秋愁と無自覚な英雄
クラウドさんとの邂逅を終えた黒川は戻ってくるなり、体育祭の第一種目である百メートル走へ参加する為、体育委員らしき生徒へ連れて行かれてしまっていた。
「そういえば黒川氏の運動についてはボーリングくらいしか見た事はありませぬな」
「ボーリングの時は飲み込みも早く、最終的に俺より良いスコア出してたぞ」
いつの間にか自席から俺の横の席へ腰かけている藤木田は出場種目が後になる為、普段の授業中に見せないようなだらしない体勢にて椅子をカタカタ揺らしながら暇そうにしていた。
藤木田の言う通り、俺も黒川の運動神経については何も知らないが、本人曰く基本的に勉強以外では困ったことが無いと言っていた覚えがある。
本人が言うくらいなら、それなりの結果をクラウドさんへ見せられるだろうと思っていると黒川の順番が回ってきた。
黒川はスターティングブロックに慣れていないのか、何やら腰を仰け反らせ無駄に尻を高く上げた奇妙なポーズとなっていた。体育委員の生徒もスターターピストルを撃つ構えをしていたのに黒川のポーズで笑いが堪えきれなかったのか一度ピストルを下ろし呼吸を整えているようだった。
「写メ撮って後で見せてやろうぜ、酷すぎるだろ」
藤木田は俺の言葉に反応する余裕が無いのか笑いながらも必死でスマホを片手で掲げ震えながらも黒川を撮影しようとしていた。
俺と藤木田の笑いが収まる前に体育委員の生徒の呼吸が整い、銃声が大気に拡散する音が響く。
銃声と同時に他の生徒が上手くスタートした中で黒川は少々……いや、素人目に見て分かるレベルで出遅れた。
しかし、走り方は非常に雑だが他の生徒と明らかに速度が違っていた。前方に並び走る二人の生徒を追い抜かし四位の生徒に差を付け始めた三位の生徒と二位の生徒をまとめて追い抜かすと、一人独走とも言えた一位の生徒との距離を縮めて同時に白線を切る。
「はっや……」
素直に口から言葉が出るほどに黒川は圧倒的な速度だった。同時に白線を切ったと言えど、黒川がスタートでモタついていなかったら大差を付けて一位を取っていた事は間違い無い。
「イケメンで運動神経抜群……主人公に相応しいスペックですな」
しかし現状ではどちらが一位を取ったのかは定かでは無く、俺と藤木田だけではなく、空席が目立つ一年四組の席へ残る生徒全員が審議のアナウンスと順位発表を待ち望んでいた。
質の悪いスピーカーからノイズ混じりで聞こえる七位から三位までの順位、そして二位の生徒の名前が読み上げられる。
『――二位……三年二組、榊原敬之、一位……一年四組 黒川涼』
「おっ――」
「よっしゃあああぁぁぁ! 総合得点あざーーっす!」
俺が声を上げるよりも陽キャグループの田辺が人造スピーカーとも呼べる音量でクラスを活気づける為なのか椅子から立ち上がり残っているクラスメイトへ手を振り上げ盛り上げる、呼応するように他の生徒達も黒川の名前を応援コールで盛り上げたり、バラバラのリズムで手拍子をしている様が少々遠目ながら伺える。
練習に時間を取られるのは嫌だとしても本番になると活気づいてる風景に嫌な気分は無いが、やはり青春の外側から見るのが俺には性に合っていると思う。
程なくして黒川が俺達の方へ戻ってくるなり、恐らく面識も無かったであろう生徒達が黒川に話しかけていたが、特に反応もせず黒川は俺と藤木田の横の席へ腰掛けた。
「走っただけで何でこんなに騒いでるんだ?」
黒川当人は自身が最下位から下克上の如く一位を下した事の凄さを理解していないようであった。見ている側からしたら一番盛り上がるパターンでしかないと言うのに。
「いやはや黒川氏が速くて某も驚愕でしたぞ! 中学時代何か部活をやっていたのですかな?」
「部活はやっていない、俺がしていたのは敵よりも早く優位な位置取りをしてその後の戦争の主導権を握る事だけだ」
自慢げに語るが何一つ、足の速さには関係の無いFPSの話題を持ち出してくるのが実に黒川らしくて今は安心する。
「それよりクラウドさんの前で良いとこ見せられてよかったな」
「そうだな、流石に俺も情けない姿を見せる訳にはいかない」
俺が冷やかすように茶々を入れると黒川にしては珍しく素直な反応を見せる、これが成長という事なのだろうか?
「クランメンバーが見ている前でマスターが不甲斐ない姿を見せると士気に悪い意味での影響がある、メンバーのところへ行って戦果を報告しにいくとしよう」
感慨深さを感じていたところ、ぶち壊してくるのがフラグクラッシャーという称号を得ている黒川だ。しかし今の俺には安心出来る光景である。
「理由はどうあれ黒川氏も一位を取ったのは満更ではないのでしょうな」
「まぁ、そうだろ。短距離走って花形みたいな種目だからな、それで最も盛り上がる絵を見せられたんだ、クラウドさんの好感度爆上がりだろ、んで次は――」
「……教室にきて」
藤木田と会話をしていると、唐突に声がした。
「え……?」
俺の後ろを通ると同時に前にも感じた事のある柔らかな香りを残し笠木は、俺に一方的なボールを投げて校舎へと歩いていく。
「木立氏、今のは……?」
最近の俺の人間失格っぷりを見ていた藤木田は不安そうに俺を見る。笠木の言葉は隣の席に座っていた藤木田にも聞こえてしまっていたらしい。
「さぁな、しかし笠木が俺を呼ぶくらいだからな。意味が無い事は無いだろう」
藤木田の種目を見ていたいところは、山々だったが俺は笠木にボールを返すために、笠木の姿が見えなくなったところで校舎へ一人向かうのだった。




