うよ?」


 もう取り繕わなくても表情で分かる、それを人が口にしちゃいけない事くらい。


「好奇心には勝てないんだ」


 俺は笠木から悪魔のドリンクを奪いとてつもない油の量を見て一瞬戸惑うが一気に飲み干す、少し硬くなったタピオカが口内を掠めて痛みすらあるが、一気に喉を通す。


「わ、悪いな、案外口にあったらしく全部飲んだ……代わりにこっちを飲んでくれ」


 ほとんど口のつけていない俺のドリンクを笠木に渡すと笠木は無言で少し口に入れる。


「あっ……こっちは美味しいッ!」


 そりゃアレに比べたら何でも美味いだろう、もう『こっちは』って言っちゃってるんだよなぁ……。


「そりゃ良かった、そのまま全部飲んでくれていい。俺はもういい」

「木立くん、ありがとう、あっ……」


 あ? 異物混入だろうか? だとしたら消費者代表として俺が三年に口撃を仕掛ける事になる、覚悟しろ! あんな生活排水なんか飲ませやがって!


 しかし、異物混入では無く、周囲のモブキャラの声で俺は気付く。さっきよりも俺への嫉妬の圧力と言うか、怒りや憎しみ、悲観さえも含んでいる声と信じられない物を見たと言うような視線でようやく俺は気付く、普段の俺ならこんな事は直ぐに気付く。


 だが、やはり……浮かれていたのだろう、一度意識してしまうと恥ずかしくなってくるが、俺は口に出さない、口に出して良い事なんて無いのだから。


 俺が考えていた事を読み取ったかのように笠木は一気にミルクティを飲み干して、ごちそうさま。と行儀よく言い、席を立つ。俺も笠木に続き席を立つと笠木は二人分の会計を即座に支払い店を後にする。

 

 笠木からしたらやっぱり、こんな陰キャとストローを共有するなんて嫌だったか。悪い事をしたなと流石に反省する、少しの間、無言で廊下を歩くが弁解させてもらおう。


「さっきのは……そのだな――」

「他意は無いでしょ? 木立くんの事は結構分かるんだ、私」


 そう、他意は無い。と俺は言いたかったが先に言われてしまった。その表情に揺らぎは無く、何かを悟っているような諦めているような表情にも見えた。


「綾香には悪い事したかもしれないから内緒ね! それとありがとう」

「まぁ笠木の話題だから、言わなくても広まる可能性はある。さっきの揚げタピは気にするな」


 笠木は、目まぐるしく表情を変える。まだ俺の知らない笠木もいるのだろうか? それは少し見てみたい気もする。


「さっきのだけじゃなくて、今までずっと、ずーっと助けてくれたよね? 改めて言いたかったの」


 こんな何気ない廊下という場所、そして予期せぬ瞬間。そこで言われると思わなかった言葉。青春ラブコメは不意に俺に幸あれと言わんばかりに祝福を降り注ぐ。


 見返りを求めていたわけじゃない、いつだって君を俺のヒロインとして独占したくて我武者羅に足りない頭を捻って捻くれた考えを張り巡らせても上手く進む事なんて無くて、間違えて……。

 それでも自分の内なる常識に抵抗したくて、青春ラブコメなんて幻想を求めて彷徨って、深く沈んでも水面から顔だけ出して無理やり呼吸をして苦しくても頭に描いた幻想は消える事無く燦燦と輝いていた。


 そんな大層な光景じゃないけど、少しだけ、ほんの少しだけ報われた気がした俺は

 

 ――この一言を言われたかっただけなのかも知れない。


 嬉しさで涙を流したくなるなんて、これまでの人生で一度も無かった。いつだって哀しみを含んだ涙を堪えた。

 今は堪えなくてもいい涙を堪えて、俯き長い前髪で眼球を隠す。


「あぁ」


 こんな短い言葉しか言えない、これ以上喋ると抵抗出来なくなる。


「本当にありがとう……明日の私をちゃんと見ててね」


 文化祭というのは本当に退屈でしかないし面白さが分からない、ただ……青春にとって優秀な舞台であるという事は認めよう。

最後までみていただきありがとうございます!

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