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青春は何気ない言葉で輝くように出来ている

 その日、昼休みから六時限目までボーっと過ごし放課後になって俺は形容しがたい気分のままスクールバッグを乱暴に取りドアへ向かう。


「木立氏!」


 藤木田が今朝以降初めて話しかけてきたが、悪いな藤木田、今はお前と話したくないんだよ。

 俺は悟られないように、仮面を被る。


「ん、どうした?」


 藤木田は、いつもと変わらない様子で俺に話しかけてくる。


「某、本日は田辺氏達との用事があります故、終わり次第連絡しますので駅前のカフェまで行きませぬか?」


 俺が考えるよりも人間は実のところ優しいんだと思う。

 ただ慣れていなければ水ですら凶器になり得るのと一緒で今は藤木田の優しさが俺にとっては痛いし恐怖でしかなかった。


「あぁ知ってる、それなら今日は直帰するわ、眠いんだ」


 まだ本心は言えそうにもないし一生言えない気がする。


「……そうでしたか、それではグループチャットに木立氏も入りませぬか? よろしければ某が――」


 俺は藤木田の言葉を遮る。


「いや、そういうのは俺には向いてないから遠慮するわ」


 拒絶する。


 藤木田が悪いわけでもクラスの誰が悪いでもない、単純に青春に背を向けている俺の問題だ、別に俺の選択や行動、考えだって悪い事ではないだろう。

 一種の道であるというだけ、しかし俺の目標である青春ラブコメどうこうどころではない。


 俺自身が高校生になったにも関わらず成長出来ていないのだ。

 周りの変化やスピードに付いていけず不貞腐れている、藤木田の行動で今日それが明らかになり恥ずかしい。そう思うのだ。

 昨日藤木田と口論になりかけた際に言われた一言を思い出す。


『先程から木立氏による作品のダメ出し等を聞いておりましたがあまりに否定的な意見が多すぎますぞ』


 その言葉を、俺は言葉通りに捉えてしまったのだ。

 今なら藤木田の言いたい事が分かる。

 俺の見識の狭さは俺自身の成長にならない、もっと様々な角度から物事を見るべきだと藤木田は言いたかったのだ。

 本当に【青春の隅っこの方】というのは俺の為にある言葉だ、情けない……。


「木立氏……わかりましたぞ、出過ぎた真似をすみませぬ」


 そら見ろ、藤木田は相手を考えて行動出来る余裕があるのだ、俺とは違うんだ。


「謝らなくていい、お前は悪くねーよ……何一つ」


 俺は気持ちとは裏腹な言葉を放ち、逃げるように牢獄から抜け出す。

 後ろから藤木田が何か言おうとしていたが、俺は言葉も聞かずに足を進める。

 廊下の窓、校門から友人と帰る生徒や部活動に取り組もうとしている生徒、耳を澄ませば、音楽室から聞こえる歪んだギターの音、様々な青春が眩しくて直ぐに目を逸らした。


 その日は何も考えずに惰性で過ごし、早めの就寝をしようとしていたがスマホが音を放ち画面にメッセージが表示された。


【藤木田:某、何か粗相をしてしまったでございましたか?】


 返信せずに気付かなかった事にして寝てしまおうかと思いベッドに横になると再度スマホは着信を告げる音を鳴らし画面を表示させる。


【藤木田:もし今暇なら、駅前のカフェに行きませぬか? 木立氏の家の前まで来てしまっているのですか……寝ていたらすみません】


 あいつ何してんだ? というかもうすぐ補導される時間じゃねーかと思いながら寝間着姿のまま、俺が玄関を出ると藤木田はメッセージ通り俺の家の玄関の前に立っていた。


「木立氏、起きてましたか!」

「あぁ……それで今から駅前とか何しにいくんだよ、俺は行かないぞ」


 藤木田は俺の返答を聞き、頭を掻く仕草をしながら考えるように話し出す。

 本当はカフェなんかが目的じゃないのも分かっている。


「さようでしたか、帰りの木立氏の様子が変だったので気になりまして……」


 結構ストレートにくるな、これがコイツの良いところでもあるんだけど。

 悟られないようにしたとは思ったんだけど、俺にポーカーフェイスは難しい。


「別に……」

「少なくとも一年以上、某は木立氏と友人をさせていただいているのですぞ、様子がおかしい事くらいわかりますぞ!」


 珍しく藤木田の口調が強く怒りを感じる。


「……単純に俺の問題だ、お前が気に掛ける必要はない」


