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秋愁と文化祭初日

今日の更新となります!

 結局昨日は八時まで田中と出来る範囲で着色作業をしていた事もあり、帰宅するとご飯も食べずに自室で寝てしまっていたらしい。

 しかし、これで作業停滞の一部が解消されて幾分か予定よりは早く進められるだろうと思う。一つ気がかりな事があるとしたら笠木に一日しか持たない嘘を吐いてしまった事だ。夏祭りの時の笠木の怒った顔が脳裏を掠めるが、やってしまった事はどうしようもないと半分ほど開き直る。


 そこは追及されるまで置いておくとして、田中にはいつも世話になりっぱなしだ。何かお礼をしようと思うが俺は田中の趣味とかを知らない。

 というか知ったところで趣味が合わなそうだ、何か返せればいいのだろうが俺は月の小遣いの大半を貯金せずにラノベやアニメに注ぎ込むように出来ている。

 文化祭が終わり落ち着いたら少し短期のアルバイトでも探してみようか、将来不労所得を得て自由を手に入れる男だと自負しているが、一般的な社会勉強の為にアルバイトくらいは経験しておいてもいいだろう。

 しかし、接客業は嫌だな……初日でバックラーの称号を手に入れるまである。


 そんな事を思いながらも学校までの道程を歩き続け校門まで辿り着くと、校門は既に文化祭が開催されているかのように簡易的な装飾が施されたアーチや造形物が主張して、ちょっとしたテーマパークのようになっていた。

 明後日には文化祭が開催される、どこのクラスも準備に追われているのだろう、まだ授業開始時間では無いにしろグラウンドを走り回ったり、安いスピーカーから特定の生徒を読んだり、教員までもが忙しなく動き回っている様子が伺える。

 その姿を尻目にいつもより早めに登校した俺は、眠たさに襲われながらも階段を昇り人気の無い静かな廊下に足音を響かせながら教室の前に辿り着くと既にクラスメイトは登校していたようだった。

 気にせずにドアを開けると昨日着色せずに終わった造形物に着色が施されている最中だった。


「あっ! おはよう木立くん!」


 振り返る笠木の指先には着色料が付着しており誰もいない、誰も見ていないにも関わらず彼女は誰かの為に忙しなく回遊魚のように振る舞っていた。


「あぁ、随分と早いな」

「木立くんも昨日は遅かったみたいだけど、早いよね」


 どうやら昨日吐いた嘘は既に見抜かれていたらしい。まぁ昨日の帰りよりも着色の進んだ建造物を見たら分かるだろう。


「……怒らないのか?」

「怒れないよ、前とは違うんだから」


 これは、怒りたいけど事情を知ってるから怒れないという意味の捉え方でいいのだろうか? 淡々と着色を進める笠木はやはり俺から見ても手際が良く丁寧だ。

 やはり俺とは違う彼女に好意と憧れを抱いてしまう。どう頑張っても俺が辿り着けない境地にいる彼女に手を伸ばしたい。

 いつか、身を焼かれ墜落するとしても、それでも太陽に手を伸ばしたい。


「そうか……じゃあ俺はこっちを塗る事にする」

「うん、もうすぐ文化祭本番だね」


 何の意図を含んだ話題だろうか? 直ぐに会話に意味を求めてしまうのが俺の悪い癖だ。それとも静かな雰囲気が嫌いで少しでも雰囲気を和らげたいのだろうか?


「そうだな、俺としては文化祭なんぞに興味は無いけどな」

「でも綾香は楽しみにしてたよ」


 田中の奴、イジられると赤面するのに情報を自分から提供するなんて愚行だぞ。まぁ今の言葉に悪い気分はしないのが男の性なのだろう。


「俺の事だから落胆させるに決まってるけどな、そうならないようには努める」

「綾香は木立くんと一緒なら多分何でも笑顔だと思うかな」


 そうだろうか? 案外赤面して叩かれたり、怒られてばかりな気もするが、当事者とは違う視点にはそう見えるのだろう。


「笠木は文化祭で何か楽しみな事とかあるのか?」


 笠木は俺の言葉を無視したかと思うくらいに、間を開けて口を開く。


「……もう何もないって言ったらどう思うかな?」


 もう? 何か意味を含んでいる事は明白だ。

 考えろ、考えろ俺……。何か笠木には楽しみにしていた事や目的があった、それが無くなってしまった条件はどこだ?