 この場合は失言だったのかもしれない、藤木田は完全に怒りを露わにして俺に噛みついてくる。


「ですから! 木立氏の問題なら尚更気に掛けるのが友人でしょうが!」


 本当にラノベ主人公みたいな奴で俺には勿体ないくらい眩しい、だから嫌になってしまう。

 ただ言わなきゃ藤木田は帰らないし結局解決はしないのだ、俺は藤木田との友人関係がここで終わるなら構わない、そう思い告げることにした。


「今日お前が昼休みにクラスで先陣切った姿を見て俺とは違って周りを気にかける事の出来る奴だって思った……それで自分と比較して嫌になっただけだ、嘘とか誰に何かをされたわけでもなく、幼稚な自己嫌悪だ」


 藤木田はキョトンとした顔をする。


「伝わってないか? あの五時限目の休み時間のボーリングやグループチャットの話だ」

「いえ、言いたいことは把握しておりますぞ、なぜそんな事で悩んでるのか不思議でして……」

「は? お前当たり前だろ。自分と同じ位置にいたと思っていた人間が、実は自分より前に進んでいたんだ、落ち込むだろ普通……」

「しかし本日、某が行ったのと同様の行為を先にやったのは木立氏ですぞ」


 今なんて言った……藤木田の思考がまったく読めん。


「某が中学生の時イジメられていたのは話しておりましたよね」


 中学校の三年間、藤木田はイジメられていた。

 藤木田の口調や外見を理由に学年全体からイジメを受けていたのだ、そして中学三年の頃、俺は塾で藤木田と出会った。


「そんな中、某が見た目や口調で塾でも避けられていたところ話しかけてくれぼっちから救ってくれたのは木立氏ではないですか」

「え……?」


 ぶっちゃけ記憶にないどころか何も考えちゃいなかったと思うが、一旦藤木田の話を聞く事にした。


「当時、某は両親の意向で行きたくもない塾に通わされ行きたくもない高校を受験するために勉強しておりました、高校生活でも同じような状況になり青春とは無縁の人生を送るのだと、惰性でこのままツマラナイ人生を送って死ぬだけの存在……そう思っておりましたぞ」


 藤木田は当時を思い出しているのか苦しそうな悲しそうな顔をして言葉を続ける。


「そんな中、某の見た目や口調を気にせず話しかけてくれたのは木立氏だけだったのですぞ、あの時ビックリして言葉が直ぐに出なかった記憶がございますぞ」


 一旦呼吸を挟み藤木田は続けて話を進める。


「木立氏は記憶にもないような一言だったとは思いますがね……」


 昨日の件はやはりまだ根に持っていたらしいが覚えていないものは覚えていないとしか言いようがない。


「何気ない一言でしたが某は久々に人間として某を見てくれると方と会話したのです、木立氏は何を言ったか覚えていないでしょうがね」


 大事な事なので二回言いました、しかし、本当に覚えていない。

 普通の会話しかしていなかったはずだが、藤木田はどこか俺を頭で美化しすぎているのではないかとさえ思う。


「その顔だと本当に覚えていないようでございますね!」


 藤木田はさっきまでの表情と打って変わって笑いを堪えるような仕草を見せる。


「今回の某の行動はそれと一緒でございます、あの時意識していなかったにしろ周りの目を気にせず某を救い行きたくなかった高校受験を取りやめさせ、今の高校への進学を決意したキッカケは木立氏なのですぞ」

「意識していなかったという事はたまたまだろ、意識してやったお前とはやっぱり違う」


 藤木田は俺の卑屈な反論でさえ昨日と違い潰しにかかってくる。


「意識していないという事はそれだけスタンダードな状態という証拠でありますぞ、頑張って頭を捻って救うより難しい事なのですぞ」


 続けて畳み掛けるように藤木田は言う。


「過程はどうあれ結果的に某は救われて今、青春を出来ているのです、陸上部の短距離選手にとってのスターがボルトであり、棋士を志す若人にとってのスターが藤井氏であるように、某にとってのスーパースターは木立氏以外にあり得ないのですぞ」


 藤木田は強い口調で断言するのだ、何もない俺を、俺も覚えていないような一言を未だに覚えていて、俺をスーパースターだと。

 藤木田が俺の一言で救われたのならば俺もまた今日、藤木田の一言に救われているのだ。


 そしてこれもまた俺にとっても彼にとっても一つの青春の形なのだ。

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