 しかし、考えても笠木の言葉の意味は分からずに時間だけが過ぎていく。筆が木材を撫でる音だけが教室に響いている。

 俺が君の主人公でヒーローだったら、少しは気の利く台詞が言えたと思う、今の俺には不可能だ。


「無くした物を取り戻す事は無理なのか?」

「多分無理かな……もう手遅れだと思う」

「何のことを言ってるか分からないが……俺が力になれる事はないか?」


 これが俺の精一杯だ、俺が君を救う許可が欲しい。


「ないかな……ごめんね、本当に」


 今まで幾度となく笠木と過ごしたり問題に立ち向かったりと信頼を築けていたと勘違いしていたのかも知れない、いや間違いなく関係は変化を遂げている。

 ただ、それでも笠木の中に入り込むには俺は役不足だと、そう言われた気がした。


「謝らなくていい、今日も忙しいのか?」


 これ以上、この話題を続けたくなくて無理やり話を逸らす。


「うん、今日ミス北高の会議があって、そっちが長引きそうかな。それまでクラスに専念出来るとは思う、昨日もだけど今日も朝早くからありがとう」


 あくまで自分自身の尻拭いみたいなものだ、感謝を述べられる行為ではないが、そんな事を言いたいわけでもない、素直に受け取っておこう。


「あぁ、笠木も朝早い事には変わりはないけどな、陰キャの俺が敢えてクラスの奴らの代表として言う、いつもありがとう」

「いつも……?」

「あぁ、いつだって誰かのために頑張ってるのが笠木だろ、俺でさえ気付いてるんだ、クラスの連中も口に出さないまでも笠木を知っているし感謝してるだろ」

「……んで――それ言――なぁ……」


 笠木が何か言葉を放つ、その言葉はとても小さい声で中途半端に俺に届いてしまう。しかし俺がそれについて言及する事はなく、淡々と作業を進めた。

 聞こえなければよかったのに……もしくははっきりと聞こえていれば俺は……。


 文化祭当日になり俺は、暇を持て余していた。


「なぁ藤木田……俺の手が仕事を欲しているんだが病気かコレ?」

「木立氏……普段使わない身体を酷使した結果、後遺症が残るなんて某は……某は……ッ!」

「木立……その手の震え、俺に任せろ!」


 黒川はブラック症候群となった俺の手に何かを握らせる。 なにやら聞き覚えのあるカチッという音、そして俺はこの感触を知っている。

 恐る恐る手を開くと俺の手にはマウスが握られていた。


「実践では使用しないが、中々のモデルだ。俺もたまに授業中に手が震えてな……それでいつも震えを止めている」

「ただの末期患者じゃねぇか! お前と一緒にすんな!」


 このマウス握りつぶしてやろうか? いや、結構強度あるわ、流石黒川のマウス。常人の力じゃ壊れはしないか……いや俺が貧弱過ぎるのだろう、池田なら軽く壊せそうだ。

 俺は黒川にマウスを返すと何やら、マウスのおかげで俺の震えが止まったかのようにドヤ顔をしていた。腹が立つな。


「それで木立氏、田中女史と回る約束はどうしたのですかな?」

「田中と回るのは明日だな、今日は本当にやる事が何一つ無い」


 そう、準備期間が終わり文化祭一日目の当日、俺達は暇を持て余していた。高校の文化祭と言えど中学校の文化祭と大差は無く、既に見る物は見た俺達は人通りの少ない階段にて他愛も無い会話を続けて早一時間経過している。

 これなら黒川の意見に従いネカフェに居た方がマシだったと思う。


「そうでしたか、黒川氏と言えばクラウド殿は今日は来ないのですかな?」

「ん? 来たいとは言っていたのだが少々予定が合わせられなくてな、もしかしたら二日目は来られるらしい」

「お二方……二日目に居なくなっては某はどうしたらよいのでしょうか?」


 確かに俺と黒川の時間が被りバラバラになっては藤木田が一人になってしまう。しかし藤木田を連れて行くと流石に俺でも分かるが、田中が怒るのは確定している、黒川も俺と同様になるだろう。


「ふっ……正敏はクラウドさんが来ても俺から離れるな」


 何言ってんだコイツ、少しばかりは気付いていると思っていたがクラウドさんの気持ちに塵程にも気付いていないのかよ……。

 後、最近下の名前で呼んだり、発言がイチイチ変な意味で捉えられるから止めてほしい。流石に藤木田もこの誘いは断るだろう。


「涼氏! 某は嬉しいですぞ……お供いたしますぞ!」


 引くわー……マジ引くわー……。

 ついでに漁師みたいなイントネーションで言うの止めてもらいたい、語呂悪すぎだろ。


「それにしてもやる事がない、帰るか……バレないだろ」


 俺も流石に休める時は遠慮せず休むタイプだ、文化祭期間が特殊なだけで本来の俺に戻らせてもらおう。


「家に帰ってやる事があるのですかな?」

「俺も帰りたいのは同意するが、あくまで授業の一環だ、バレたら何を言われるか分からん」


 どうやら俺の提案は却下のようだ、しかし暇だ。文化祭に興味は無いが少し散歩でもしてきても構わないだろうと階段から腰を上げて降りる。

 

「木立氏、どこに行くのですかな?」

「飲み物買いに行くんだよ、行くか?」

「某は三年二組のタピオカミルクティでお願いしますぞ!」

「俺も同じ物を木立の奢りで頼む」


 なんて奴らだ、暇だと言いながらも俺をパシリに使うなんて……。そして黒川、お前にはわざと一番高いドリンクを買って後から請求してやる、覚悟しろよ。

 俺は階段を再度降りながら、片手を上げて了承と伝えて校内を闊歩する、一人でシクベに行ってもいいが、外部からの人通りも多いから不用意な行動は避けたい、シクベの存続の為にもだ。


 結局学校に金を落とすのも癪なので校内の自販機で自分の飲み物を買おうとしたが、どうやら先客がいるようであった。近づくにつれシルエットが明らかになる。

 三人の女子生徒が一人の女性生徒を囲み言い合い……と言うよりも一方的に文句を言っているように見える。


「陰キャの笠木さんさぁ、あの時の仕返しのつもり?」

「絶対そうだって、コイツ陰キャだもん、めっちゃ陰湿なー」

「今からでも遅くねーから辞退してこいや? な?」


 勝手な思い込みで随分とマウント取っちゃって滑稽だな、マウントを取るのはまとめサイトのコメ欄に留めておけよ。本来の俺なら、ここはスルー安定。


「わ、私だって別に……でも、あな――」


 しかしだ……囲まれてるのが笠木なら話は別だ。俺はスマホでムービーを録画にしながら敢えて分かるように手で持ち近づくと三谷と取り巻き、そして笠木の視線が俺に向けられる。


「木立くん……?」


 そんな泣きそうな顔をするな、レア顔ではあるが俺のコレクションに相応しくない。宿泊研修のあの時は何も出来なかったが今の俺は違うところを見せてやる。

最後まで見ていただきありがとうございました。

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